不眠症
















午前3時。
俗に草木も眠る丑三つ時。

越前家の二階のその一人息子の部屋にて。

人形の緩やかなカーブを描くベッドの掛け布団が撥ね除けられる。
そして、撥ね除けられた布団から、ひょっこりと一人の少年が起き上がった。


「…眠れない」













「……っくあ」

越前リョーマ、本日の朝練中、10回目の欠伸。
結局、眠れないまま朝日を迎え朝練の時間が来て、今に至る。

「なんだなんだ〜?オチビ、余裕ぶっこいてんにゃー!?くらえ、きっくまるビーム!」
「英二先輩…ウォーミングアップのラリーにそんなにアクロバティらなくても…。疲れますよ?」

ポーン。
菊丸から勢い良く返されてきたボールに追いついて気怠気に打ち返す。

「それにしても、どったのオチビ、いつにも増して随分眠そうだけど」

ポーン。
菊丸も今度は至って普通に打ち返してやる。

自分の元に返ってきたレモンイエローを視線で捉えて、軽く凪ぎ払う。

ポーン。

「最近、なんか寝れないんすよ」


ポーン。


「なになに?悩みごと?まさか、オチビがストレス!?」


ポーン。


「悩み事・・・なんスかねえ」


ポーン。


「最近気になる事とか」


ポーン。


「気になる事スか?」


ポーン。

「そう。気になってどうしようも眠れないとかさ」


ポーン。


「例えば?」


ポーン。


「ええー?うーん。テニスの事とか?」


ポーン。

「いや、そりゃないッスね」


ポーン。


「じゃあ、人間関係とか?」


ポーン。


「人間関係?」


ポーン。


「嫌な人とかさー」


ポーン。


「んー」


ポーン。


「好きな人の事とかさ?」


ポーン。


ポーンポンポンポンポン。

ボールの跳ね続けて行く音に菊丸がリョーマを見れば、彼は振りかぶろうとした体勢のままで止まっていた。
そして見開かれた目は菊丸を捉え、人指し指を突き付けた。


「それだ」













「と、いう訳で今日から一緒に寝て下さい」
「どういう訳だ」

所変わって、朝練終了後の部室。

自分のロッカーを前に着替え始めた手塚を前にして既に着替えを終えたリョーマは口を開いた。
呆気に取られた手塚などお構いなし、とばかりにリョーマは先を続ける。

「だから、最近オレは眠れないの。それで、その原因はアンタだから責任取って添い寝して」
「どうして俺が原因なんだ」

手塚は止めていた手を動かして着替えを始める。

「だから、アンタの事が気になって眠れないの」
「どうして気にする必要がある」
「どうしてもこうしても、脳みそが勝手にアンタの事考え出しちゃうの。こんなにオレに想わせるアンタが悪い」

言いがかりだ。
手塚はそう思う。
そして、それを周りで密かに聞いていた他の部員も揃って胸の内でそう思った。

「それで、添い寝か」
「そう。考えてる相手の人がそこに居れば寝られると思うんだよね、オレ」

にこり。
いつも手塚にしか見せない屈託の無い満面の笑み。

「で、お前が毎日俺の家へ寝に来るのか」
「何言ってんの、アンタがオレんちに来るに決まってんじゃん」

少しムッとしたように言うリョーマに、着替えを終えたロッカーの扉を閉めて、手塚は溜息を一つ浴びせる。

「あのな、俺にも家族がいるし、家だってあるんだが」
「何その、愛人が『帰らないで!』って言った言葉返す様な疲れ切ったサラリーマンみたいなセリフは」
「俺はまだ中学生だ」
「いや、それは知ってるけど」

どうも、話題が逸れてきた。

「って、そうじゃなくて!ねえ、いいでしょ??不眠症の余り試合中に倒れられたら部としても困っちゃうだろうしさ」

鞄を肩に担ぎ出した手塚の袖を引っ張ってごねるその様は幼児のわがままを言うそれと大差がない。
リョーマにぐいぐい袖を引っ張られながらも手塚は扉へ向かう。

「そうは言われてもな。土日だけならまだしも、平日を含めた毎日は無理だ」
「じゃあ、寝不足でオレが倒れてもいいって言うんだ、アンタは」

へー。ふーん。そーう。
半眼。
完全に拗ねている。

拗ねつつも、手塚の袖を離す気はないらしい。
少し皺が出来始めているのを見て、手塚は窘めつつリョーマの指を外させた。

「俺自身は無理だが…そうだな、これで我慢しろ」

そう言ってリョーマへ飛んできたのは手塚のその手首から抜き取られたばかりのリストバンド。

「え!?マジ!?貰っていいの?」

両掌でそれに飛びついて手塚と掌中のリストバンドとを見比べる。

「それで俺が毎晩お前の家に通わなくて済むならくれてやる」

ニッと笑ったその顔は年上の余裕。
所詮はまだまだ子供のリョーマへの優越感。

そんな雰囲気を感じ取り、腹が少し立ちつつも嬉しさの方が勝ってリョーマは手塚に飛びつく。

「ありがと。でも、土日はオレんち来られるんだよね?」

先程の言葉の揚げ足取り、とばかりにリョーマは不敵に笑む。
そして、言外に土日は家に来い、と。

「行けないことはないが………本気か?」
「本気も本気!インディアンウソツカナーイ」
「何だそれは」













それから、リョーマの不眠症は治った。
治ったが。
すやすやと熟睡し過ぎて遅刻が増え、手塚はまた頭を悩ませたのだったとか。

















不眠症。
気が付けば100題も3分の1をクリアしております。
中身の質は、まあ、置いておいて。
そして、今回、不眠症。
リストバンドはちょっとベタかなーと思うですが、in学校の手塚というと特別な何かなんて持ってきていない様なので、やむを得ず。
眼鏡とかやる訳にはいかんですしね。
『III』の襟章やる訳にもいかないし。
まあ、無難と言えば無難。
そして英二友情出演。きっくまるびーむ!
菊は動かしやすくて好きです。
薫とかも使いたいんですけど、使い難い…。めそ。愛は在るのにな。
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