これから迎えに行くよ
それはいつも丁度部活が終わった帰り道。
無気質とも言える呼び出し音がポケットから鳴り響く。
単調なその音に呼ばれて、リョーマはそれを取り出す。
携帯電話。
液晶のその画面には見知った者の名。
「はい、こちら越前」
『こちら手塚』
畏まった声でそう電話に出れば、今日は相手も妙にノリがいい。
「今日は何があった?」
『いつもと変わりなく』
いつも手塚はこの時間を狙ってかけてくる。
手塚がかけなければリョーマがかける。
おかげで、リョ―マの近頃の帰宅は遅くなる日々が多かった。
勿論、回り道をしてできるだけ手塚と話そう、という魂胆だ。
『お前は、どうだ。何かあったか?今日は』
「ううん。いつもドーリに朝練があって、授業があって、部活して来たとこ」
いつも最初の話題はお互いのその日の出来事から。
特に変わったことの無い日は多いけれど。
『皆も変わりはないか?』
「いたって普通」
そう言った直後にリョーマから、あ、と何かに気付いた様な声が上がる。
「…普通じゃないのが一人」
『誰だ?』
「越前さん」
『…お前か?』
「オレ以外に他に誰がいんの。今更新入部員なんて入ってこないよ?」
手塚自身も呆けた答えをした、と思い直したのか、くすり、と細く笑う声が電話越しに聞こえる。
『ああ、すまん。で、どう普通じゃないんだ』
「アンタがコートに居ないっていうのに耐えられなくなってきた」
そこにはさっきまでの会話を楽しんでいたリョーマの声はなく、少し気落ちしているらしい、しゅんとした声があった。
「ねえ、アンタはオレが居なくて淋しくなったりしないの?なるでしょ?」
それは質問か確認か。
『…ああ、なるな』
「今もなってる?」
『ああ。お前の声を聞いている時が一番そう思う』
やけに素直だ。
そうリョーマは手塚の声を聞き乍ら思い至る。
手塚も耐えていた想いの針がリョーマの様に振り切れそうだったのか。
「部長…」
『こっちに来い、越前』
手塚の声が何かに酔う様にそう紡いだ瞬間、リョ―マの膚は粟立つ。
勿論、恐怖や気味悪さなどではなくて、歓喜故に。
そして、それを呟いた手塚の声が剰りに艶を持ち過ぎていたから。
「…行く」
ポツリ、とリョーマの口からそれだけが漏れた。
「今から、そっち行くっ!」
本気も本気の色を多分に含んでリョーマが叫んで漸く手塚が我に返った。
『え、越前…!?いや、今のは冗談だからな?』
「部長が冗談でもオレは今から行く!これから迎えに行く!」
『越前!?早まるな!』
「何をどう早まるのさ!桃先輩、予定変更!このままオレんちに帰るんじゃなくて今から宮崎まで!」
リョーマが前でペダルを漕ぐ桃城の背中をバシバシと手で叩いた。
「はぁ!?バカ言うんじゃねーよ!チャリで宮崎まで行ける訳ねえだろうが!」
「いいから!行くの!使えない先輩ッスね…」
はあ、と呆れたような大きく長い溜息。
そんな仕草の後輩に桃城もプツリと何かが切れる。
「お前が勝手に帰ろうとした俺のチャリの後ろに乗って来たんだろうが!」
「どうせ方向一緒なんだからそれなら歩いて帰るよりチャリで帰った方がいいに決まってんじゃないスか」
「おま…っ!先輩を何だと…」
「はい!ぐだぐだ言ってないで宮崎に進路変更!」
「道わかんねーよ!」
「南向かって走ったら着くよ!」
「着くか!」
「着くに決まってんじゃん!オレと部長の赤い糸を手繰って行けば着く!ねー、部長」
『……………』
これから迎えにいくよ。
あら?途中で一瞬しんみりした筈なのに、この終わりはなに!?
ええーと、とりあえず、桃にもっといい目に遭わせてやれよ、わたし?
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