白い約束
日差しも厳しい真夏の午後。
夏ももう終わりの筈なのにいつまでもギラギラと照り輝く太陽を、目の前で透ける瑞々しい葉越しにリョーマは睨んだ。
折角、手塚と久々のデートだというのに余の炎天下ぶりで先程からずっと木陰に居続けている。
無機質な物体が立ち並ぶ都内には珍しい、自然に溢れ返った広い公園を見つけたから本当なら色々と散策してみようと思っていたのに。
いくら自然が多くて街中よりはずっと涼しいこの地でも、やはり暑いには変わりがなくて。
歩いているだけで汗が滴り落ちてくる程の気温では、大人しく木陰でじっとしている方が良い。
悪天候の中のデートよりは勿論晴れていた方がいいが、天気が良いと言うには度が過ぎる程の晴天では悪天候時とそれほど大差がない。
身を涼めようと手塚とリョーマはどちらともなく公園に設置されてある自動販売機のボタンを押した。
例に漏れずリョーマは毒々しい迄の紫色をした香料と糖分からなる炭酸飲料のボタンを押した。
普段と違う点があるならば、プルトップ缶ではなく昨今よく見るボトル缶であったぐらいだ。
身の熱さを沈める道具を手にした二人は太陽の支配下から木陰へ逃げ込んだ。
リョーマがジュースのキャップを捻れば、炭酸が漏れる音が小気味良く鳴る。
完全に蓋を取り払ってしまえば、間を置かず、喉にその発泡性の飲料を流し込む。
喉を駆け降りて行く爽快さに満足した。
隣を見れば、手塚国光。
本当は色々園内を歩いてみたかったけれど、こうして隣に彼がいるのなら、どちらでも構わなかったのかもしれない。
そう思える程に、手塚の隣というだけでリョーマには心地がいい。
隣のかの人もそう思っていてくれれば、と思わずにはいられない。
二人、木陰に居乍ら特に何をするでもなく、リョーマはずっと葉の隙間から空を見続け、手塚はぼんやりと目の前を見ている。
二人の前に何か特別な物があるという訳ではないが、逆に右を見ても左を見ても特に何も無いので、自然にただ前を見ているだけなのだろう。
いい加減、眩しいだけの空にも飽きて、リョーマの視線が下降する。
その視線が空の次に捉えたものは炭酸飲料のキャップを握る自分の左手と手塚の右手。
少し指を伸ばせば届く所にお互いの手がある。
開いた手塚の手と、キャップを握る自分の手。
キャップにまだ付着したままだったソレを見て、リョーマは何かを想像した。
ソレとは、銀色に光る輪。
本来はキャップの栓の為にそれの下方に取り付けられているものだ。
ソレと手塚の手。
二つがリンクしてリョーマは手塚に話しかけた。
「ねえ、部長。手、貸して。右手」
「ん?ああ」
リョーマの視界の中で横顔だった手塚の顔が正面を向く。
そして自分の右手を伸ばして来たリョーマの右手に預ける。
軽く握る様に手塚の手を掴むとその薬指に先程の輪を通した。
そう、結婚の儀で新郎新婦がするソレの様に。
途端、怪訝な表情の手塚。一方、嬉しそうに笑顔のリョーマ。
「なんだ?指が切れるだろ、アルミ製で薄くて鋭い」
「アンタってほんとに色気がないんだから。
ねえ、薬指に嵌めたんだよ?それぐらいは気づいてるよね?」
『薬指』という単語に手塚は自分の両親もしている夫婦ならではのある物を思い起こした。
「結婚指輪は左手にするものだろう?今、お前がこれを通したのは右手だぞ。遂に右と左の区別もつかなくなったか」
「判ってるよ、ちゃんと右手に嵌めたってことくらい。わざわざやったんだから」
バカにされたことに腹を立てているのか、リョーマの眦がいつも以上に吊り上がっている。
確信的にされた行為だと言われても、それが何を指し示すのか手塚には皆目見当がつかない。
判らない時にはいつもそうする様に手塚は小首を傾げたのでリョーマは悪戯めいた眼をして口の端を上げた。
「右手の薬指にする指輪はね、婚約指輪なんだよ」
答えを聞いても別段手塚は驚きを見せずにそうなのか、とだけリョーマに返した。
そんな手塚に不満気にリョーマはムッとする。
「今はさ、親に生活させて貰ってるから指輪なんて高価なものは買えないから、それで我慢してよ。
ちゃんと自分で買えるようになったら本物のプラチナでできた指輪を送るからさ」
「お前が稼ぐとなると、プロのプレイヤーになった時だな」
