バタフライ
















部活の終わりに手塚が部誌を書く、というのは既に慣習となっている。
今日の日のことを思い出し、一文字一文字綴って行く。
思い出すことが今後の練習メニューにも繋がる。
今日の部活のメンバーに足りないもの、過剰なもの。練習中は見過ごしていることもこうして一日の終わりに文字にすると気が付くことなどもある。

そしてその手塚を待ちながらリョーマが部室に居残るのも最早、いつものことで。
普段はぼんやりしたり手塚にちょっかいをかけたりしているリョーマだが、今日は苦手とする国語の宿題が出たとかで、手塚の向かいで何枚かの紙片に向かっていた。

手塚が部誌を書き終えてもリョーマはまだ一人日本語の羅列と格闘していて、本当に苦手なのだな、と手塚は苦笑した。

そんな手塚の微かな笑いを感じ取って、リョーマが睨む様に視線を上げてくる。

「これ、合ってるか見てみてよ」

ぶすっとしたまま一枚の紙片を手塚へ差し出す。
四文字熟語の穴埋め問題らしく、只管に漢字と四角の白い箱が並んでいる。

手塚が苦笑したままそれを受け取ってやるとリョーマはまた残っていたプリントの群れに視線を戻した。
時々、熟考するようにペンの進む手が止まる。

受け取ったプリントもそんな風にして必死になってやったのだろう、と手塚は視線を手元に落とす。

首尾一貫、電光石火、三々五々、喜怒哀楽、付和雷同。
様々な漢字が並ぶのを手塚は一つ一つ眺めていく。

一心不乱に打ち込んでいただけあって、手塚が目を通したところは全て合っていた。
苦手と言っていた割に頑張ればできるのではないか、と感心している手塚の目にある熟語が飛び込んで来る。
よりによって、最後の一問で。

花蝶風月

「………越前」

呆れた調子で手塚が声をかけると、リョーマが顔を上げた。

「やっぱ間違ってた?」
「どうしてより難しい漢字で間違えるんだ」

ふう、と手塚は大きく溜息。

「どこ?」
「ここだ。花鳥風月の『ちょう』が蝶になっている。ここは『鳥』だ」

手塚に間違えた箇所を指差されて、リョーマは顔を顰めつつその間違えた箇所を消しゴムで消した。

「あー、これね。意味だけなんとなく覚えてるからさ、綺麗なものって言うと鳥より蝶っぽいじゃない。
  アゲハチョウとかさ。鳥っていうとカラスとかスズメとか思い浮かぶんだもん」

そう言いつつ、白くなったその空欄に『鳥』と新たに書き直す。

「そういえば、部長はよく山とか行くんでしょ?」

脈絡もないような話を振られ、どういう意図なのかと思いつつも手塚は首を縦に振る。
小さな頃から祖父や父に連れられて山へは度々足を運んでいる。
山だけではなく、川辺や海、正に『花鳥風月』と言える景色は見て来たことがある。

指にシャーペンを挟んだまま頬杖をついて何かを夢想するかの様にリョーマは視線を天井に向けた。

「じゃあ、綺麗な鳥とかも見たことあるの?」
「鳥か…。そうだな。ある」

シジュウカラやエナガ、ウグイス。川辺ではカワセミ。
姿が美しい、というよりは最なるものはその声。
言葉では聲の輪郭すら伝えられないが。

そして短く答えれば、リョーマは爛々と目を輝かせて頬杖を解いた。

「オレも見たい」
「は?」
「だから。オレも見たいから今度二人で行こうよ。山」

ああ、そういうことか、と手塚の頭の中で一本の糸が繋がる。

「登山は生半可な気持ちで行くと泣きを見るぞ」

そう、試すように言えば、リョーマは破顔して、上等、とだけ返して来た。

「しかし、鳥が見たいだけなら険しい山でなくとも充分だろう」
「まあね。じゃあ、今度の日曜、二人で鳥探しに行こっか」
「ああ、そうだな」

くすり、とどちらともなく微笑む。
次の休みは花鳥風月を探しに。
二人で共に。
蝶よりも綺麗な鳥を見付けに。

そんな些細な週末のデートの約束。


















バタフライ。
花鳥風月を花蝶風月と間違えるリョマさん。
蝶という漢字なんて、知らなさそうですけどね…。
でも、えちっこはやれば出来る子なんです!ええ!
さらりとデートの約束だって出来ちゃうんです!
……と、いうお話でしたとさ。めでたしめでたし。(市○悦子調でお願いします)
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