俺は、部活の終了後、顧問の竜崎先生の元へ今後の練習メニューの相談へ行き、それを昇降口前で捕まえた大石に伝え、部室へと向かった。
青学テニス部は、3年、2年、1年、の順で着替えに部室を使う。
始まりは来ることの早い遅いがある為、それは当て嵌まらないが、終わりはその順番だ。
年功序列というのも、最近の風潮には合わないとは思う。
些細な事だが、今度にでも大石に話してみるか。
さて、話は逸れたが、俺はとにかく、部室へ向かった。
顧問との相談にも結構な時間を費やしたし、大石ともなんだかんだで懇談してしまった。
途中、菊丸がやって来たから会話の長さに拍車がかかった。
つまり、俺が部室に到着したのは部活終了後から随分と時間が経っていた。
もう、誰も残っていないだろう。
いや。
そこまで考えて、俺は考えの誤りに気付く。
一人、残っているのではないだろうか。
越前リョーマ
残っているだろう。確実に。
越前は後輩であり、そして――俺の恋人でもあった。
いつも、下校は共にしているので越前は着替え終わっても部誌の為に居残る俺に付き合って、結局最後まで居る。
今日も、待っててくれるのではないだろうか。
いや、居るのだろうな。
越前に絶対の信頼を寄せている自分に気付いて、一人、溜息とも笑いとも取れるものが口を突いて出る。
部室の扉の前に立つと、中から声が聞こえる。
越前以外にも誰か残っているのか…?
扉を開いて俺は愕然とした。
さっきは感じていた信頼が崩れて行く音が聞こえたような気がした。
越前は確かに、残っていた。
しかし、不二も一緒だった。
そして、
越前が扉に背を向けながら、部室備えつけの椅子に座り乍ら、
不二の首に両腕を回して、
キスを、していた。
状況証拠
リョーマは誰が見ても明らかな程、機嫌が悪かった。
表情も不機嫌極まりない、といった風で、余程の肝の据わった者ぐらいしかリョーマには近付かなかった。
そして、その表情以上に周りを寄せつけなかったのは、リョーマを取り巻くその剣呑な雰囲気だった。
「よ、どうしたんだよ。機嫌悪そうだな」
「…桃先輩」
肝の据わった者、其の一、桃城武。
「お前、部活中になんてツラしてんだよ。部長に走らされるぞ?」
意地悪くそう笑う桃城に、リョーマは相変わらず不機嫌なまま無言ででそっぽを向く。
「なんだ、なんだ〜?彼女と喧嘩でもしたかー?ええ?こら」
「…喧嘩ならまだ良かったんだけど」
リョーマが視線を逸らしたまま低いトーンでぼそりと呟く。
彼女、という部分に否定をせず、寧ろ肯定されたことに桃城は驚く。
いつの間に彼女なんて、と純粋に思った。
厳密に言うと、彼女、ではなく、彼氏、と言うべきなのだが、当然、桃城はリョーマと手塚の事など知らない。
「よしよし、それじゃお兄さんが相談に乗ってあげよう。どうしたね、少年」
自分だってまだ、中2のくせに、という言葉は飲み込み、桃城に視線を戻すとリョーマは口を開く。
「口をきいてくれないんスよ」
「ほお」
「それどころか、目も合わせてくれないし、近付くと逃げるし」
「はー。それは重症だなあ。越前、なんかやったろ?」
どこか楽しそうに聞いてくる相手に、やってないッスよ、と増々目つきを険しくして桃城を睨む。
「寧ろ、何かやったなら判るんだけど、ある日突然、そうなったんスよ?
どういうことだと思います?」
うーん、と大袈裟に首を捻って桃城は考えてみせた。
「理由を相手に聞いてみたら?」
「だから、口も聞いてくれないし、近付いたら逃げるって言ったでしょ?」
人の話聞いてんのかな。
内心、リョーマはそう思い、その化身とでも言うべくに大きい溜息が出た。
そんな溜息を聞き乍ら、桃城は何か閃いた様に口の端を上げた。
「じゃあ、俺が明日の昼休み屋上にその子呼び出してやるから、そこで聞け。
外で逃げられない様に扉押さえててやるから」
「…なんか、無理矢理っぽくてヤだな」
「お前に選んでる暇なんてあるかっつの。それとも、一生その子が口きいてくれなくてもいいのかよ。いい訳ねえよな、いい訳ねえよ」
「そりゃ、そっちの方がヤだけどさ」
「じゃあ、その子のクラスと名前教えろ。あ、あと特徴もな」
なんか、楽しんでない?
満面の笑みの桃城に今日2度目になる飲み込む言葉。
観念した様に、リョーマが告げたその人に桃城は人生で一番驚いたという。
「3年1組、手塚国光。青学男テニ部長。特徴は言わなくてもわかりますよね?
じゃ、明日、宜しくお願いしますね」
ニヤリ、といつもの不敵な笑みにリョーマが戻ったのを桃城は確かに見た。
こいつ、楽しんでやがる…!!
