キャンドルを消さないで
この人の膚は非道く色素が薄い。
屋外で行うスポーツをしているのに、自分が小気味良く焼けるのに対してまるで陽に焼けない。
まるでビスクドール。
そして、近頃人形の様な顔をするようになった。
どこかぼんやりとしていて、視線が中空を彷徨う回数が増えた。
少し前までは、他人がまるで汲み取れない程でも自分にははっきりとその表情の変化が読み取れていたのに。
自分の勘が鈍ったのか。
否、そうではなく。
むしろ、自分が彼の機微に気付くのは以前よりも細かくなった。
つまりは、
手塚が表情をあまり変化させなくなったというだけの話だ。
「ねえ」
猫がじゃれる様に懐に潜り込んで、擽ったい声でその人の名を呼ぶ。
自分の名前が呼ばれたことにだけ反応してこちらを双眸が見下ろして来る。
そこには、何の感情も感動もない。
ただ、呼ばれたことに対する反射だけだ。
蛍光灯の青白い光の下では白い手塚の膚が尚一層白く見える。
暖色系の灯に変えるべきだろうかと、頭の片隅でリョーマは何気なく思った。
そうすれば、この人ももう少し血の気が通った様に見えてくるのかもしれない。
少し前まで戻れるのかもしれない。
白い、白い手塚の膚、首筋。
まるで厚みを持たない彼の躯は血管が透けて見える。
これが、膚の白さを更に際立たせているのかもしれない。
その首筋をそっと両手で掴む様に腕を伸ばす。
そのまま、掌を滑らせて指先は襟足へ届く。
掌が辿る膚は剰りに肌理が細かくて。本当に男の膚かと疑いたくなる。
まるで指先に絡まる様に膚は弾む。
それは首の後部だとて同じことで。
膚だけですら、この人間は蟲惑的だ。
何かに、酔う、ような、感覚に似ている。
くらり、と視界が回りそうになる。
胸に頬を寄せた。
「するのか?」
淡々と、そして冷ややかに彼の声が告げる。
いつからだろう。こんな冷淡な口調になったのは。
いつからだろう。肌を重ね合わせることが彼にとってただの行為と化してしまったのは。
「そうじゃない、でしょ」
声が震えた。意識的か無意識か。
近付いて来る戦慄にか、目の前のこの西洋製の白磁人形の男にか。
「なんだ。しないのか?なら、俺はもう寝るぞ」
「違うって、そうじゃない…」
震える声は止められない。
漏れそうな嗚咽は止めた。
いつからだろういつからだろういつからなのだろうか。
彼を、こんな風にしてしまったのは。
声を震わすリョーマを手塚は怪訝そうに一瞥した。
けれど、次の瞬間には何かに飽きたかの様に中空へ視線を投げた。
そのまま、手塚の視線の先は彷徨する。
行き着く当てもなく、行き着きたい場所などなく。
思い出せ思い出せ。彼がこうなってしまった日のことを。
リョーマの思考回路が回り出す。
右に回っても左に回っても、上下に跳ねてみたところで答えは出ない。
自分と過ごしてきた懇ろな日々の微かさが蓄積してしまったのだ。
こうなってしまった日というならば、自分達の出会いの日ということになる。
リョーマが想いを告げてしまった日からということになる。
「どっちなんだ。するなら、明かりを消せ」
黙ったままのリョーマに痺れを切らしたかのように手塚がお互いの間にあった沈黙を破る。
冷たい言葉。
抑揚の無い単語達。
そして、リョーマの頬に触れる手塚の膚もひんやりとし過ぎている。
零れそうな何かを奥歯を噛み締めて必死に耐える。
そうではないのだ。こうではない。
「やだ」
短くではあるが、明瞭にリョーマは口を開いた。
手塚の首に回した腕に我知らず力が入った。
逃しはしない。見失いたくなど無い。
「消したら、アンタが見えなくなる。アンタを、失いたくない…っ」
「越前?」
零れる。
限界だった。
それでも耐えたかった。
不思議そうにリョーマを見下ろして来る。
その長くて綺麗な、けれど矢鱈に温度の低い指が髪を梳いた。
「ねえ、オレのこと…嫌い?」
ぽつりとリョーマが漏らした言葉は手塚の耳に吸い込まれる。
手塚は、一度瞼を深く合わせた。
答えなんて、出なければいい。
瞑目する手塚を見上げ乍ら、リョーマはふと一人そう思った。
手塚の瞼は開かない。
リョーマは手塚の懐の中から、上背を伸ばした。
唇に触れた。離れた。
「もっと」
手塚が眸を覗かせて強請った。
「オレのこと、好き?」
「ああ」
「オレとキスしたい?」
「ああ」
「オレとセックスしようよ」
「ああ」
「今すぐ?」
「ああ」
「電気、点けたままでもいい?」
「ああ」
もっと、この人の言葉が欲しい。
どんなに短いものでも構わない。ちっぽけなものでいい。
だから、せめて、
「呼んで。いつもみたいに」
「越前」
逃れ、られる訳なんてなくて。
この人の中の想いが消えないでほしいと思わずにはいられなくて。
キャンドルを消さないで。
わかった。わたし、シリアス書こうとすると文章が破綻するのだな…。
そうか、ちょっと判った。なるほど。
独り合点は止めて下さい、オオザキさん。
要は、明かりを消さないでするセックスと手塚に自分への想いという灯火を消さないで、というリョ―マのお話。
手塚は、惰性と慣れで少し厭きてるんです。
手塚一人倦怠期。
こう書くと、見も蓋もないなあ…。
うーん、精進精進。
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