やっぱり飯は一人で食うもんだと、俺―海堂薫―は思った。
二人で食べても味が変わるもんでもないし。
むしろ、この無駄なまでの沈黙が居たたまれない。気まず過ぎて飯の味がしない。気がする。

やっぱり、飯は一人で食うに限る…。

足下は適度に刈られた草。
頭上にはさわりさわりと鳴る木の葉。その更に奥には青く広がる快晴の空。
風はそよぐ程度の微風。
手元には俺の今日の昼飯の弁当。

ここまではいい。
むしろ、食が進むぐらいだ。
問題は、目の前のこの先輩だ。

眼鏡で。
頭がドリアンで。
常とまでは言わないがほぼいつも逆光で。

乾先輩。

本来なら教室で一人で食べる筈だったんだ。
それが、何が悲しくて男二人で木陰で昼飯なんか食ってんだ、俺は…。
と言うか、この人は今後の特訓メニューについて話したいことがある、と言って俺を教室から連れ出した筈なんだが…。
飯を食べ終わってからか?
ああ、そうか、食べ終わってからなのか。

俺は一人合点して止めていた弁当を食べる手を動かし始めた。
思えば、飯を食ってる時に話し乍らなんて行儀も良くない。

お互い、何も話さぬまま、黙々と弁当を食べる。

「あれ、手塚?」

不意の乾先輩の声に俺も視線を上げる。
そこには手塚部長が歩いて来る姿。
片手には弁当と思われる包みをぶら提げて。空を見上げ乍ら。

「おーい手塚」

乾先輩が立ち上がって手塚部長に声をかけた。
その声で視線を空から下ろす。
こちらに向く視線は部活中のそれよりは幾らか和らいで見える。
それでも、やはり身に纏う雰囲気は威厳というか清廉というか。

自分が座ったままだった事に気が付いて、慌てて俺は立ち上がって腰を折った。

「ッス」
「手塚もこれから昼飯?」
「ああ、此所で食べる約束をしてたんだがな…先客がいたのなら場所を移す。邪魔したな」

そう言って来た道を帰ろうとする手塚部長の腕を乾先輩が取った。

「なに、構わないよ。飯は多い方が美味い。海堂も構わないよね?」

尋ねられて俺は首を縦に振った。
この人と二人きりで食べるよりはマシな気がした。

手塚部長が俺が頷いた後に同じ様にひとつ頷いた。

「そうか。では、邪魔させてもらおう」

そして手塚部長が乾先輩の隣にゆっくりと腰を下ろしてから俺も腰を下ろした。
手塚部長が昼飯の包みを開ける気配がないから、俺は一瞬自分の昼飯の続きを摂っていいものか躊躇した。
そんな俺の隣では乾先輩が食事の続きを気に留めることなく始めていた。

「海堂、俺の事は気にせずに食べて構わんぞ」

俺が弁当に手を付けるのを躊躇っていたことに気が付いて手塚部長が声をかけてくる。
少し苦笑している様に見えた。

「あの…部長は食べないんスか?」

気にせずに、と言われても気にしてしまう。
何しろ、相手はあの手塚部長なのだ。
これが隣の先輩なら気になど留めもしなかったろうが。

怖ず怖ずと俺が手塚部長に訊ねれば、口の中に放り込んだ昼飯を嚥下した乾先輩が手塚部長よりも先に口を開いた。

「いいんだよ。先に食べてたら怒るんだろう?」

最後の方は手塚部長に尋ねた。
怒る?
ああ、昼食を一緒に誰かと食べると言っていたからその人のことだろうか。
一体、誰と昼食の約束をしていたのだろうか…?

「ああ」

俺の脳裏を疑問符が掠めている間に、また手塚部長が苦笑したように見えた。しかし表情は然程変わっていないので、俺の気のせいかもしれない。
しかも、どこか困り乍らも嬉しそうに微笑んでいた様に見えたことなんて。更に気のせいだろう。

「そういう訳だから、手塚の事は気にしなくていいよ」
「…ッス」

乾先輩にまで気にするなと言われて、俺はやっと箸を握った。
それでも、やっぱりどこか失礼なような気がして、一言、手塚部長に断わりを入れてから。
手塚部長はまた空を見上げていたが、俺が一言声をかけた瞬間に視線を下ろした。

「海堂はコートの上では好戦的だが、普段は礼儀正しいんだな」

手塚部長が満足そうにというか、感心、とばかりに頷く。
手塚部長に褒められるというのは、失礼かもしれないが少し緊張する。

「ありがとうございます」

会釈程度に頭を下げる。

「そうだよね。コートじゃマムシなんて呼ばれてるのにね。きっと家の躾がいいんだろうね」

もぐもぐと咀嚼しながら乾先輩が口を出す。
マムシ、と言われて正直かちんと来たが、相手は先輩だ、と言い聞かせて何とか抑える。
これが桃城だとか越前なら食ってかかってやるところだ。

「あれだよね、海堂はマムシっていうか上品な黒猫だよね」

…。
ただ頭が黒くてつり目だからじゃないんスか。そう思うのは。
内心そう思いながらも口には出さない。
出してどうなるもんでもねえしな…。
っていうか、飯中に喋るなよ…さっきまでの沈黙はどこいった?

