罠
「ねえ、どうして不二先輩はそんなにオレにつっかかってくんの?」
まさか、オレが怖いの?
目の前の小さな怪物は口の端を上げて不敵に笑う。
「不二先輩ともあろう人が、部長と出会ってすぐのオレを警戒でもしてるの?」
その不敵な笑みは止まない。
僕が、君を警戒してる?
まさか。そんな筈ないじゃない。
でも…
「警戒、ね。してるかもしれないね」
「ふーん。部長と3年間も一緒にいたのに?」
「僕にだってね、どうしても取られたく無い物があるんだよ」
そう。『アレ』だけは、どうしても誰にも取られたくない。
元来、それ程物に対して執着は無い。
物持ちはいい方だけど、それは執着とか、そういうのではなくて、ただ、傍に置いておいたらいつまで経ってそのままであっただけで。
特に大切にしようとか、離したくないとか思っていた訳じゃない。
でも、手塚は別。
手塚だけは、僕の物であってほしい。
だから、こうして3年間、青学のナンバー2として彼の傍に居た。
この場所だけは、誰にも譲れない。
取り上げられる様な人も居なかったけど。
「それが、手塚部長ってワケ?」
「そうだね。手塚だけは誰にも譲れないな。たとえ、君であってもね」
目の前にいる強さを内に秘めたこの子供は、睨みを聞かせたって、意に介する事無く飄々としている。
だから、危険だと思う。
「でも、警戒してるってことは敵として認めてくれてるんでしょ?」
「認めたくないけどね」
軽く笑ってみせる。
「認めたくないけど、認めなきゃいけないんだ。君は、危険だ」
僕から、手塚を奪って行くから。
君は思ってもみなかった罠。
手塚を、あの手塚を嵌めてしまった罠。
「嬉しいね、そんなに用心してくれるなんて」
「だって、君は手塚の中に入ることに成功したんだ。僕ですら、少し時間がかかったのに」
そう、手塚は入学した時からテニスに夢中だった。
テニスの事ばかり考えてた。
僕も、暫くはただのテニス部仲間だった。
テニス部員から『不二』に上がるには思いの外、時間がかかった。
それだけの時間を費やして迄、僕は手塚の中に入りたかったから、あの時間は無駄じゃなかったと思う。
でも、越前はすぐに手塚の中に入って来た。
口惜しいぐらいに、すぐに。
「それは、ホラ、オレと部長は運命だからね」
「あはは、越前は冗談が上手いね」
「冗談じゃないですよ。本気も本気」
そんなこと、真剣な顔で言われても困るよ。
運命だなんて。
それが本当に運命なら、僕なんて太刀打ちできないじゃない。
君の努力の末に手に入れようとする結果なら、僕が奪ってあげるけど、運命なんて神様が敷いたレールにどう向かえばいいのさ。
僕は、手塚を奪われたくないのに。
「不二先輩もさ、そんなに部長が好きならなんで行動に出なかったの?」
そこには、3年もあったのに、僕なら落とせただろうに、と暗に含まれている様に感じた。
越前も、僕を敵として認めてくれてる訳なんだ?
「何故って、手塚がテニスを好きだからかな。テニスの事に集中させてあげたかったから」
「じゃあ、いつ行動に出るつもりだったの?」
「全国制覇でもして、手塚がテニス以外に考える余裕を持てる頃かな」
そう、それまで僕の気持ちを放っておいても大丈夫だと思ってたから。
まさか、3年目にしてこんな罠が待ち構えてたなんて、神様じゃない僕なんかに予想できた筈もなくて。
「越前は、早過ぎると思うよ。もう少し手塚をテニスに打ち込ませてあげてよ」
「それは違うんじゃないの。オレに放っておいて欲しいのはただ不二先輩が部長の傍に居たいからでしょ?」
僕よりまだ背が低いこの罠は、批難めいた色を含ませた視線で見上げてきた。
「オレに部長を取られたくないからってテニスのせいにするのはいけないッスよ」
「そうだね、ごめん。僕が悪かったよ」
また、微かに笑む。
「オレ、誰にも部長を渡す気はないです。部長はオレの大切な人だから」
「僕だって、誰にも譲る気はないよ。そんなあっさり奪われてちゃこの3年間は何だったのかわかんなくなっちゃうよ」
君が罠になるのなら、僕はその罠を外すだけ。
喩え、いつまで経っても外せなくても、必死さなんて判らせない様に飽く迄自然に外そうと試みる。
いつかは、外れると絶対に信じて。
「でもね、不二先輩」
越前は、いつものあの不敵な笑み。傍若無人さをそのまま現したかの様な、あの笑み。
どこから、君はいつもあの自信を持ってくるんだろう。
何に対しても勝利を掴めるというあの自信。
この僕にですら勝利を確信した様な。
正直、憎たらしくなる時もある。でも、僕がいくらどう思っても君はいつも変わらない。
勝利に対して酷く貪欲で、そして欲望の侭、本能の侭に勝利をもぎ取る。
それが、この手塚への恋愛レースでも。君は変わらない。
「もうすぐ、その3年間は無駄になっちゃいますよ」
「なに?勝利宣言のつもり?
越前ってさ、ホントにいい根性してるなって思うよ」
「褒め言葉と取っといていいスか?」
「ホントに、いい根性してるよ、君は」
知らず、苦笑と溜息が混じり合って口を突いて出てくる。
「でも、いくら君が強くても、常勝していても、僕だって負けられない」
「勿論、不二先輩にも頑張って頂きたいですよ。障害が多い方が、恋愛は更に燃え上がるってもんでしょ?」
僕が障害?
ふふ、本当に越前は生意気この上無いね。
やれるものなら、やってみると良いよ。
手塚を手に入れる自信があるならね。
罠。
不二にとって、リョーマは罠。
リョーマにとっては不二が罠。
お互い、相手に取られるのではないかと、必死です。実は。
そして、リョマ以上に不二に危惧を抱いているのは私です。
あと、大和部長にも危機感をもっています。
なんだか、あの二人には手塚を持っていかれてそうで怖いです。
だから、私は不二塚とか大和塚とか怖くて読めないんです。
リョマに「運命だ」とすら言わせてしまうのはそういう辺りを払拭したくて言わせてしまいました。
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