いつの間にか形勢が逆転していることに、桃城は地面へと項垂れるしかなかった。
そしてリョーマは大石に呼ばれ、固まっている桃城を残してコートへと向かった。
「部長」
「ん?なんだ、桃城か」
リョーマが桃城に依頼した翌日、桃城は手塚を呼び出すべく、昼休みに3年1組を訪れていた。
そうとは知らない手塚は珍客に素直に驚いていた。
「ちょっと、相談があるんス。屋上までいいスか?」
「ああ、構わんが。どうした」
「いや、詳しくは屋上で」
妙にそわそわした桃城に不思議がって小首を傾げるが、桃城が歩き出したのに釣られる様に手塚は席を立って教室を出た。
桃城は、一人心の中で手塚に詫びた。
そして、3年の階から直接屋上へと続く階段を二人はのぼった。
しかし、手塚が扉を潜り、屋上の中程まで進んだ辺りで、桃城が身を翻した。
「部長、スンマセン!!」
ばぁん、というドアが閉められる大きな音に手塚が振り返れば、それまでドアの陰になっていた箇所にリョーマが立っていた。
「え、えちぜ…」
突如現れたリョーマに、手塚は本当に吃驚した顔で2、3歩、後ずさる。
「何故、ここに…それに、も、桃城は……」
「桃先輩にアンタが最近妙に冷たいってことを相談したらね、取計らってくれたんだよ。
幸いにも、今日は屋上はオレ達で貸し切り。
さーて、聞かせてもらおうか。なんで最近、口きいてくれないのか、近付いたら逃げるのか」
1歩2歩、と悠然と近付いてくるリョーマにじりじりと手塚が後ろへ逃げる。
これじゃ、探偵と犯人だと、リョーマは思う。
自分はここへ手塚を追い詰める為に呼んだのではない、理由を聞きたかった。
ここ数日、冷たい手塚に、そのワケを。
「ねえ、なんで?」
詰め寄るリョーマから逃げる手塚の背に屋上の転落防止のネットが触れる。
手塚がネット際まで追い詰められても近付いてきたリョーマは両腕の間に手塚を挟む様にしてネットに手をつく。
容赦なく、見上げたリョーマの鋭い視線が手塚を射抜く。
そんなリョーマから、手塚は視線を背けた。
「なんでなんだよ、オレなんかした?それとも、オレの事が嫌いになった…?」
やっと手に入れたと思ったのに、手塚が指の隙間を滑り落ちて行く。
そんな感覚にリョーマは泣きそうだった。
しかし、
「違う!」
リョーマの言葉に間髪入れず手塚が声も荒々しく叫ぶ。
今にも零れ落ちそうなリョーマの涙がギリギリのところで留まる。
「違うって、じゃあ、なんでさ?」
零れ落ちそうな涙がみっともなく思えて自らの手の甲で目元を拭う。
「なんでもなにも、お前、自分の胸に聞いてみろ」
「は?」
部活中に見る様に手塚は腕を組んで言い放った。
やはり、自分が何かしたのか。
そう思い、リョーマが手塚が一緒に帰ってくれなくなった日から回想を始めるが、それらしき事は思い当たらなかった。
そう、あの日、手塚を部室で待っていたのに手塚は来なくて、戸締まり確認に来た教師に半ば怒られる様にして帰路についたのだ。
その次の日から、手塚は目を合わせてくれなくなった。口をきいてくれなくなった。近くに寄ると逃げる様になった。
「オレ、何もしてないよ」
「うそつけ、お前、あの日、不二と、き、キスしてたろう」
「はぁ??」
腕の間に居る手塚を見上げて盛大に言ってみせるが、手塚の表情は怒ったままだった。
「お前、俺に、俺だけだと言ったのに、なんで不二とああいった事をしていたんだ」
「ま、待って、ちょっと待って。それいつの事?」
しらばっくれるな、と言い乍ら手塚が告げた日にちは、リョーマが手塚を待っていたのに来なかったあの日と同じであった。
「待って。落ち着いてよ。あの日は、アンタの方こそ来てくれなかったじゃない
俺、ずっと待ってたのに」
「あの日は、お前と不二がキスしてるのを見て、そのまま家に帰った」
「だから、不二先輩とキスなんかしてないって!」
(なんで、オレがアンタ取り合ってるあの人とキスなんてするんだよ!!)
