このままでいい








昼休み。
太陽も真上を少し過ぎて、一日の残り半分が過ぎようとしていた。
そんな午後の青学屋上――――。

そこには一人の少年の影が在った。

「っくあ…部長、まだかなあ」

その少年こそ、青学男子テニス部ルーキー、越前リョーマだった。

リョーマは欠伸を噛殺して、外界と屋上を断つ鋼製の柵に背中を預けて腰を落とした。
もう一度欠伸を噛殺した頃、屋上のドアが静かに開いた。

「越前」

リョーマを呼ぶ涼やかな声がしてリョーマがその方を向くと待望のその人がそこに流麗に立っていた。

手塚国光。

リョーマの所属するテニス部の部長にして、リョーマの恋人――表向きは秘密であったが。

「部長、遅い。寝るかと思ったッスよ」

遅いとは言っても手塚が来たのは昼休みに入ってすぐだったので、ただリョーマが来るのが早過ぎただけだったのだが。

リョーマは立ち上がると手塚の元へ近付き、ドアを閉めるとそれの鍵を閉め、手塚の袖口を握ってもと居た柵の前に戻ると腰を降ろした。
青学の屋上は外からは鍵を使わなければ開閉も出来なかったが、中からのそれは鍵を使わずとも自由であった。

立ったままの手塚の袖口を少し引いて、手塚にも座る事を勧める。
勧められるがまま手塚はリョーマの隣へ腰を降ろす。
二人が座ってもやはり手塚の方が上背が高く、リョーマは太陽に透ける手塚の髪を見上げながら、手塚の懐に頬を摺り寄せた。
リョーマの鼻腔を手塚の匂いがくすぐる。

「越前……何回も言ってるが人が来るかもしれないだろう」
「鍵閉めたの見てたでしょ。平気だよ」

手塚は柵の向こうの外を気にしたが、二人の背後は常に人の居ない裏庭だった。
誰も来ないし、見られていないのなら構わないか、と手塚は一人思った。

「あー、気持ちいい。天気は晴れてるし、隣にアンタはいるし。存分に寝れそう」

リョーマは手塚の肩に全身を預けて目を閉じた。

「しかしな、越前、お前のいい分は勝手だと思うぞ」

眠りの淵へ足をかけているリョーマを見下ろしながら手塚が云った。

「なんで。昨日の晩、アンタが俺を寝かせてくれないぐらい可愛いのが悪いんでしょ」
「やはりその理屈は変じゃないか?それで言えば俺だって眠い。その上、腰も痛い」




そう、事の起こりは今朝早く。

昨晩の二人はシーツの海で睦言を交わしていた。
その事後の話である。

二人が交わりを解いたのはもう日が昇り始めた頃。
そこからシャワーを浴びて、朝練に向かうと間に合うにはギリギリの時間だった。
手塚は部長でもあるし、同時にリョーマもレギュラーであるから遅れる訳には行かない。

ましてやサボれる訳などなかった。
手塚は部長として他の部員に示しがつかないとそれを厭うていたし、部長代理をすることになるであろう大石に迷惑がかかることにも気は重くなる。
それに何よりも、テニスは好きだったのでテニスにかける時間を省きたくはなかった。そこはリョーマも同感である。

「部長、俺、すっごい眠いんだけど。まさか貫徹でヤるとは思わなかった」

手塚が先に入っている浴室の扉にリョーマは凭れ掛かる。

「…! また、お前はそう露骨に…!」

水音と共に手塚が怒っている声が聞こえる。
きっと、この恋人はいつも通り、頬を朱に染めているのだろうとリョーマは一人悦に入る。

「ねえ、部長、一緒に入っちゃダメ?」
「お前が手を出さないと誓えるなら入れてやろう。生憎、俺は朝練に参加するつもりだからな」

水音はまだ鳴り止まない。

「全裸のアンタ目の前にして手を出すなって?そんなの出来ない事判ってる癖に。あれだよ、日本語で言うよね、えーと、据え膳喰わぬはナントカって」

俺が据え膳か、と苦笑する手塚の声が流水の音と重複する。

手塚の声は水と相性がいいな、とリョーマは思った。
水の持つ浄化作用と自分に対する手塚の位置が似ているのかもしれない。
燃え滾る炎と言うよりは手塚は水のような優しいものと同類であるように思う。

「ねえ、部長。ホントに眠い。……あのさ、昼休み、一緒に屋上で寝ようよ。部長だって眠いでしょ?」

確かに、声にはしなかったが手塚の眠気もピークに近かった。
多少、シャワーで眠気は晴れたが、どこか気怠さが残っているのは手塚自身が一番よく判っていた。

「確かに眠いが、それはお前がいつまで経っても止めないからだろう」
水音が止んだ。
「だって、あんな部長、そうそう手放せる訳ないじゃん。しかも1週間振りだったしさ、歯止め利かせてくれない部長の可愛らしさが悪い」

濡れ衣だ、と手塚は思った。
しかも言うに事かいて可愛いとは何事かと、そうも思った。

「ね、約束。昼休み、屋上に来てよ」

扉を開けた手塚にリョーマは満面の笑みでそう言い放つと自分の欲情を抑えるかの様に手塚の体にタオルを巻き付けると同時にその肩口に軽く唇を触れ、入れ替わりに浴室に入った。




そんな事があって、この二人は屋上に昼寝をする為だけに来たのであった。

昼休みはまだ始まったばかりだったが、麗らかな午後の陽気にリョーマは睡魔の誘いに自分からのって眠りの渦中にその身を殆ど預け始めていた。
自分の懐に頬と言わず額までも摺り寄せられて、大きな猫にでも懐かれた様な変な心持ちになって手塚は微かに苦笑した。

見上げた青空には雲はあまり無く、晴れ渡るその様に意識を持って行かれるように手塚の瞼も少しずつ下がっていった。
と、懐の猫が身じろぎして、薄く瞼を開けた。

寝惚けているのか、焦点の合わない瞳で手塚を見上げると、リョーマは普段は決して見せない様な緩んだ表情で微笑んだ。

「ねえ、部長。オレこのままでいいな」

ベルが鳴ったら教室に戻らなくっちゃいけないのはわかってるんだけどさ。 いつまでもアンタとこのままがいいよ。
そう言うとリョーマが瞼をまた閉じると、間を置かずリズムの正しい寝息が聞こえてきた。どうやら完全に眠ってしまったようだった。
そんなリョーマの言葉を手塚は眠りと現実の挟間で聞きながら、自分も同じ思いでいた。

そして、手塚も暫くして現実から眠りの世界へ落ちて行った。




3作目、このままでいい。
なんていうか、貫徹するまでヤる王子の体力と二人のアホさ(長過ぎ…)に脱力感が自分ですら巻き起こります。
若いって凄いなあ。(え?)
この後は手塚がきちっと起きてリョーマも叩き起こしてきちんと授業に出たと思われます。
変なところでリアリズムな私。最後まで夢見がちでいたいなあ。

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