洗濯
それは突如として現れた。
そして、先日まで『此所』にあったものが消えていた。
生活の中に知らぬうちに割り込んで来た『ソレ』を目の前にしてリョーマは暫し戦慄して立ち尽くした。
『コレ』では困るのだ。
『コレ』について誰かに聞くにはあまりに不自然すぎる。
この家で生活している表向きの自分には剰りに縁遠いものの筈だから。
「リョーマさん?どうかしました?」
いつの間に背後に居たのか、菜々子がリョーマの後ろにめいっぱいに中身の詰められた籠を持って立っていた。
その声にゆっくりとリョーマは振り向き、怖ず怖ずと目の前の『ソレ』を指差してゆっくりと口を開いた。
「…なんで、洗濯機が変わってるの?」
「おばさま、新しいもの好きだから」
苦笑しつつ菜々子はリョーマの隣を過ぎて、手に持っていた洗濯籠を床に置いてから、『ソレ』―――新品らしくぴかぴかと光ってみせるドラム式の洗濯機―――の扉を開いた。
そうだ、それは最近テレビのCMでよく見かける品で、アメリカで使っていたものと形だけはそっくりだったから母と懐かしいね、などと談笑していたのだ。
つい先日までは日本の家庭で良く見られるような平凡な洗濯機だったのに。
いつ変わったのかなんて気付かない自分の鈍さに溜息の一つも出そうだ。
「それにしたって家電を買い替えるならさ、息子に一言くらい言ったって…」
飽く迄独り言で呟いたリョーマの言葉を菜々子はしっかりと聞き取って、一瞬不思議そうに首を傾げた。
「あら?リョーマさんはお洗濯なんて――――」
そこまで言って、菜々子は何かを思い出した様に一つ頷いた。
微笑み乍ら。
その笑みにリョーマはぎくり、と小さく肩を震わせた。
「そうですね、リョーマさんは洗濯機は使いますよね」
「え?」
決して、リョーマは母の手伝いで家族の洗濯をしている訳ではない。
この従姉である彼女は知らない筈だ。
知らない筈なのだが、表情や声音から察するにどうも知っているらしい。
ある日にあるものだけを洗濯する為に使っていたことを。
内心でだけ冷や汗をかいているリョーマを菜々子は手招いた。
疑問符を思い浮かべながらもリョーマが菜々子の元――基、洗濯機の元まで歩み寄ると、彼女は開いていた洗濯機の扉を閉じた。
「今度のお休みまでに使い方を覚えていた方がいいでしょう?今、実践しますから見て覚えてください」
「…菜々子さん、どこまで知ってんの……」
リョーマの驚きは臨界を突破しようとしていた。
今度の休みには、『ある日』が訪れる。
手塚が、泊まりに来る。
勿論、その日の夜にリョーマはある種の熱帯夜を期待しているし、恐らく手塚だってその覚悟でやって来る。
「ふふ。さあ、どこまででしょうね…」
にこにこと実に愛らしく笑うその顔が妙に空恐ろしい。
「大丈夫ですよ、この洗濯機も全自動ですから、シーツ一枚くらい放り込んでボタン一つですから」
「…菜々子さん?ホントに…どこまで……」
別に知られていても構いはしないのだが、自分は家族に公言した訳でもないというのに。
…そんなに、部長って声大きかったっけ?
え?オレの啼かし過ぎ?
そんな青少年の心の内だけでの悩み事など気にも留めない様に菜々子は洗濯機の扉の開け方から説明を始め出した。
「ちなみに、乾燥の機能もついてますから」
微笑み続ける彼女に最早、情けない迄の諦めの笑いしかリョーマは出すものがなかった。
洗濯。
一人の思春期の少年として、リョーマは事後のシーツを自分で洗ってそっと干しています。(笑)
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