「なんでテニスプレイヤーって決めつけるの?他の職業に就くかもしれないじゃん」
一瞬微笑んだリョーマの顔色がまた、不愉快そうなそれに変わる。
こうしてすぐに臍を曲げるのもまだまだ12歳の少年の所作だと気づいていないのは本人だけだ。
「まさか。お前が食っていけるのはテニスだけだろ」
鼻先で笑われて、いよいよリョーマは本気でむくれ、顔ごと視線を手塚の居ない方へ逸らせた。
そんなリョーマに手塚は苦笑を禁じ得なくて、ついつい漏らしてしまう。
それがリョーマの不機嫌さに火をつけると判っていても。
「しかしな、プロでの活躍を期待してるからこそ、そう思うんだがな」
苦笑まじりにとはいえ、そう言われて、リョーマは横目で手塚を見た。
「世界に曝してやりたくなる。お前があれだけ強いということを」
「…アンタには適わないよ。オレが、アンタが認めてくれてるのが嬉しいこと、判ってて言ってんでしょ?」
「当たり前だ」
はー、適わないなあ、そう言い乍らリョーマはまた空を見上げる。
太陽が雲に捕まって、日照りさが気持ちばかり減っている。
「しかし、どうせプラチナで送ってくるなら一番に値段が高い奴にしろ」
「何それ、アンタってそんなに強欲だったっけ?」
「行間の読めない奴だな。
それだけ高いプラチナを買えるぐらいに上位のプレイヤーになれと言ってるんだ」
手塚の口から出て来た言葉にしばし、リョーマが眼を丸くするも、すぐにいつもの強気な笑みがそれを消した。
「言われなくても、勝ちますとも。世界で一番高いプラチナ送りつけてやる」
「楽しみにしててやろう」
互いに視線をかち合わせるとどちらかとも無く笑みが零れる。
「でさ、婚約指輪の続きの結婚指輪なんだけど」
不意に笑みを止めた。
「まあ、日本じゃ正式に結婚はできないけど、どうにか自分達のこと形にしたいから、いずれは渡したいと思ってるんだけど」
真摯な瞳で見上げれば、手塚の髪が木漏れ日に透けて黄珠色に煌めく。
「まだ、12と14だぞ、俺らは」
「いいじゃん。先の事少しくらい考えたって」
また、拗ねたような、そんな顔付き。
「まあ、『未来に』と考えるだけ謙虚な態度だと受け取っておこう」
リョーマの性格を考えれば明日にでも婚約指輪だ結婚指輪だと言い乍ら陳腐ながら気持ちだけは溢れる程詰まった指輪でも持ってきそうなものだったから、手塚はそう言った。
手塚の事となると、常にリョーマは突飛だった。
「今すぐに結婚だなんて言えないよ。婚約すら冗談でしか宣言できない。
だって、今のオレにはアンタの生涯全てを背負える覚悟はないよ。
好きな人の一生を好きだとか愛してるだとかだけで簡単に背負えるなんて思ってない。特にアンタのなんて、今のオレには、まだ無理なことぐらい、オレが一番よく判ってるよ。
婚約は、まずは経済面でアンタの分を担えるって証にするつもりだから。
それから、アンタの人生を背負えるって覚悟だとか自信がついたら、その時に結婚指輪っていうカタチにしてアンタに伝える。
だから、その時は…受け取ってくれる?」
無意識に手塚の手首を強く握りしめる。
それに自身で気づけば、やっぱり手塚に依存している部分を自覚してしまって、心の内で自嘲してしまう。
手塚が是と答えてくれるかどうにかすら不安になってしまう。
こんな揺らいでばかりでは、到底相手の一生涯など背負えないとやはり強く感じてしまう。
まず、倒すべきはこの子供な自分。
手に入れるべきは相手を底無しに想える一歩先の自分。
この先へ進もうとする覚悟を受け止めて欲しいと心から強く願う。
「いいだろう。その時は貰ってやる」
口調は傲慢めいていたが、その口元には含羞んだような笑み。
手塚が白金の環を受け取る時は、お互いにお互いへの覚悟が出来たということ。
プラチナへ誓う、お互いへの約束。
白い約束。
白は言うまでもなくプラチナを指します。ここでは。
タイトル見た時に、これは結婚関連の話にしようと思ってました。
白=結婚のイメージがどうもあるみたいで。
本筋は決まっていたのに、そこに辿り着く迄が四苦八苦しました。
い、いつものことなんですけど ね!
ちょっと大人な考え(?)のリョマでした。
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