また明日
バイバイ、また明日ね。
いつも、その言葉を言えば、手塚ははにかんだ様に笑って、軽く手を振っていた。
けれど、それを言うのは今日まで。
二人帰っていた途でふとリョーマは見上げる。
夕映えに手塚の髪が薄く透けていて、素直に綺麗だと思えた。
――いつも、そう思っているけれど。
見蕩れる様にしばし見ていたリョーマの視線に気が付いて、手塚がこちらを向く。
「どうした」
心配そうに手塚がリョーマの顔を覗き込んで来る。
そんな心配するような顔でもしているだろうか。
そう思った瞬間に手塚の腕が伸びて来て、リョーマの目尻を拭った。
「泣きそうな顔してるぞ」
「うそ」
嘘を言ってどうする。
そう手塚は呆れた様に溜息をついてみせてリョーマに触れていた指を離した。
離された瞬間に背中が凍る様に震えて、咄嗟にリョーマは手塚の手を取った。
「どうした」
再び手塚が同じ様に問う。
今度は何故か寂しそうに。
リョーマは掴んだ手塚の手を握り、強くかぶりを振った。
「泣きそうな顔なんかしてない。泣かない。こんな事ぐらいで」
ぐい、と手塚の手を引いて寄せた手塚の胸に額をくっ付ける。
薄いシャツ越しに手塚の体温を感じて、一拍置いてからリョーマはまた口を開いた。
「また明日って言ったら、いつもみたいにまた明日って言ったら、明日も会える?」
「明日は部に顔を見せてから行くから会うだろう」
「そうじゃなくて」
手塚の胸に顔を伏せたまま、ぎり、と奥歯を噛む。
何か、込み上げてきて零れ出しそうだったから。必死に堪えた。
「明日もまた明日って言ったら会える?その次の日は?その次の次の日は!?」
寄せて来る衝動は加速を始める。止める術なんてリョーマは知らない。
手塚を掴んだ手に力が入る。力を増されて多少なり手塚だって痛いだろうに、それを窘めようとはしない。
「明日から、オレは誰を向いてればいいのさ」
「…俺を向いていればいい」
「教室にもコートにもいないのに!」
針は振り切れ、限界まで手に力を込めてしまって、そこでリョーマは我に立ち返った。
申し訳無さそうに篭めていた力を緩める。
「行って来て欲しいよ。完全にその肩治す為に。
…でも、行って欲しくない。行かないで。行かないでよ。此所に居て」
「越前」
名を呼ばれてもリョーマは顔を上げない。
弱々しくも掴んだ手は離さない。
「俺はこの先もコートに立つ。その為には…」
「わかってる!オレだってアンタとまだまだ戦いたい。アンタに、まだ勝ってない。
…引き止められないのはよくわかってる。でも、引き止めさせてよ」
「…いっそ、泣いてしまえ」
「泣かない!泣かないよ。アンタは帰ってくるから…っ」
「越前、また明日、だ。明後日も、その次の日の分まで。俺が帰って来るその日を明日にしよう」
今度は手塚がリョーマの手を握る。軽く握ったそれはどんどん力を増していき、遂にはリョーマの手の甲に指がくい込み始めた。
「痛いよ。離して」
「嫌だ」
いつもと変わらぬ淡々とした口調で言われて、手塚にくっ付いたままリョーマは薄く笑った。
「変なの、部長がワガママ言うなんて。ワガママはオレの専売特許なのに」
リョーマがそっと体を離し、繋いだ手塚の指に唇を落とす。
とても、愛おしそうに。溢れ出そうな何かを呑み込む様に。
「行って来て。それでちゃんとオレのところに帰って来て」
「ああ」
今度は手塚がリョーマの髪に額を寄せる。
触れる体温も握った掌もとても柔らかで、やっぱり呑み込んだものは形を潜めてはくれないけれど。
今は、ただ明日のことを。明日に続くその先の事を。
強く、思いたい。
「いってらっしゃい。部長、また明日ね」
「ああ、また明日」
そこで漸くリョーマは手塚を見上げた。
そっとリョーマは踵を浮かせる。
僅かな間を置いて唇が離れた。
また明日。
約束されているから、また明日、とさよならが言えます。
だから、約束をすれば、また明日、と言えます。
ああ、すいません、何か頭が半分混乱しかかってます。
もう、むしろ、泣きじゃくって嗚咽も漏らして、行かないで、というえちさんにクラクラくるんです。
…いえ、ここではリョマは狂乱に陥ってませんけど。
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