マーマレードの朝
突然、日本に帰ると言われて慌てて荷物を詰めて、帰国して1日目の朝。
帰国した疲れからそれはもういつにも増してぐっすりとリョーマは寝ていた。
夢も見ないぐっすりと。
それを、突然起こされた。
眠たくて開くのを必死に抵抗する目を擦り乍ら体を起こせば愉快そうに笑う父親の姿。
カーテンからは薄日すらも差していなくて、陽もまだ上らぬ時刻だと知る。
「なに」
不機嫌に父親を睨む。
けれど彼はそれを気に留めることもなく、意地悪く笑ってリョーマの布団を剥いだ。
「走って来い」
「はあ?」
剥がれた布団を奪い取る。
けれどそれをまた逆に奪われたから、取りかえすのを諦めた。
「地理がわからんだろ。来たばっかで。道覚えるのも兼ねて走って来い」
「なにそれ、こんな早い時間から意味わかんない」
いいから、走って来い。
無理矢理南次郎はリョーマをベッドから引き摺り下ろした。
下ろされて、リョーマも渋々とクローゼットへ向かう。
リョーマが着替え出したのを見て、南次郎は満足そうに階下へと降りて行った。
もう起きてしまったのだし、しょうがない、と思いながらもゆっくりとリョーマは気替えを終えた。
床に放っておいたいつも被っているキャップを拾い上げて、頭に乗せる。
外に出てみれば、やっぱりまだ暗かった。
街灯すらまだ薄らと点いている。
春先だというのに少し冷える。
一つ軽く身震いをしてから、リョーマは一歩を踏み出した。
昨日帰ってきたばかりだから、当然地理が判らない。
帰って来たと言っても自分がこの国に住んでいた頃の記憶なんてとうに無い。
懐かしさや感慨深さなんて欠片もある筈はなかった。
だからこそ、知らない街を探険する、ということに少しどきどきする。
この曲り角はどこへ繋がっているのか。
この坂の向こう側はどうなっているのか。
好奇心の赴くまま足を向けていれば、いつの間にか陽が上ってきたらしく、うっすらとではあるが明るくなってきた。
そういえば、ここは何処なんだろうかと今更に思って、走りながらも辺りを見回す。
参ったな、とちっともそうは思わせない表情ながら、内心で呟く。
走ればそのうちそれらしい場所に出るだろうか、と更に歩を進める。
時計もしてきていないから、どれだけ走ったのか見当もつかないが、体中にかいた汗で相当走ったのだろうと推測できた。
家を出た頃には上っていなかった太陽も上り始めているようだし。
「おはよう」
突然声をかけられて、リョーマは顔を上げた。
目深に被った帽子とどうやったら帰れるかということに気を取られていて人がいるなんて思いもよらなかった。
かけられた声が英語ではなくて日本語というところに、自分は日本に居るんだな、と今更の様に、そしてぼんやりと思った。
つい、足を止めた。
顔を上げると、一人の女性が民家の玄関先に立っていた。
手には今時珍しく帚。足下にはちり取り。
見る限りでは自分の母親とそれほど年に差は無さそうだった。
「マラソン?朝早いのに偉いわね」
「おばさんこそ、早いのに何してんの?」
「お掃除よ」
にこにこと微笑む。
笑顔が顔に貼り付いている、というよりは自然に滲み出て来ている様子だ。
「見ない顔の子だけど、この辺りに住んでるの?」
「んー。昨日越して来たんだけど、帰り道が判んなくて迷い込んだって感じ」
自嘲する様にリョーマは口の端を上げる。
そんなリョーマに目の前の彼女は、少し驚いた様に、まあ、と漏らした。
「どうやって帰るつもりなの?」
「走ってたらどっか付くかな、って」
「もっと迷っちゃうかもしれないじゃない」
飄々と答えるリョーマに彼女は心配そうに眉尻を下げた。
思えば見ず知らずの子供にどうしてこんなに構うのか。
リョーマはちょっと不思議に思っていると、彼女は何かを閃いたらしくパチンと両掌を合わせてにこりとまた笑った。
「朝ご飯はまだ?」
「へ?」
相当に間抜けな顔をしていたと思う。
それはそうだ。
道に迷った、という話をしていたのにまるで関係ないことを切り出してくるのだから。
疑問符を飛び交わせながらも、まだ食べていないということを伝えると彼女は更に笑みを深くして口を開いた。
「じゃあ、どうぞ食べていって。これから朝ご飯なの」
そうは言われても完全に相手は赤の他人だ。そして自分も相手にとっては他人以外でない。
それ以上にどこからどうなって朝食を食べて行けと言っているのか。
リョーマは二の句を告げないでいた。
「だって、道判らないんでしょう?家の中に地図があるから、ご飯でも食べ乍らそれでおうちを探しましょう?」
ね?と更に勧められても、やはりリョーマは戸惑う。
アメリカ人は何かとフランクで、その気風には慣れてはいるけれどいきなり朝食を食べていけと言われても正直困る。
困る、けれど、正直何も胃につめず延々走って来て空腹ではある。
リョーマは、上目遣いに目の前の彼女を見た。
彼女は相変わらずにこにこと微笑んでリョーマの答えを待っているようだった。
悪い人ではなさそうだし。どちらかというと好きな雰囲気の人だし。
半ばいい訳めきながらも自分に言い聞かせて、そんな自分に呆れてリョーマは軽く溜息を吐いた。
傍からみれば、しょうがないな、とでも言う風に見えたかもしれない。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
リョーマがそう言った瞬間に彼女は嬉しそうに、良かった、と微笑んだ。
「それじゃあ、どうぞ」
くるりと踵を返し、振り向きながらそうリョーマに告げた。
「でも、いいんスか?ホントにお邪魔して」
「いいのいいの。丁度一人息子がクラブの合宿でいないのよ。多分、貴方とそう変わらない年だとは思うわ。
あら、朝焼けが綺麗ね」
そう彼女が言った言葉につられてリョーマも視線を上げた。
並み立つ家屋の屋根の上にオレンジ色に染まった朝の空。
マーマレードジャムをぶちまけたような鮮やかなオレンジ色。
写真で見れば夕焼けと間違えるかもしれない。
そんなマーマレードの朝を見上げるリョーマのすぐ傍には一枚の表札。
『手塚』
まさか、それから数カ月経たないうちにその息子と恋に落ちるなどとはこの時は露とも思わず、リョーマは手塚家で朝食をご馳走になった。
「やっぱりアンタとは運命だったよ」
とは、手塚家に手塚と共に訪れた時のリョーマの談。
マーマレードの朝。
そんな、越前さんと彩菜ママとの出会い…。
捏造し過ぎ☆
お題に絡めるの苦し過ぎ☆
つか話自体が苦し過ぎ☆
…ありがとうございましたー…。
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