飛ぶ
















非公式に部長と期待の新人との試合が行われた翌日。

「部長、話があるんですけど」

かのルーキーは手塚が部室に現れた途端に彼の元へと歩み、そう告げた。
訝しむでもなく、愉悦気味にでもなく、常と変わらぬ調子で手塚はリョーマを見下ろす。
相手も普段と変わらない視線を寄越してくる。

「なんだ?」
「今、ここじゃなんなんで、部活後にいいッスか?二人で」

昨日についての話だろうか、と手塚は思った。
あれは、大石と顧問である竜崎、そして当人しか知らない出来事だったから。

リョーマが手塚に話すべきことで、誰かに聞かれるとまずいとなるとそれ以外には思い浮かばなかった。
元より、この二人が会話をすることが珍妙であるらしく、部室内に居る何人かの部員の視線と注意がこちらを向いていた。
けれど二人がそれに気を留める素振りは無い。

「わかった」
「それじゃ、また後で」

手塚が承諾の旨を告げると、用件は済んだ、とばかりにリョーマはすぐに踵を返し、コートへと向かった。








完膚無きまでに打ちのめされた。
まるで付け入る隙が無かった。

不敗のモンスターだったワケじゃない。
現に親父にはもう何回も負けを喫している。
その度にいつかぶちのめしてやると思う。

けれど、あの人に与えられた『敗北』という想いはまったく別のモノで。

あの人に勝ちたいと思った。
親父を倒す、というのとはまた別のモノ。

もっと、もっと強く。誰よりも強く。もう誰にも負けない様に。
何かが自分の中に芽吹いた事を自覚した。

けれど、それ以上に、この人と一緒ならどこまでも高みへと飛んでいけると思った。

親父を倒した後にはきっと何も残らないけれど、この人となら越えた後でも更に飛ぶことができると思った。
これは、直感にして、きっと確信。

この人と共に無限の彼方へ飛びたい。







「それで、話というのは?」

部活後の部室。
書き終えたらしい部誌を乗せた備え付けの机を挟んで手塚とリョーマ。

「昨日の事か?」

まさかこの少年に限って、昨日の技はどうやっただとか、教授を求めている訳ではないだろう。
女々しさなど欠片もない。
揺るぎない自信と淡白なまでの勝利への姿勢。
それが、昨日の事で変わったならば手塚の思惑通りに事は運んだ事になる。

「はい」

淡々と口火を切る手塚に対し、厳かにリョーマは首を縦に下ろした。

「負けた事が無いって言うワケじゃないんスけど、もっと…強くなりたいと思いました」
「…そうか」

昨日までにはない強い光がリョーマの今の眸には宿り始めている。
手塚は満足気に深く、ひとつ頷いた。

「それと…」
「ん?なんだ?」

何かを躊躇う様にリョーマが軽く顎を引き、視線を床へと逸らした。
いつも強気が売りの彼のこういう態度は珍しい。いや、手塚は初めて見たかもしれない。

どこか、照れを入り交じらせて恥噛む様なこんな素振りは。


リョーマは一度瞼を閉じて、それから真っ直ぐに手塚を見据えた。
また、手塚の見た事の無い越前リョーマの貌。

そういえばコイツの事は何も俺は知らないのだな、と手塚は頭の片隅で思った。
リョーマが入部してきてまだ日が浅いのだから、彼に対して知らないことが多いのは当然なのだけれど。


「オレ…一人じゃ飛べないって思いました」
「うん?」

リョーマが紡ぎ出した言葉の真意を掴みきれなくて、手塚は緩く、そして微弱に首を傾げる。
そんな手塚から視線を逸らせる事無く、寧ろ先刻よりも眸に力を込めて、尚もリョーマは続ける。

「部長と…アンタとなら、一緒に居ればどこまでも無限に飛べると思った」

不意にリョーマが立ち上がる。
それに伴って手塚の視線も上方へと動いた。


リョーマの、掌が甘く捕らえる。
手塚の、頬を。

「オレにはアンタが必要不可欠みたいなんだけど…部長は?」

手塚は目を瞑る。
リョーマは手塚との距離を詰める。

「越前?」

知らず、唇が震えて声も震えた。
まるで――


まるでこれでは求愛されているみたいではないかと。


「部長は、オレが必要?」

眸は今や先刻までの強さには溢れていない。
思慕、いや恋情にしとどに濡れそぼっていた。

「オレは、アンタとどこまでも飛んでいきたい」
「越前…」

何と、答えたらいいのか手塚には判らなかった。
けれど、視線は逸らせなかった。

不意に、リョーマが掌を添えている反対側の頬にリョーマが唇を寄せる。

「オレは貴男が好きです。部長」

左耳の直ぐ傍でそう囁かれた。






















飛ぶ。
先日とは違う方からまた、ネタ提供を頂きました。
や、貴女からはいつもネタを頂戴している気がしますが…。(笑
初心に帰ってリョ塚告白シーン。
高架下の後の場合、みたいな、感じで…。
リョ塚には、出会って一目惚れ、か高架下、か対べー戦後の3パターンくらいえちフォーリンラブの瞬間があると思ってます。

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