恋愛未遂
がちゃり。
桃城が部室の扉を開けると、中では菊丸と不二が机を挟んで談笑していた。
既に二人とも部活後で多量に汗を吸い込んだユニフォームから着替えて学生服姿だ。
自分も颯々とこれを脱いでしまおうと、桃城は二人の脇を通り抜ける。
「おつかれっすー」
「桃、おつー」
「おつかれ、桃」
挨拶をして通り過すぎれば、二人が談笑を一旦止めてこちらを振仰ぐ。
桃城が自分のロッカーに手をかけた時、不二が柔らかく笑う声が聞こえた。
「噂をすれば影、とはよく言ったものだね。桃が来るなんて」
ふふ。
そう笑う不二を桃城が振り返れば頬杖を付き乍らこちらを見ている不二と菊丸。
「俺のうわさ話っすか?お二人にされてるなんて穏やかじゃないっすね」
「やだなあ、どういう意味さ、それ」
「そのまんま、っす、よ」
勢い良くユニフォームの上着を脱ぐ。強かにかいた汗をタオルで拭えば少し気分が良くなった。
「で、俺のどういう噂話っすか?」
「んー?桃はてっきりオチビが好きだと思ってたっていう話」
「は?俺がっすか?ありねえっすよ」
だってアイツは手塚部長が好きなんでしょうに。
どれほど好きかなんて、本人の口から当てられるくらいに聞いている。
「だって、氷帝戦のあの時、越前がベンチから立った瞬間に切なそうな顔してすぐに桃が越前の傍に行ったからさ。てっきりそうなのかと思ったんだよ」
「ああ、あの時っすか…」
自分達が引き留めるのなど聞かず、手塚がコートへ向かった時。
『オレに勝っといて 負けんな』
そう言葉を発したリョーマ。
その声が少し悲哀を含んでいるように思えて、たまらず桃城はリョーマのテニスバッグを掴んで動いた。
こいつは、手塚部長の負けを予感している。
そう思った。
お前があの人の勝利を確信してやらないでどうするんだ。
そう叱咤してやるつもりだった。
否、リョーマがウォーミングアップに立ったと直感した瞬間に桃城自身も手塚は負けるのかもしれない、と思ったことは事実だった。
だから、せめて今この瞬間だけでも支えてやろうとそう思った。
自分の出る幕ではないのかもしれない。
そうなのかもしれないが、支えてやらずにはいられなかった。
あんなに打ちのめされた様なリョーマを見てしまったら。
少なくとも、桃城にはそうあの時のリョーマは映った。
桃城から自分のテニスバッグを受け取った時、なんとも言えない顔をしていた。
少し、驚いている様だった。
「まさか桃先輩がつきあってくれるとは思わなかった」
そう、歩きながらリョーマは言った。
何故そう思うのかと問えば、桃先輩は部長の勝利を信じてる人だと思ったと、俯きがちに答えた。
「信じてるさ。信じてるけど、お前、部長は勝たないと思ってるんだろ?」
「もう、勝ったよ。あの人は勝った」
くすりとリョーマは笑った。
そんなリョーマの意図が掴めなくて桃城はリョーマを覗き込む様に見た。
俯いている上に帽子をいつも以上に目深に被っていてその表情は見えなかったけれど。
「オレにあの時の想いの真意を身を持って教えてくれたんだ。だから、勝ったんだよ、あの人は」
「…そうか」
俯いたままのリョーマの背中を軽く2、3度叩いた。
リョーマが泣いている様な気がしたから。元気出せよ、という意味を込めて。
リョーマの言う『あの時』の事は桃城には見当がつかなかったけれど。
この二人には恋愛感情以上に何かあったのだと思った。
「桃先輩、オレ、泣いてないんだけど?」
それ、落ちこんでる奴によくしてる奴でしょ?
オレ落ち込んでないんだから。
そう、半ば怒る様に俯いていた顔を上げた。
帽子の鍔の影からいつものアーモンドアイが睨んできていた。
「部長は、あれだよ。勝負に勝って試合には負ける。あの人の事はあの人以上にオレは知ってるんだから
……勝って、欲しいけどね。オレのウォームアップなんて無駄になっちゃえばいいんだけど」
神様のバーカ。
そうリョーマは天を仰いで呟いた。
「そうか」
そんなリョーマを上から押さえつけるように桃城は頭を撫でた。
抵抗の声をリョーマがあげるがそんなものお構い無しに撫で続けた。
「そう言われれば一瞬恋に落ちてたかもしれないっすね」
冗談めかす様に桃城は笑う。
「でも今思えばあの時は兄貴、みたいな気持ちだったんじゃないっすかね」
「おにいちゃん〜?じゃあオチビは頼りない弟って感じだったの?」
「今でも弟って感じですけどね。でも、頼りないっていうよりは――――」
がちゃり。
部室のドアが開かれた。
そこにはジャージを半ば脱ぎかけながら入ってくる越前リョーマ。
彼を見て、不二がまたふんわりと笑った。
「やっぱり噂をすれば影、だね」
「まったくッスね」
「何なんすか、先輩達。人の顔みてにやにやして。気味悪いっすよ?」
自分を妙に面白がるような視線で見られてリョーマは怪訝な顔をしつつ自分のロッカーに手をかけて黙々と着替え出した。
「あ、桃先輩」
不意にその着替える手を止めて、リョーマが桃城を仰ぎ見た。
「今日もチャリよろしくッス」
「はいはい」
肩を竦めて見せれば、何その仕方ないって態度は、とリョーマが足下に転がっていたらしいテニスボールをこちらへ投げる。
飛んで来たボールを右手でしっかりと受け取って、桃城はまた肩を竦めた。
「頼りないっていうよりは、情け容赦なく生意気って感じッス」
そう、こちらを楽しそうに眺めていた不二と菊丸に溜息混じりに告げた。
「そうみたいだね」
「じゃあ、未遂って感じかにゃ?」
「ホント、未遂で良かったっすよ。部長はホント凄いっす。こんなの相手にしてるんスから」
そうして3人がリョーマを苦笑しながら見れば、当の本人はある単語にだけ反応を示してこちらを見た。
「何?部長の話?」
「違うっつーの」
けらけらと笑い乍ら、さっきリョーマ自身が投げて寄越したボールを桃城は投げ返す。
手塚を想うリョーマの想いになど勝てないあの時の気持ちをリョーマに返すように。
俺がお前を一瞬想った気持ちも込めてあの人を愛し通せと。
恋愛未遂。
桃→リョ塚。
と、こう、私は氷帝戦を見た訳ですが。
しかし一瞬に過ぎない、という、ね。
桃杏派ですので!!
神杏も良いのですけれど!
つか、杏ちゃんは皆から愛されてればいいなと!
杏ちゃんが大層ラブいお年頃です。あの子なんであんなに可愛いのかしら。らぶいー
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