ナイフ
















目の前には、鋭利に輝くナイフが一本。


もしも、これをアンタの喉に突き立てれば、アンタは死ぬ。

突き立てた瞬間はその傷口から血が滲み、アンタのその綺麗な白い肌を伝って流れていくだろう。
それから勢い良く引き抜けば、シャワーの様に血が降り注ぐ。

アンタの中で流れていたのなら、オレは全身に受け止めたいと思う。
愛しい愛しいアンタが血を噴き出し乍ら倒れていく瞬間にオレは深紅に染まりながらその様を見届けてあげる。


完全に息絶えたなら、アンタを遂に独占できる日が来る。

脳が動かなくて、心臓も動かなくなったら、誰の声もアンタの耳になんて届かない。誰にもその視線を与えられない。
オレの傍に置いておくよ。そうすれば、アンタはオレの一生の分だけオレと一緒に居られるんだから。

オレにとっても、アンタにとっても幸せな結末。


動かなくなっても、オレはアンタを掻き抱く。
毎晩毎晩、どこまででも愛してあげるよ。
だって、アンタはオレから愛を受けない限りは何にも触れられないのだから。

オレの傍にだけ置いて、誰にも触れさせない。誰にも晒さない。
オレだけの手塚国光。

素敵だよね。
アンタが生きている限りは叶わないことだもの。

生きている限りはオレ以外の人も風景も見てしまうんだから。
生きている限りはオレの居ない瞬間があるんだから。
生きている限りはオレから離れて行ってしまうかもしれないんだから。


生きていなければ、全ては不可能から可能に変われる。

どんなに神にオレだけだと誓っても、アンタが生きているのならアンタの意志によって離れていくことができちゃうんだから。


ナイフを突き立てれば、
アンタの白い喉に深く差し込めば、

アンタはオレのものになれる。





でも…

死んでしまえば、オレ以外の声も肌も感じないだろうけれど、当人のオレの声だって肌だって存在だって感じていないんだよね?

どれだけアンタを抱いても、深く愛しても、好きだと囁いても、肌を合わせたって、それはオレ独りということだよね。
アンタの魂が空に消えていったところでアンタはオレを見なくなる。
オレと話をしてくれなくなる。

ただ、そこには『手塚国光だったもの』があるだけで。

ああ、そうか。
アンタが死んだら、オレのものにはなるけれど、
アンタが死んだら、オレはアンタのものにはなれないんだ?




じゃあ、生きているアンタの方がいい。

オレを独占してよ。
オレを感じてよ。
もっと、愛させて。もっと愛して。
こんな危険なことを感じるぐらいに。














「越前、もう行くぞ」

デート途中に立ち寄った輸入雑貨店のショーケースの前で立ち止まっていたリョーマに手塚が声をかける。

「そんなに見て、何か気にいったものでもあったのか?」
「ううん。何にもなかった。オレには要らないものばっかり」

手塚ににこり、と笑ってみせてリョーマはそっと手塚の指に自分のそれを絡める。



愛しい人の温もりはとても優しい。



















ナイフ。
リョマたん、危険な妄想な一時。
でも、やっぱりそれは違うときちんと感じるのですけれど。
愛しいからこそ殺して自分の手元に。というのは、江戸川乱歩の「蟲」でお馴染みですね。

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