歩道橋
















沈んでいく一塊のオレンジが目に痛かった。
突き刺すような西日が後ろに長く影を伸ばす。
顔の無いもう一人の自分。

そんな茜空の下を手塚は一人ぼんやりと歩いていた。
交差点の信号が赤に変わる。
自分の目の前を車が耐えること無く流れていく。
人通りは少ないが、エンジン音がそこら中に響いていた。

流れる車の群れを見るとでも無しに視線を漂わせる。
無意識に溜め息が一つ零れた。
唇からそれが漏れてから、手塚は自分が溜め息を漏らしたことに気が付いた。

ああ、やはり後悔しているのだな、とそれから自覚した。

今日、本来ならばリョーマと会っていた筈だったのに。
些細な事で昨日喧嘩をしてしまって、デートはいきなりキャンセルになった。
会わない、と切り出してしまったのは自分だったのだ。

我ながら大人げないとは思う。
頑固だな、とも。

年長者として折れてやるべきだったか、とも思うが、逆にあの少年はその行為すらも、オレを子供扱いして!と怒るに違いないのだ。
寧ろ言いたい事は言え、主張は曲げるなと言うのだろう。
それは手塚だとて同じ事で。
自分のことも、大事にして欲しいとは思うが、それ以上に相手に嘘や建前なんてつかれたくない。

たとえ、それで諍いになってしまっても。



信号はまだ赤。
車が只管通っていく。
長いな、とふと思って信号を見上げれば、その視線の先に歩道橋が見える。
そのまま視線を下ろせば自分の右手側すぐ先に歩道橋への昇り階段。

このまま信号を待つよりもこっちの方が早いかもしれない。
そう考えて、手塚は体をそこへ向けた。



少しづつ高くなっていく視界の端には忍び寄る宵闇の色。
早く帰ろう、と何気なくその空に思った。
リョーマの声が聞きたい、と。

いつもじゃれついてくるのはリョーマからだが、その実、依存しているのは手塚の方かもしれない。
元より誰かと馴れ合うのは苦手なのだけれど、リョーマの隣は心地が良い。
特別で貴重な存在なのだと思う。

そこまで考えて、ふと、思考の相違に手塚は気が付いた。

リョーマの存在が特別で貴重なのではなくて、リョーマに抱くこの自分の感情が特別で貴重なのだと。

やっぱり早く帰ろうと思った。
出来得ることなら直接会いたいが、もう宵闇の近付いてきている時刻だ。
相手の家に悪い。

僅かに速度を速めた階段を昇る足は、歩道橋の頂上に辿り着く。
足音も忙しく、交差点の上を横切る。
下りの階段まであと少し。

手塚はこの時気が付いていただろうか。
下りようとしている階段を昇ってくる足音があったことを。

「部長!?」
「越前…」














自分の前に大きな影が伸びる。
自分がこのくらい大きくなるぐらいに成長していたなら、とリョーマは意識的に溜め息を一つ零した。

もっと大人だったらもっと心の広い人間なのかもしれないのに。
そうすれば、あんな小さいことで手塚と喧嘩なんてしなかっただろうに。

昨日、手塚と些細な喧嘩をした。
その所為で今日は会う筈だった約束がキャンセルになってしまった。
それを切り出したのは手塚だった。

勝手な彼の態度に昼過ぎまでむかむかとした気分も今は後悔に変わっている。
自分の背後で沈んでいく夕日のせいかもしれない。



目の前には信号。左手側には歩道橋。
赤の信号が変わるのなんて待っていられなくて、リョーマは歩道橋を上り始めた。

苛立ちから後悔に変わった気持ちは既に相手に会いたいという気持ちに変わっていた。
会って、昨日はごめん、と。
好きだという言葉を伝えたくて。

喧嘩明けに好きだと言うのを、またあの人は突飛だと笑うのだろう。
それでも、喧嘩明けだからこそ言いたい。
喧嘩をしたけれど、ちゃんと好きだから、と。
自分の気持ちが到底揺らぎなどしないことは手塚はきっと重々承知だ。
それでも、伝えたい。
きっと、これはただ伝えたいだけの自己満足なのだろうけれど。
そうでなければ、自分の中を埋め尽くしている気持ちが溢れてしまったものだ。

溢れ出るほどに自分の中は彼への好きの気持ちで満ち満ちているから。
それは常にであり、こうした会わない間に増殖するものでもある。
会えなかったからこそ、会いたいと更に思い、
勝手なのだから、と苛立ったからこそ更に愛しい。

「会いたいな」

呟きも、感情が飽和を越えたからだったのだろう。

上る階段もあと数段。
その段数を数えつつ足下を見ていたリョーマは向こうから早足で歩道橋を歩いてくる足音を聞いて顔を上げた。
その足音には心当たりがあり過ぎた。

きっと自分の見当は間違っていない。
そう思うと残りの階段を駆け上って、よく相手を確かめもせずにいつも呼んでいる様に名を呼んだ。

「部長!?」
「越前…」






















歩道橋。
以上、現場から中継でお送りしました。
スタジオに帰しまーす。
会いたいなあ会いたいなあ、と思っていたら会っちゃった、ていうだけ、です。(身も蓋もない)
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