出会った初夏は青葉が瑞々しく。
一度目の別れが過ぎて少しした頃には向日葵が咲いて。
あの人が帰って来てからは秋桜が低くなって来た空によく映えて。
凍える季節にはお互い暖め合うみたいに肌に触れあって。

そして、当たり前の様に桜が誇らしく花開いた頃、あの人は此所から旅立って行って。


酷く寂しくなったことをつい昨日の事の様に思い出す。
あの人の旅立ちを祝うかの様な満開の桜も晴れ渡った空も何故か憎たらしかった。
第二ボタンがどうのと嬉しそうに騒ぐ周りの女子がとてもバカらしく思えて。

答辞をあの人が読んでいる様なんか見たくなくて、式が始まる前にそっと体育館を抜け出して一人テニスコートで佇んでた。
一緒に居られる最後の日だっていうのに。
その後、式が終わった後に担任の教師にはこっぴどく叱られたっけ。

その日の帰りも一緒に帰って。
卒業おめでとう、って言ったら驚いてた。
夏の頃みたいに行かないでって言うんじゃないかと思ってたって言ってたっけ。

…うん、本音は行かないで欲しかったけどこればっかりは仕様がないなってどこかで思えてたから。


でも、仕様がないって思っても、辛かった。
一度目の別れの時も寂しかったものだけど、その日からは2年もあの人の傍に居られないと思うと。

それまでは普通に朝練で会ったり、廊下で擦れ違ったり、放課後の部活で一緒にいたことが無くなることに桜が散り始める頃に今更の様に気が付いて。
居ないんだよね、ってことが現実味を帯びて来て胸にポッカリと穴が空いたって表現がぴったりきた瞬間だった。


それからはお互いの時間の都合がつかなくて、週末にもなかなか会えなくなった。
それを寂しいと漏らせば、あの人は困った様な顔をしてあと2年、と呟くように言った。
時々、本当に時々二人の時間でたっぷりと会えるあの人の声や姿がその時のオレの何よりの支えだった。

意外と、オレも弱いんだなってちょっと情けなくもなったりした。
もっとしっかりしないとな、とも。

救いだったのは、何が何でも会えないって訳じゃなかったこと、かな。
ごくごく偶に一緒に帰れる日は何が何でも一緒に帰ったし。
朝はオレとしては珍しく早く起きてアンタがやってくるバスを学校の前で待ったりもしたし。
まあ、毎日はさすがに続かなかったけどさ。


それから桜がまた咲いて、また散って。
紫陽花が咲いて、日差しが強くなってきて、秋茜が飛び交い始めて、モミの木がデコレーションされ始めて。
さっさと雪が溶けて薄紅色の花弁が開く事を祈ってた。
次、咲く時はまたあの人の傍に行ける日だから。


オレが旅立つ時になって、答辞を読んでる奴を見て、あの日もアンタはこんな風に壇上に立っていたんだろうな、って思うとやっぱり見ておけば良かったと過ぎ去った2年前のあの日の事を勿体なく感じたりもして。



今、またこうして桜が咲く。
中にはまだ蕾のものもある。これから咲いていくんだよね。
この春の息吹に誘われる様に。

桜はこの人が旅立って行った瞬間の嫌な事も思い出すけど、今はこうして二人で眺めて居られるんだからいいかな。
よく見れば綺麗だし。
この人には敵わないけど。なんて。

「越前」

今はすぐ傍で呼んでくれる声音が心地いい。
あの頃より、もうちょっとだけ声が低くなったよね。
背も、伸びなくてもいいのにまた少しだけ伸びて。
おかげで、オレが頑張って随分伸びたのにまだ追いつかないし。
あの頃より目線は大分近くなったけど。





「桜」
「ん?ああ、そうか。もうそんな時期か」

伸ばせば届くところにある桜の花に触れてリョーマが振り返れば自分の半歩後の手塚は桜を見上げていた。
不意にリョーマは微笑む。
そのリョーマの笑みに気が付いて手塚は視線を寄越してくる。

「どうかしたか?」

不思議そうに小首を傾げる。
その仕草が遠い過去のあの日と何ら変わるものではなくてリョーマは更に笑みを深いものした。

「ううん、何でもない。色々思い出してただけ」

今は、遠く離れることもなくなった最愛の人の隣を歩き乍ら。

桜が、暖かな東風に揺れた。




















桜。
色々な過去を振り返りつつ。
私は特に桜に関して特別な記憶も感情もないですが、鮮明に記憶に残っている思い出がある方は多いのではないでしょうか。
リョマさんも、そんなうちの一人ということで。

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