我慢できない!
手塚家へとふらりとリョーマは遊びに行った。
その日はテスト前とあり、全ての部活は活動を停止せざるを得なく、しかも次の日が英語のテストということもあり、事前の勉強など欠片もしなくて良い、ということもあって、家にいつもより数段早く帰り着いても暇だったのだ。
手塚家のチャイムを鳴らせば、いつも迎えてくれる手塚の母親が扉を開けて、にこやかに中へと入れてくれた。
聞けば、手塚は明日に向けて部屋に篭りテスト勉強をしているのだとか。
「国光、越前君が遊びに来てくれたわよ」
そう言って彼女が部屋の扉を開けると、中には体を机に向け、視線だけこちらに向けた一人息子の姿。
「じゃ、越前君、ごゆっくり」
部屋へ通されたところで彩菜は階下へと降りて行った。
「こんにちは」
「…越前、明日はテストだろう」
だから今手塚は机に向かっていた訳だし、部活もその為に無いのだ。
眉を顰める手塚の端へリョーマは近付いた。
「だって、明日英語だから勉強することなんかないんだもん」
そう手塚の手元を見ると、手塚も明日英語のテストなのか、アルファベットが多量に綴られた教科書や参考書、ノートが開かれている。
「部長も明日英語なの?」
「ああ」
そして手塚は止めていた手を進め出し、リョーマは机の端に飛び乗った。
「邪魔はするなよ?」
「しないって」
確認する様に視線を手塚が上げれば、リョーマは楽しそうな声音で答えた。
すぐ近くに手塚がいるというだけで、リョーマは楽しい。
二つ上の学年の英語、と言ってもやはり帰国子女であるリョーマにはとても簡単なもので、手塚が黙々とペンを走らせている内容もとても容易なものだと思う。
こんなに簡単なことなら勉強なんてしなくてもいいんじゃないの?とも。
そこでリョーマの頭に浮かぶ一つの悪戯。
「ね、部長。put me in the moodってどういう意味かわかる?」
「なんだ、急に」
「英語の勉強してるんだから英語の話題はいいでしょ?」
「まあ、悪いとは言わんが」
大方、復習は終わったところまで来ていたので、手塚も相手をしてやるべく教科書を閉じて、リョーマを見る。
「put me in the mood」
「直訳すると気分に私を置け、か?」
「そんな味気ない訳しないでよ」
困った様な、それでも楽しそうにリョーマはくすりと笑う。
「部長も言ってみてよ、put me in the mood」
この時、リョーマの口元がほんの微か、歪に曲げる様にして笑ったことを手塚は気付いていただろうか。
「プットミーインザムード?」
「だめだめ。何でそんな発音なの。put me in the mood、だよ」
むすっと怒りがちにリョーマは繰り返す。
「put me in the mood?」
「うん、まずまず。部長って英語の発音綺麗に出来るよね」
にこり、と上機嫌に笑みつつ、リョーマは手塚に手を伸ばし、その形の良い顎をやんわりと掴む。
キスをする直前のように。
手塚もその様子には流石に勘付いて、リョーマの手首を掴み返す。
「今日はしないぞ」
「へぇ、何を?」
その答えを手塚が堂々と言える訳も無いことをリョーマはしりつつ意地悪く訊ねる。愉悦気味に。
「ね、さっきの視線逸らしながら言ってよ。その方がアンタっぽいから」
手塚はその言葉に疑問符を抱え乍らも、そういう仕草で言うものなのか、と一人合点して、リョーマの手首を掴んだまま、少し視線を横に逸らして、呟く。
「put me in the mood」
と。
「All right。これで答えなきゃ男じゃないよね」
リョーマは半ば強引に手塚の唇を奪う。
それに驚いて手塚が何とか抜け出すと、そこには獣の目をした少年が一人。
「put me in the moodっていうのはね、」
逃げた手塚の後頭をもう一方の手で捕えて、リョーマは囁く。
「その気にさせてってことだよ?」
我慢できない!
その気にさせて、と誘われて、リョーマが我慢できる訳もなくー。
と、いうそういうお話です。えへ。(何)
本人の意志とは裏腹に誘い受けモードを発動したみちゅこさんです。
うん、まあ、自業自得?
いや、そこにはえちっこの罠であった訳ですがね。
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