「そうか?兎という感じがしないか?」

部長…俺のどこがどうで兎なんですか…っ!
そんな喩えは生まれてこの方されたことがない。
剰りの動揺に箸を取り落としそうになった。

「海堂が?兎?いや、手塚、兎というなら越前だね。中身だけ兎。見た目はアメショだな」

笑うでもなくいつもと変わらない様子で淡々と乾先輩が語る。
話す乾先輩を見乍ら、手塚部長が首を緩く傾けた。
俺は落としそうになった箸を持ち直しながら話半分に聞いていた。

「アメショ?」
「アメリカンショートヘアーっていう種類の猫だよ」

不思議そうな顔をする手塚部長に乾先輩が唐揚げを摘みながら答えた。
俺もゆっくりとではあるが昼食を摂り始める。

「ああ、そうだな、猫という感じだな、あれは。しかし、中身が兎とは…そんなに可愛らしい性格か?アイツが」

そこは俺も気になってはいたんだ…。
寧ろ、中身だけで言うなら化かす狐という感じではないだろうか。狡いというか。
思うだけ思う疑問を抱く。

「可愛らしい部分は俺より手塚の方が知ってるんじゃないかな?というかね、そういう意味じゃないんだよ、越前の中身が兎っていうのは」

キラリ、と乾先輩の眼鏡が光った。
…。今のは、木漏れ日に反射しただけだよな?

「中身、という言い方が誤解を招いたかもしれないな。中身、というよりは本能、と言ったところかな」

本能が兎?

「ますます意味がわからんぞ」

手塚部長が不可解そうに眉間に小さく皺を刻む。
部長、俺も激しく同感です…。

「あれ?知らない?兎っていうのはね――――」

どこか楽しそうに乾先輩が口を開いたその時に、俺はこちらへ駆けて来る跫に気が付いて、そちらへ視線を逸らせた。
乾先輩達が視界から外れる。

「性欲がもの凄いんだよ」

視界は外れたが、聴覚はしっかりとその乾先輩の言葉を聞き取ってしまって、俺はついに箸を取り落とした。
…の、野郎っ!飯中だぞ!?

「乾、食事中に猥談は感心しないな」

手塚部長が腕を組む。
窘める様に先程の眉間の皺が深くなって部活中の時の顔と非常に似通った険しい表情になった。
っていうか、俺の箸…!
草の間に覗いていた土に触れたらしく、拾い上げた瞬間にさらさらと箸の先から土が零れた。

「ほら、海堂も吃驚して箸を落としたじゃ…」

箸を拾い上げて愕然としている俺に気が付いて、手塚部長が乾先輩を再度睨む。
が。
その言葉は最後まで言われることなく遮られた。

「ぶちょーーーっ!お待たせっ!」

小さな物体が凄い勢いで手塚部長の首に飛びついた。
一瞬、何かわからなくて、俺はついついびくりと肩を震わせた。

「あれ?乾先輩に海堂先輩、こんなとこで何やってるんスか?」
「やあ、越前。昼飯だよ」

仰天している俺を尻目に乾先輩が先程と変わらぬ抑揚のまま、明から様に嫌そうな顔をした越前に右手を軽く挙げた。
なんでそんなに暢気なんだよ、アンタ…っ!
ちなみに越前は手塚部長の首に腕を絡ませたままだ。
くっ付かれている手塚部長は…やれやれ、といった感じだろうか。
あの、何で取り乱してないんですか…部長……。
と、いうか、混乱してるのは俺だけなのか…っ!?別に驚くことじゃないのか…っ!?

「ここは今日、オレと部長が一緒に飯食べるんスけど?」
「いいじゃないか、偶には大人数で昼飯っていうのも」

4人って大人数って言うのか、っていう突っ込みはナシだろうか…。
ぎろりと睨むのを止めない越前にこれまた飄々としたままに乾先輩が返した。

「丁度越前の話をしてたとこなんだよ」
「へえ…?何の話してたの?部長」

手塚部長の首に絡まったまま越前が手塚部長を覗き込むが、視線を逸らされた。

「お前が猫みたいだ、という程度の話だ」
「あれ?手塚、そうじゃなくて本能が兎って話じゃなかったっけ?」

また自分の昼食を始めながら乾先輩。
俺はただひたすらに応酬される言葉を聞き流すだけだ。
っていうか、箸…。

「黙ってろ。話がややこしくなる」
「なになに!?気になんじゃん。部長ってばオレに隠し事するつもりなんだー。へーえ」
「拗ねるな、ガキ」
「ガキ言うな。28歳」
「俺は今年15だ」
「痴話喧嘩なら、ヨソでやってくれないかな」
「アンタらがどっか行けば?」

箸、洗ってくるか…。
ゆっくりと腰を上げて俺は少し離れた水飲み場へ向かう事にした。

やっぱ、飯は一人で食うに限るよな…。






















兎。
リョマ。
きゃおるん(薫)視点でお送りしました。
あら。しまった、盛り込もうとしていたネタが入らなかった…。
ま、じゃあ、それはまた今度にでも使うことにします。
リョマはアメショ推奨派でございます。
中身は野獣推奨。(笑)
兎の性欲はまじ凄いらしいですよ。止まらんらしいですよ。(不粋)
遥か前のトリビアで知識を仕入れました。
トリービア〜。
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