虹 あらわれ
















手塚が買い出しを終えて、荷物の詰まった袋を抱えて家の扉へ辿り着くと、きちんと施錠した筈の扉が開いていて。
一瞬、不可解に思うが、ふと左手首に嵌めた腕時計に視線を落として、鍵が開いていた理由に思い至った。

何ということはない。
空き巣でも無ければ、手塚が迂闊に閉め忘れたのでもない。

もう一人の住人が先に帰って来ていたに過ぎない。

「ただいま」

ノブを捻って内へと押すと、音も無く開く。
そして室内も無音で、はて、と手塚は首を捻る。

「越前?帰って来ているんだろう?」

確かに玄関にはリョーマが帰ってきた痕跡、とばかりに不作法に脱がれた一足の靴がある。
自分の脱いだ分と共にリョーマの靴を整えて、手塚はリビングへの廊下を進む。

「越前?」

リビングの扉を開いてもリョーマはやはりいない。
もう一度、手塚は不思議そうに首を捻るが、床に点々と置かれたものを見つけて、ああ、と合点した。

置かれて、というのは語弊があるだろうか。
玄関の靴と同じ様に無造作に投げ捨てられていた。

そして、それはある一つの扉へ向かっていた。

リョーマが今朝来て行った服。
そしてそれらが目指すのはバスルームの扉。

溜息と同時に買い物袋をリビングに置いて、一枚一枚、手塚はリョーマが脱ぎ散らかした服を広いながらバスルームへと足を進めた。



「越前。脱ぎ散らかしながら進むな」

広い進めて、遂に手塚は脱衣所まで辿り着いた。
その奥の扉からは勢い良く跳ねる水音がバスルームの壁でハウリングした。

両手に抱えたリョーマの残骸を手塚が選択籠に放り込んだのと同じくして、バスルームの扉が開いた。
それはもう勢い良く。

「おかえり。それでもってただいま」
「ただいま。そして、おかえり」

嬉々として扉から顔を覗かせるリョーマに半ばつられる様に手塚の頬も少しばかり綻ぶ。
その様子にリョーマは更に笑んで、手塚に対して手招いた。

「ただいまのキス、まだでしょ?」
「…お前、毎日して飽きないか?」
「なに。まさかアンタは飽きるとか言うわけ?」

自分の言葉に、ム、とリョーマが眉を心持ち顰めるその様が何だか可笑しくて、手塚はくすりと一つ笑って、リョーマのすぐ目の前まで近寄った。

「まさか。なかなかに執着する性格らしくてな」

そして、そのままリョーマの額に唇を落とす。
直前まで入浴していたのか、ふわりと入浴剤の香りが手塚の鼻孔を擽った。

「ただいま」
「ん。オレこそただいま」

手塚がしたのと同じ様にリョーマも手塚の額にキスをひとつ。
出会った頃は手塚が屈まないとこんなことすらできなかったが、その差を縮めた今は軽々しく触れられる。

「ね、アンタも入ろうよ」

くい、と手塚の袖を掴む。
しとどに濡れた指で掴まれて、シャツに薄い染みが出来る。

「こら、濡れた手で触るな」
「ほら、服も濡れちゃったし、入るしかないよね?何なら抱きついてそのシャツ全部濡らしてあげよっか?」

にやり、と口角を上げるリョーマの眸は下手をすると行動に移される恐れがある。
手塚はふう、と軽く息を吐き出した。

「判った。入るから。離せ」
「やりっ。頭洗ってね」
「はいはい。大人しく中で待ってろ」

オッケー。
満面の笑みでリョーマはバスルームの扉を閉じた。
扉を閉める音が浴室内へと響いた。

それを確認して、もう一度手塚は溜息。
呆れつつ、けれどどこか微笑み乍ら。





「それにしても、お前そろそろ一人で髪くらい洗ったらどうだ?」

リョーマの御希望通りに白い泡を指に、そしてリョーマの髪に纏わりつかせながら手塚は告げた。

「一人で洗えないわけじゃないだろう?」
「そりゃ洗えるけど、アンタに洗ってもらう方が好きだもん。気持ちいいし」

濡れたリョーマの髪はいいつもに輪をかけて柔らかになる。
その髪を梳く様に、または掻く様に手塚は手を動かした。

ふわり、とシャンプーの泡の一つが室内に漂った。
まだ明るい外界からの光が曇りガラスから入り込んで、その泡を照らした。
透明な柔らかい珠が七色に透けた。

「おー、虹」

ふわりふわりと漂い続ける珠をリョーマは視線で追った。

「開いてるとまた泡が目に入るぞ」
「大丈夫だよー」

ふわり、と弾みをつけてリョーマの視線の先で泡が浮上する。
ふっとリョーマは息を吹きかける。
珠が勢い良く動いて、音も無く弾けた。

「あー」

残念そうに泡が先刻までそこに漂っていた所をまだ見つめ乍らリョーマが呟いた。
子供らしいとも言えるその行動に手塚がリョーマの髪に指を埋め乍ら微笑んだ。

「もう一回作るか?」

泡に塗れた片手をリョーマの目の前へと差し出してみる。
それを振り返ることもせずリョーマはにこりと笑って、手塚の手に向かって息を吹きかけた。

先ほどよりは小さなシャボン玉がふわり、といくつか飛んだ。

どうやらまだ暫くはリョーマの髪は洗い流せそうにない。
虹と戯れる年下の恋人を眺めながら、何故だか嬉しそうに手塚は微笑んだ。





















虹 あらわれ。
シャボン。
新婚お風呂編。
い、ちゃ、いちゃ、し、す、ぎ!?
ど、どうでしょう。実はそれほどいちゃいちゃでもないのかもしれないです…。
ああ、つか、頭洗うしかしてない!!!
新婚、風呂、と来たら、アレとかコレとかソレとか…っ
盛りだくさんなのにっ。一大イベントなのにっ
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