取り残されて
















冷たい冷たい、秋の雨。
差していた傘を閉じて、リョーマは曇天を見上げる。
降り注ぐ雨は容赦なく、見上げたまだ幼さの残るその顔に叩き付ける。

勢いのある雨脚だったせいで、雫を受ける皮膚が少しばかり痛む。
けれど、そんな事など気にも留めぬ様にリョーマは只々空を見上げる。
髪がしとどに濡れ、シャツが膚に張り付こうとも。
ただ、只管に、空を。そしてその先に在る宙さえも。


離れた、恋人を想って。


手塚はまだ宮崎から帰って来ない。
発つ前に焼きつけた筈の愛しい者の表情も少しばかり輪郭が怪しくなってきている。
授業で習う動詞の活用形よりも、世界の歴史よりも、何よりも一番大切だった筈なのに。

会いたい、と素直に思う。
電話で声は聞けている。けれど、顔は見えない。体温を感じられない。
会って、あの人を感じたいのに。

一人、取り残された事が歯痒い。
どうせなら一緒に着いて行きたかった。
一人でなんて行かせたくなかった。一人、取り残されたくなんてなかった。
けれど、行く訳には行かない。
あの人が帰って来た時に上る舞台へのチケットを獲りに行かなければならなかった。
それが、愛しい手塚国光へのリョーマなりの今の想いの限りであり、そして自分自身の為でもあったから。

それでも、これだけ長い間離れて、不安になる。
お互いの気持ちの揺らぎなどではなく、覚えていた筈の手塚の顔や仕草、その膚の温もりを忘れてしまいそうだったから。


見上げても、見上げても、そこには只の灰色の雲と打ち付ける雨。
この空は貴方の元へと続いているから。
そんなチープな台詞は浮かぶけれど、続いていても、同じ空の元に居たとしても、そんな物から手塚の気配は感じられない。
この空に手塚が見える訳ではない。
空なんて続いていても、見上げれば感傷に浸ってしまうだけだ。

そう思って、リョーマは見上げていた視線を自分の足下へ落とす。
そこには、アスファルトの水溜まりに映り込む自分の卑小な姿。
これしきの事で挫けてしまう、愚かな自分。
こんな事で、すぐに弱音を吐きそうになる自分。

もっと、強くなりたいと思ったのに。
今も、そう思っているのに。
何も変わらない。変えられない。
自分を変えてくれた手塚の様に自分を変えられない。

変わりたい。もっと、もっと強く。
何よりも、何者よりも強く。もっとその先へ。
距離なんて笑い飛ばせるぐらいに。いつもの余裕の笑みが出来るくらいに。

もう、舞台へのチケットは手に入った。
後は、あの人が帰ってくればいい。

「早く…帰ってこいよ」

リョーマの言葉は降り注ぐ雨と共に流れる。
雨に同調して堅いアスファルトで包まれた大地へ。そして、水蒸気となって、空へ。曇天の空へ還る。

どうか、この空が続いているのなら、言葉をその雲の流れに乗せてあの人に届けて欲しい。
早く、今すぐにでも自分の元へ帰って来い、と。
ただその一言だけを。

空にその願いを託すべく、仰ぎ見上げたリョーマの視界は晴天の様なピーコックブルーの色で埋め尽くされる。

「風邪を引くぞ」

背後から聞こえてくる声はいつも電波越しに聞こえていた声。
いつも、どこかノイズ混じりだった声。

くるりと表情を変えることなくリョーマは振り向いて、その人を確かに網膜に焼きつけてから、微笑んだ。



「お帰り………部長」
「ただいま」



















取り残されて。
今日、冷たい雨が降ったので、モエを感じて一筆。
というか、全国大会は秋には終わってますか?夏で全て終わりますか?
う、うううん。ま、まあ、いいの。二次創作なんだから。(サイテー)
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