Black&White
















「えっちっぜーん」

耳慣れている声の耳慣れない声音が背後から近付いてきて、リョーマは嫌な予感がしながらも振り返った。

予想的中。

笑顔の鉄仮面、青学のナンバー2にして天才、不二周助。

「なんスか?」

えらくご機嫌な様子の不二と対照的にリョーマは仏頂面もここに極まれり、といった風体で近付いて来た不二を見上げた。

「ふふふ、どうしたの、随分不機嫌そうだね」
「そういう不二先輩はまあ、随分とご機嫌の良い事で」

人を馬鹿にした様な顔付きをしてみるが、不二にはこんな顔をしてみても無意味だとは判っている。
判っているが、してしまう。

「相変わらず僕にはつっかかるね。他の皆には普通なのに」

にこり、といつもの様に微笑みを絶やさない不二。
一見可憐な不二もリョーマにとってはこの上ない恋敵だ。
手塚とリョーマが付き合い出しても不二はまだ手塚を諦めていない様子だったし、その上、手塚と同じ学年、つまりはリョーマの知らない時期の手塚を知っている。
そういった不二が有利な点をここぞとばかりに持ち出すところがリョーマは一番嫌いだった。

「まあ、いいけどね。いつものことだし。それより、これ見て」

そう言って不二がリョーマの眼前に葉書サイズの光沢のある紙を突き出した。
何かと思って、不二からその紙を受け取って繁々と見る。

写真だ。
しかも今時珍しいモノクロの。

その写真には、見覚えのある面影を宿した一人の少年がこちらに向かって破顔している。

その少年を凝視していたリョーマが、何かに思い当たったかの様にパッと不二を見上げた。

「ふ、不二先輩、まさか、これ・・・」
「そう、その通り」

リョーマがあまりの驚きに二の句を次げないでいると、不二がいつもは細めているその目を薄く開く。
こういう顔がいつもの笑顔の裏に眠っていることをリョーマは知っていたから、不二は手塚にまつわる人物の中で最重要危険人物に指定されているのだ。

「ぶ、部長・・・?」
「ご明察だよ。はい。返してね」

言うや否や、不二はリョーマに渡していた写真を取り上げる。
取り上げられて空になったリョーマの手が反射的に不二の手を追いかけて上に伸びる。
しかし、リョーマは青学レギュラーの中で一番背が低い。
不二は他の部員に比べれば小柄な方だったが、それでもリョーマよりは10センチ以上も高い。
そんな不二相手にリョーマの伸ばした腕が届く訳も無く。

「そ、それどうしたんスか!?」
「ふふふ。いいでしょ。スマイル100%の手塚。しかも1年生の時の今より可愛らしい手塚」

先程迄、若干開いていた瞳は閉じられ、いつもの穏やかな笑みの不二に戻っていた。

「なんで、部長ってばそんなに笑ってるの!?っていうか、その写真があるってことは、不二先輩の前でそうやって笑ったって証拠でしょ!?ねえ、なんでそんな顔して部長はアンタの前で笑ってるのさ!!」

いつもは無愛想な迄に無口なリョーマも手塚が絡むとなると話は別だ。

「さあーなんでだろうね。まあ、手塚が笑ってくれるのは君の前だけじゃないってことだよ。……よく覚えておくんだね」

そう言って、不二は去っていった。
残されたリョーマは鈍器で頭を殴られた様な衝撃を受けて、その場にただ一人立ち尽くしていた。







「ねえ、大石先輩、部長のめちゃくちゃ笑った顔って見た事ある?」

場所は変わって、部活中のテニスコート。
リョーマは今し方アップを終えた大石と対峙していた。

不二が持っていた写真には何か裏があるのだろう、と踏み、とりあえず3年連中に聞き込みを始めてみることにしたのだ。

手塚は笑わない。普段は。
けれど、恋人であるリョーマの前では笑う。
リョーマはそれを特別なことだと思っていたし、手塚も多少はその自覚はあるらしかった。

しかし、リョーマと言えど不二に見せられた写真の様な破顔した手塚というのは見た事が無い。
写真の中の幼い手塚は本当に無邪気に笑っていて、中学1年生というとても年相応な笑顔だった。