「じゃあ、俺が見たものは、何か?幻だったとでもいうのか?」
ますます、怒りを大きくしてくる手塚に手を焼いていたリョーマにあの日の一場面が浮かび、何かに気がついた。
「わかった、判ったよ部長、アンタが何をそう誤解してたのか」
あの日、リョーマは他の部員が帰っても手塚を待ち乍ら、椅子に腰掛け机に突っ伏していた。
(部長、まだかな。どんだけバアさんと喋ってんだろ)
退屈そうに椅子の下で足をぶらぶらと遊ばせる。と、その時、キィ、という部室のドアが開く音がした。
「部長!?」
嬉々とした顔で勢い良く振り返ったリョーマの目に飛び込んで来たのは、栗色の髪、穏やかな表情――
「ふふ、残念。僕でした」
「不二先輩」
やって来たのが手塚ではなく、不二だったことにリョーマは素直に憮然とした元の表情に戻る。
「君って相変わらず判り易いね」
「放っといて下さい」
また机に突っ伏すリョーマの前に不二は回り込むと、リョーマの顎を掴んで上を向かせた。
「…何スか」
変わらず憮然としたままのリョーマに不二はいつも細めているその目を薄く開いた。
「ねえ、越前、手塚から手を引きなよ」
「嫌っす。あの人はオレのもんっすよ。不二先輩こそ、いい加減手を引いて下さいよ」
お互い、一歩も引かない様子に不二が、にこりといつもの表情に返る。
「そういう聞き分けのない子にはね」
お仕置きだよ、と言うや否や、不二は天使の表情で顔を間近まで迫らせると顎を掴んでいない方の手で、力一杯リョーマの鼻を抓った。
「いたたたたた!!!痛いっすよ!」
「じゃあ、諦める?」
ふ、と不二が力を緩める。
そんな不二をリョーマは睨み返した。
「い・や」
「そう」
鼻を抓られ乍らもリョーマは口元だけはにやりと笑った。
そうしてまたリョーマの鼻筋の麓にある不二の指先に力が篭る。
抵抗する様に、リョーマは不二の項にかかる後ろ髪を思いっきり両手で引っ張った。
「痛いよ、越前」
「不二先輩こそ、その指どけてくださいよ」
先程と変わらぬ笑いの表情のリョーマ。
不二も、にこりといつもの笑みで微笑んでリョーマの鼻を抓っていた指を離した。
「ふふ、いいよ。どうせ、こんなので諦めると思ってないし。
これで諦めるぐらいだったら最初から手塚は渡してないよ」
「っていうか、不二先輩こそ早く諦めてよ。オレ達付き合ってるのは知ってるんでしょ?」
解放された鼻を擦り乍ら漸く離れて行った不二の顔を見上げる。
「それに、心も体もオレの物になる日も近いんで」
「生意気」
つい先程の様に不二は開眼してそれだけ呟くと部室を出て行った。
「あの日は忘れ物取りに来た不二先輩に揶揄われて鼻抓られてただけ。
それに抵抗して、オレが後ろ髪引っ張ってたのが不二先輩の首に腕回してるように見えたんすよ
オレの座ってたトコってドアには背を向けてるから、ドア側から見ればキスしてるように見えたかもしれないね」
「……本当か?」
リョーマは敢えて、不二と手塚の事が原因で諍いを起こしたということは割愛した。
不二の気持ちをわざわざ代弁して伝えてやる程、リョーマは親切ではない。
流石に、不二の気持ちを知ってそれに手塚が揺れるとは思わなかったが、万が一にも危険因子は置いておきたくはなかった。
「ホント。その証拠に見てよ、俺の鼻。赤い跡がまだ少し残ってるでしょ?」
そう言って顔を突き出したリョーマを見てみれば確かに、鼻筋の麓に強く摘まれた様な赤い跡がある。
リョーマの鼻の赤い跡に手塚が視線を集中していると、リョーマが意地悪く目を光らせ、背を伸ばして手塚に触れるだけのキスを仕掛けた。
「なっ、越前!!」
「妬いててくれたんでしょ?」
手塚を確りと見据えて、リョーマが微笑む。
そんなリョーマから視線を外して手塚は後頭をバツが悪そうに掻いた。
「妬く、というかだな、裏切られたと思った」
「裏切られた?」
「だってお前、俺に、好きなのは俺だけだと言っただろう」
「当たり前だよ。オレの好きな人は部長。アンタが最初で最後。
…オレの言葉が信じられなかった?」
ネットについていた手を離して、リョーマはそれを手塚の腰に回して抱きつき、手塚の胸に頬を摺り寄せる。
「すまん」
応える様にリョーマに背に腕を回し乍ら、しおらしく手塚が謝る。
そんな手塚も可愛くて、リョーマは抱きついた腕に力を込めながら手塚を見上げた。
「いいよ、今回は許してあげる。
何回も言うけど、俺が好きなのはアンタだけ。信じて、本気だから」
「ああ、判った。お前を信じる。もう、疑わない」
じゃあ、仲直りのキス、とリョーマは呟いて目を瞑って行く手塚の耳の裏に手を添えて、そっと唇を重ねた。
状況証拠。
お約束に手塚の嫉妬を書いてみましたが如何だったでしょうか??
結局はいちゃいちゃな終わりになった訳ですが。
今回はちょっとリョマのへたれ度が少なくて、内心ホクホクの私でございます。
しかし、あのー、情景描写しかできない私に、喝!
もっと心理描写をきちんと書きたいです。
そして、情景描写に置いても同じ言い回しが多い私。
……。
精進精進!!
ありがとうございました〜