向日葵
ある日、新聞部が次回の広報でテニス部を特集するから、レギュラー各自にインタビューをさせてくれ、とやって来た。
今回は生徒からの要望多数の為、特別にテニス部レギュラーについて記事を発行することになったというのだ。
それに顧問である竜崎スミレは練習の邪魔にならない程度の取材なら構わない、と返事をした。
そして、翌日の部活中にレギュラー陣は一人ずつ部室に呼ばれ、インタビューを受ける運びとなったのである。
「次、手塚の番だってさ。いってらっしゃい」
部室からインタビューを受け終わって出て来た不二に手塚はそう声をかけられ、手塚は部室へと向かった。
二度部室の扉をノックしてから、扉を開けると二人の新聞部員が部室に設置されているパイプ椅子に腰掛けている。
一人は一眼レフカメラを持ち、もう一人は質問内容が書かれていると思われるレポート用紙をテニしていた。
そして机には小型のICレコーダーが置いてある。
手塚がさっさと二人の向かいの椅子に腰掛けると、レポート用紙を持った方が口を開いた。
「すいません、部活中に。そんなに質問内容の数も無いですから気軽に答えてくれて構いませんので。あ、少し大きめの声でお願いします。
写真は自然な表情になるように会話中に撮らせて頂きますので、まあ、あまり強張らずに普通にしててください。
では、始めさせて貰いますね」
手塚が承諾して頷いたのを見て、新聞部員はICレコーダーのスイッチを押した。
今時はこんな小さな物で音が録れるんだな、と手塚は何気なくその小型の機会を眺めた。
「えー、ではまずは、手塚さんは好きな食べ物はなんですか?」
「うな茶です」
「はあ、変わった物がお好みなんですね」
少し呆れたかの様な新聞部員の反応に手塚は内心、放っとけ、と思った。
好きな物を他人にとやかく言われる筋合いは無い。
「では、ご趣味は」
「登山やキャンプ、釣りなどです」
「ははあ、そうしたアウトドアからその強靭な肉体が鍛え上げられている訳ですね。では、好きな色は?」
「緑か青です」
答え乍ら手塚は、一体何の為のインタビューなのだろうと内心首を傾げた。
竜崎からは全校生徒からの要望で個人的な事も尋ねられると聞いてはいたものの、こんなことを生徒達が知ってどうなるのだろう?と。
とりあえず、投げられる質問に簡潔に答え、さっさと部活に戻ろうと思った。
それから、手塚にとってはいくつかの無意味な質問を投げかけられた。
休みの日は何をしているか、普段のリラックス方法は何か。etcetc…
それらの質問に手塚はただ淡々と答えていった。
「えー、では、好きな花は何ですか?」
「花、ですか?」
突然、そんな話を振られ、手塚は少し考え込む。
一般的な男子もそうだと思うが手塚も好きな花が何かすぐに答えられる程、花に興味がある訳ではない。
季節の移り変わりに変化して行く花をいつも何気なく見ているに過ぎない。
更に黙考の末、手塚が口を開く。
「 、ですかね」
「そうですか。では最後に――」
最後の質問にはあっさりと答え終わると、新聞部員の手によりICレコーダーの停止のスイッチが押される。
それから、訪問者二人はぺこりと頭を下げ謝辞を述べて部室から出て行った。
彼等のすぐ後に部室を出ると、そこには白いキャップを目深に被った少年が退屈そうに部室の外壁に凭れかかっていた。
ドアが開いた事に気付いてキャップの鍔を額をまで持ち上げてその大きな瞳を覗かせる。
「越前、練習は」
「大石先輩に部長とラリーするよう言われたッス。インタビューももう終わるだろうからって」
はい、と言って右手に握っていた手塚のラケットを渡す。
それを受け取って歩き出せば後に続いたリョーマが足を速めて手塚の隣に並んだ。
「ね、アンタも聞かれた?好きな花」
「ああ。お前もか」
並んで歩く二人だが、手塚の歩幅はリョーマよりも遥かに広くてリョーマは少し早足に歩いていた。
そんなリョーマのリーチに合わせる様に手塚が少しばかり歩速を緩める。
「うん、聞かれた」
爛々と輝かせて見てくる視線は言外に何と答えたか聞け、と含まれていることに気付いて手塚は苦笑混じりに応えてやった。
「何と答えたんだ?」
自分の思っていた事が手塚に伝わったのが嬉しいのか、リョーマはニッと朗笑した。
「lily」
「お前が百合とは…意外だな」
心底意外そうな顔をして手塚が少しばかり目を見張る。
「だって、ユリってアンタのイメージだから」
「オレが?百合?」
「そう。こうさ、凛としてるっていうの?アンタもユリも。それでいて儚気で清らかで綺麗なとこも一緒」
快笑のままでリョーマは次々と百合と手塚の類似点を挙げていく。
「それからさ、知ってる?ユリの蜜は床を濡らすぐらいに滴るんだよ。淫らで清楚なんだよね。そういうトコが夜のアンタともそっくり」
途端、満足そうに笑みを浮かべるリョーマの片頬を手塚は力任せに抓った。
「いはい!いはいほ、ふほお!」
「痛くされてるのは何故だ、越前?」
「ほめん、ほめん、ほへはふぁふはっははふぁ!」
「判れば宜しい」
パッと手塚が抓っていた手を離してやる。
手塚の指から解放されるも真っ赤に腫れ上がった頬を目尻に涙まで溜めてリョーマは摩った。
「アンタ、手加減ってもんをしらないの?ほんのジョークなのに」
「冗談でも言っていい時と場所を選べ、馬鹿者」
「じゃあ、時と場所さえ選べば言ってもいい訳?」
「多少は考慮してやろう」
嗤笑する様に目を細めつつ手塚はリョーマを見下ろした。
その妖艶とすら思える表情にリョーマは思わずキャップを目深に被って手塚の視線を遮断する。
「アンタっていつの間にそんなに強気になったの」
お前がそうさせたんだがな、という言葉はこの少年を助長させる様な気がして人知れず手塚は呑み込む。
「この話題はまた今度でいいよ。ところで、アンタはなんて答えたの?」
「何がだ?」
「好きな花」
目深に被ったキャップの端から片目が覗く。
その瞳すら見ない様にして手塚は正面に向き直って口を開いた。
「向日葵だ」
尋ねられて『花』と連想してみると黄色の大輪の花が一番に浮かんだ。
真っ青な空に浮かぶ光が地に舞い降りた様な、暑い季節に咲く花。暑い季節の似合う花。そして、暑い季節を喚起させる花。
そして同時に浮かぶのは真夏の太陽目がけて真っ直ぐに上を向いているその花と同じく、常に現在地よりも上を、更に上をと目指して仰視し続ける、自分よりも遥かに小さな、けれど酷く大きな望みを抱いた少年の影。
それに、その少年はあの花が持つ活発な雰囲気そのままで、彼にはあの太陽の花が似合うと思った。
それならば、彼に似合う、そして彼そのものとも言えるあの花はとても好きな花だ。
あの時、彼を思い起こして手塚は笑いを漏らしていたが、それは他人が気付くには微か過ぎるもので、当然に目の前にいた新聞部員達は気付いていなかった。
越前、お前は太陽そのものなのだな、と思っていたことすらも彼等は気付いてはいなかった。
向日葵。
何だか最近、手塚視点な物を書いていなかったので、書きたくなって書いてみました。
リョーマは向日葵なイメージが、とても強いです。
なんというか、元気溌剌活発勝気みたいな印象なので。
そして、手塚は絶対に百合。
こ、これは譲り難い・・・!
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