「手塚のめちゃくちゃ笑ったところ?」
「ッス」

腕を組み、思い出すようように大石の視線は斜め上を見た。

「おーいしー!  ?、あれ?オチビ?何してんのー?」
と、そこへ菊丸が跳ね乍ら駆けて来た。

「ああ、英二いいとこに。手塚のめちゃくちゃ笑ったところって見た事ある?」
「手塚のー!?えー、そんなの見た事ないにゃ」

だよねえ、と大石が眉尻を下げた。

「じゃあ、1年の時の部長ってどうでした?」
「1年の時の手塚?そうだね。  テニスに対する真剣さは今と変わらなかったよ。表情は今より多少柔らかかったかな?」

と、大石が苦笑する。

「そうだよねー!!学年上がるごとにどんどん無表情になってったよねー。手塚もきっと色々大変なんだろうにゃあ」

感慨深気に菊丸がうんうん、と頷いた。
二人のその様子に、リョーマは残念そうに肩を落とした。

「何してるんだい?」

と、そこへ乾と河村という実に珍しい組み合わせがやってきた。
やあ、乾。と大石が片手を上げて声をかけ、乾と河村にリョーマからの質問をそのまま伝えた。

「手塚がめちゃくちゃ笑ったところ?そんなのデータにはないよ」

と、乾。

知らない事でも知っていそうなデータマンの乾ですら知らないと一言の元に切り捨てられ、何も裏は無かったのか、不二にのみ見せていた特別な笑顔なのか。そう思うと知らず深い溜息が出た。

そこへ神の一言。
基、河村。

「俺、見た事あるよ」

さらりといつもの温和な顔でそう言いのけた。
不二とは違い裏のないその笑顔にリョーマは河村のジャージの裾を握って詰め寄った。

「い、い、い、いつ!?」
「ええとね、1年の時だったかな」


河村の言う事には。

自分達が1年の時のある日、今のリョーマ達の様に当番でコート整備に当たっていた。
その時の当番は河村と不二と手塚だったという。

コート整備が終わり、着替えの為に人でいっぱいになった部室が空くのを外で待っていた時。
不意に不二がどこからともなくカメラを取り出したのだ。
鞄は部室の中だし、ジャージのポケットに入れていたにもその時は部活終了時な訳で、部活中ずっとカメラをジャージに入れながらテニスをするというのは困難なことだと思われる。
どこから出したのか、と問いつめても不二はにこにこと笑うだけで何も答えてくれなかったとか。

「はーい、手塚君、笑ってー」

そう言い乍ら不二が手塚へカメラを向けた。
しかし、手塚は仏頂面のままカメラの前に突っ立っていた。

「手塚君、笑ってってば」
「なんで、笑わないといけないんだ?」

そう手塚は今と変わらず眉間に皺を寄せた。
傍で見ていた河村がその不二と手塚のやりとりに苦笑した。

「手塚君、あのね、このカメラは笑顔以外で写ると魂が抜かれちゃうんだよ。だから、笑って」

いつもと変わらぬ笑顔の侭、不二がそういいのけた。
それに呆れた様に手塚が軽く溜息をついた。

「不二君、人をおちょくるのもいい加減にしてくれないか」 「誰がおちょくっているものかね」

一瞬、不二の目が開いた。
一瞬過ぎて手塚は見逃していたが河村は間違いなくみた。
開眼した不二を。そして、その背後に立ち昇った黒いオーラを。

「カメラに魂を抜かれるなんて、一昔前の迷信だ」
「ふふふ、そう思っている人は多いよね。でも、手塚君、火の無い所に煙は立たないって知ってる?
  このカメラはね、その迷信があったころのカメラなんだ。今迄何人もの魂を食ってきた曰く付きのカメラなんだよ」

そういう不二の声音や表情は変わらないが、えも言われぬ雰囲気を醸し出していた。

「これ以外にもね、まだ現存している魂食いのカメラって言うのはあるんだ。だから、もし誰かそれと知らずに持っていていきなり撮られても魂とられないように僕はいつも笑ってるんだよ」

他の人が語れば冗談として撥ね付けるが、その時の不二が言うことには変に納得がいってしまうから不思議である。
手塚ですらその不二の雰囲気に呑まれ、判った、笑う、と言って身を正した。

「はーい、じゃあ仕切り直しね。手塚君、笑ってー」

そして、手塚が堅い乍らもとびっきりの笑顔で笑い、その瞬間を不二はカメラに納めた。

「うん、撮れた撮れた。
  あ、手塚君、さっきの嘘だから、安心していいよ」
「!?」
カメラをポケットに納め乍ら、変わらぬ声音のまま不二はサラリと言った。

















Black&White。
別題、モノクロ写真の謎。
タイトルから何気なく浮かんだネタなので、なんともはや。
1年の時は君付けだったんですよねー
書いてみると凄い変な感じ(笑
100題トップへ
別館トップへ