暖かいお菓子
















常に元気の良い、実に少年らしい笑顔を絶やさない菊丸がやけに神妙な顔をして手塚の元を訪れたのは丁度昼休みが終わった頃合いだった。
リョーマに誘われて、というよりは半ば強引に部室で昼食を摂り終わってクラスに戻ってきた所を掴まった。

辺りを気にする様に菊丸はきょろきょろと視線を動かすが、其処は昼休みも終わりかけの廊下だ。
同じ学年の生徒が確認するまでもなく居る。

「菊丸、どうした?何か用か?次は俺は移動なんだが…」

いつまでも用件を切り出そうとしない菊丸に困った様に手塚は軽く眉を顰めた。

「ごめんごめん!ちょっと確認っていうか、手塚はどうなのかなーって思ってさ」
「確認?」

手塚が少しだけ首を傾げてみせると、菊丸は顎を引いて上目遣いに見上げて来た。
怖ず怖ず、といった様な仕草。しかしその瞳は好奇心に満ち満ちていた。
理由も判らない嫌な予感が手塚の背中を駆け抜ける。

「手塚はさ…ミルフィーユって呼ばれてんの?」
「…誰にだ」
「オチビに」

もはや隠すこともなく目を輝かせて来る菊丸に手塚は項垂れた。
そして、重く長い溜息をひとつ。

「…呼ばれていない」
「えー!?でもCMじゃミルフィーユって呼んでたよ!?」
「菊丸…頼むから簡潔に意味が判る様に言ってくれ」

無邪気なのは目の前の彼の良いところだとは思うが、自己完結して話す癖はいけないところだと手塚は思った。

そして、菊丸が語るにはこうだ。
昨日テレビで見たCMでアメリカ人男性が好きな女性に「キスしてよ、ミルフィーユ」と言っていたと。
そこで菊丸の脳裏に浮かんだのはアメリカ帰りの青学テニス部ルーキー。越前リョーマ。
そしてその彼の最早公然の秘密である恋人の手塚国光。

「だから、手塚はオチビにミルフィーユって呼ばれてんのかなーってさ」

何故だか不満そうに唇を尖らせつつ――彼としては呼ばれていて欲しかったらしい――そう菊丸は漏らした。

「此所は日本だぞ?」
「えー。でもオチビ、アメリカ帰りだからさー。あ、ひょっとしてミルフィーユじゃなくてチョコパフェとか!?」
「呼ばれていない!ほら、予鈴が鳴るぞ。クラスに戻れ。
  それと…不二」

手塚は振り返りもせずにすぐ傍の教室のドアに隠れていた不二の名を呆れ混じりに呼んだ。

「あれ?居るのばれてたの?」

ひょっこりと悪びれた様子も無く不二がドアから顔を覗かせる。

「早く菊丸を連れて6組へ帰れ」
「だってさ。エージ、手塚の機嫌を本気で損なう前に帰ろっか」
「んー。あ、手塚」

不二に引っ張られ乍ら菊丸が手塚を振り返った。
手塚は憮然とした様子でなんだ、と一言だけ返す。

「ミルフィーユって呼ばれたら教えてね」
「…さっさと帰れ」

空になった昼餉の包みを菊丸目がけて投げてやりたくなった。






そんな昼休みの出来事を思い出し乍ら手塚は隣を歩くリョーマを見下ろした。
手塚のリーチに合わせてか忙しなく歩みを進める彼は途中で立ち寄ったコンビニで買った餡饅を部活で空腹になったらしい胃袋に詰め込んでいた。
リョーマの手の中から暖かそうな湯気が立ち上っていた。

手塚の視線に気が付いてリョーマが不意に視線を返して来た。

「間違っても呼ぶなよ」
「なにをだよ」

イキナリ意味不明すぎ、アンタ。
餡饅を頬張りながらリョーマが笑う。

手塚は今日の昼休みの出来事を溜息と呆れ、そして若干の怒りを織りまぜてリョーマに話して聞かせた。

一通り手塚の話を聞いて、リョーマは細く喉で笑った。

「英二先輩もまた可笑しいこと考えつくね」

手に残っていた最後の一欠片を口へ放り込んでリョーマは咀嚼を始めた。

「呼んで欲しい?apple-pie?」
「本気でぶつぞ?」

手塚はにこりと笑ってみせるがその目が笑っていない事にリョーマは肩を竦めて大人しく謝った。

「んー。でもさ、アンタってそんなスイーツのイメージじゃないから呼ばないデショ。強いて挙げるならー」
「挙げんでいい」

手塚の本気で嫌そうな声音など聞いているのかいないのか、暫くリョーマは黙った後、何か閃いた様にピンと人指し指を立てた。

「Bean jam。丁度さっきのアンマンに入ってた感じの。ああ、むしろアンマン?」
「それは……どれよりも情けないから止めてくれ…」

今日何度目になるかなんて最早判らない程吐いた溜息を手塚はまた吐いた。
辺りの気温の低さにその溜息は白くなった。

「え、でもぴったりじゃない?アンタって洋菓子っていうよりは和菓子だし。あ。アンマンって中華?まあ、そういう細かいのは置いておいてさ。
  あんこって甘いだけじゃなくてちょっと塩味効いてるじゃない?アンタもただ可愛いだけじゃなくて厳しいとこあるからこれもぴったりだと思うんだけど」
「可愛いとか言うな」

自分の発言が自分でいたく気に入ったのか、にこにことするリョーマとは打って変わって、手塚は脱力した。
なんだか今日はやけに疲れる日だ。
年のせいか?いや、俺はまだ15だ。

手塚の内心の葛藤など知らないリョーマは脱力する手塚に眦をきりりと吊り上げた。

「可愛いもんは可愛いの!オレが何を可愛いと思うかなんてオレの自由でしょ?」
「そ、それはそうかもしれんがな…」
「Uh! So cute!」
「言われてみる身にもなれ…」

がっくり、と愈々手塚は肩を落として項垂れた。
そんな手塚を励ます様にリョーマが肩を2、3度軽く叩き、手塚がゆっくりと顔を上げるとそのまま唇を掠め取られた。

もう、何だか今日は踏んだり蹴ったりだ。

いつもなら窘めるところだが、今日の気分がそうはさせてくれなかった。
手塚からキスを鮮やかに奪えて嬉しいらしいリョーマは上機嫌な気分のままに笑んだ。

「それに、アンマンと一緒でアンタといるとほかほかするしね」





















暖かいお菓子。
餡饅。
わたし、餡饅って食わず嫌いで食べた事ないですけど。
みつ…踏んだり蹴ったりだなんて、リョマからのチッスがほんとは嬉しいくせに。にたり。
なんて言ったら間違いなく私は手塚に平手を喰らう確率100%。
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