エプロン
















目の前では、休日らしい一般大衆向けの番組。
それを見つつも、聴覚は小気味いいリズムを捕らえる。

愛しい人が奏でる、俎板の上の包丁の音。

テレビがあまりにもつまらなくて、リョーマは後方を振り返った。
そこには、悠々としたスペースが与えられたキッチン。
そして、そこに立つ大好きな人の姿。

その腰にはエプロンの紐の結び目が見える。

そろり、とリョーマは音もなくリビングのソファを立ち上がった。
そのまま足音も静かにその人へと近付く。

手を伸ばせば近付くところまで近付いてもこちらに気付いた様子はない。
その様子にリョーマはにやりと口角をあげて、そっと背中へと触れる。

「…おい」

触れられて、苛立つような声。
快いリズムも停止ボタンを押された。

「なに?」

相手の胸の上で指を絡めながら、そっとリョーマはその耳元へと囁いた。
ぴくり、と手塚の肩が小さく震えた。

「料理中は控えろ、と昨日に忠告した筈だが?」
「そうだっけ。忘れちゃった」

ぴったりと襟足へと額を埋める。
緩やかに伸びた手塚の髪が触れて少しこそばゆい。

「刃物や火を扱ってるんだぞ。不意でお前が怪我でもしたらどうするんだ」
「よくない。アンタの大事なオレだしね」

手塚の顔が見えないまま、リョーマはその襟足から覗く白い頸にキスを落とす。
その瞬間にまた肩、と言わず身が震えて、手塚は握っていた包丁から一度手を離した。

「越前…今晩つきあってやるから、今は勘弁してくれ」

はあ、と短い溜め息と共にそう告げる。
けれど、彼は自分の身に纏わりつかせた腕を解いてくれる様子はなくて。

「今晩程度の先よりも今がいい。勿論、今晩もつきあってもらうけどね?」

笑う感覚が背の皮膚を通じて判る。
手塚は一拍置いてから、リョーマが自分の胸の前で組んでいる掌を掴んで、その腕の中でくるりと180度回るとリョーマの顔を正面から見た。

自分達が出会って数年経って、さすがにリョーマとの身長差も縮まったせいもあって彼の顔が近い。
けれど、まだ微かながら自分の方が背が高いことは助かっている。
リョーマに背を追い抜かされていたら、それこそ背後からでも色々と仕掛けられていただろう。

「俺への負担を考えろ。1日に時間差で2回もできるか」
「そんな事言っても、エプロン姿のアンタが堪んなかったんだから、しょうがないじゃん。アンタがそんな格好してるのが悪いんだよ」

今度は首元に頭を寄せてくるリョーマに手塚は隠すこともなく息を吐き出した。
はあ、と先刻とは違った大きく長いものを一発。

自分は確かに今、エプロンを身に纏ってはいるが、それは世の男性が心を浮きだたせるようなフリルのエプロンでもない、至って普通の布地でできたブルーのエプロンでしかない。
調理を行うに当たって、服が汚れるのも困るからただ身に付けているだけにしかないもので。
しかも、昼過ぎに起きてきて開口一番に空腹を訴えてきたのはリョーマの方で。

「お前が腹が減ったと言うからだろう。これをつけているのは」

見下ろすまでも無くリョーマの髪が視界をくすぐる。
リビングの窓から差してくる、頂上も些か過ぎた陽に照らされてどこか青味がかって見える。
綺麗な色だとは思うが、それを維持しているのは普段自分が洗ってやってるせいだと思えばひとつの自分の作品でもあるように思える。
自分の作り出したものでなくても、ただ其処にあるだけでそれは愛しい存在ではあるのだけれど。

「昼飯よりもアンタが食べたい」
「オレはさっさと作って洗濯物をしまいたいんだが」
「夜でもいいじゃん」
「湿気るだろう。…と、いうか、何時間やるつもりだ、お前は」

自分の首の根元で大きな猫にじゃれつかれている気分だ。
褐色の眸を持ったアメリカンショートヘアーに。

「何時間でも。アンタが根を上げるまで、かな」

リョーマはそう言うが、負けず嫌いの性格が祟ってか、手塚がリョーマとの営みで根をあげることはなかった。
それ故に毎日、リョーマのいいようにされてしまうのだが。

「若いうちに過剰すぎると老いてから枯れるぞ」
「大丈夫だよ、30になっても40になってもアンタへの愛は不滅だから」

あの時に永遠の愛を誓ったのだから、とリョーマは続ける。

「一生をかけて、アンタを愛していく自信は絶対枯れない自信があるね」
「…俺への負担をな、考えろとさっき言っただろう」
「その負担はオレの愛で軽減されてるでしょ?」

だから、お願い。
耳元へそろりと言葉と共に触れられて、手塚は観念した様に垂らしていた腕をリョーマの背に回した。

「夜にお前が洗濯物を取り込むというなら考えてやる」
「お安い御用だよ」
「それから、夕飯をお前が作ること。勿論、ベッドサイドまで持ってこい」
「アンタ終わった後ベッドから動けないもんね。ん、わかった。わかったから、ほどいてもいい?」

そうして、リョーマは手塚の腰のやや下にある紐の結び目に手をかけた。
返事を待つ前に、それは軽い音を立てて解かれる。

呆れた様に振る舞いながらも、手塚は返事の代わりにリョーマの目尻に唇を一つ落とした。
その感触を契機にリョーマは手塚の唇を塞いだ。





















エプロン。
ただのやる前のやりとり。(笑)
エプロンを手塚がつけてようがいまいが王子は血気盛んだと思いますが…。
一応、新婚設定で。
お風呂も勿論毎日一緒です。(笑顔
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