ピアス
「にゃー、手塚ってピアス似合うんじゃないー?」
始まりは、菊丸英二のその言葉だった。
時はレギュラー特別ミーティング終了後。
場所は青学テニスコート端。
ミーティングは常に部活終了後に部室で行われるが、もう随分と暑く、そして湿度が高くなってきて、汗を大量にかいた部員達が着替え終わった汗臭い部室なんかで閉じこもってやるのは嫌だと菊丸が言い出した為だ。
小さな窓が一つぐらいしかないから、部室は換気が悪い。
加えて、梅雨も近くなって来た為、部活後は部員が全員が全員、まだ汗臭さが漂っていない清廉な空気で満たされた部室めがけ、目にも止まらぬ早さで駆け込み、そしてさっさと着替えて帰っていく。
悲惨なのは一番最後に着替えるコート整備に当たっている当番の1年だ。
そんな劣悪な環境で小一時間も篭って話し合いは真っ平ごめんだと、菊丸が先述の様に手塚に意見したのだった。
菊丸のその意見に、桃城や不二も賛同し、果ては乾が部室が未使用の空気の清廉さと使用後の部室内の空気に占める汗や体臭の数値まで持ち出して、手塚も首を縦に振るしかなかった。
とは言っても、手塚は綺麗好きの部類に入るので正直菊丸の提案は助かったのだが。
さて、話は戻って、先の菊丸の発言だが。
何の事は無い。
脈絡もなく、突然言い出した。
「手塚が、ピアス?」
真っ先に反応を返したのは不二だ。
「そぉー!手塚ってほら、飾りっけないじゃん?俺や桃みたいにワックスとか使って髪の毛決めてるでもないしさ、表情は堅いし」
「いらぬお節介だな」
なんだよー、と頬を膨らませて不満を垂れる菊丸を大石が苦笑しながら宥めた。
「でも、ピアスってさ、痛くないのかな?」
怖ず怖ずと話し出したのは河村だ。
今は、ラケットも持たず、人畜無害な片面の方だ。
そんな河村の疑問に応じたのは、乾。
真四角なトレードマークとも言える眼鏡を右手で正位置に直す。
「耳朶というのは、1枚の薄い弾性軟骨と、その下部にあっておもに脂肪組織からできている。それらの組織の周りを皮膚が覆っている訳だな。耳朶も含めた外耳というのは靭帯と筋によって、 側頭部に付着している。そして、その外耳は、3つの脳神経を含む複合知覚神経によって支配されている訳だから、耳朶に穴を開ければ痛みは勿論あるな」
「…乾先輩、日本語喋ってくださいよ」
饒舌に語る乾に呆気にとられながら、桃城が漸くそれだけを発した。
それに同調するかの様に海堂がフシュウゥといつもの溜息をついた。
「まあ、麻酔でもかければ痛みはないし、最近は病院で開けてくれたりするけどね」
再び、乾。
「俺、ぜーったい高校に上がったら、ピアス開ける!!」
意気揚々とした菊丸が言い乍ら拳を天に伸ばした。
「そういえば、越前はアメリカに居たのに、ピアスとかしてないんだね」
不二が隣に座るリョーマの顔を覗き込んで伺う。
リョーマは部活後の気怠さなのか、いつもの不貞不貞しさからなのか、判別は付かないが興味の無さそうな顔をしたまま先程からファンタを啜っている。
「アメリカにどういう偏見があるんスか」
「えー、でもアメリカってそういう感じするよねー。幼くても色々やんちゃしてそうなイメージ!」
不二を挟んで座る菊丸が、不二の影からひょっこり顔を出した。
リョーマはそんな菊丸の顔にえも言われぬ溜息を一つついた。
「アメリカって言っても、人種は色々っすよ。人種だけじゃなくて、性格も色々。確かに、エレメンタリーじゃピアスしてる奴もいましたけどね」
オレは特に興味なかったッスから。
そう言ってまた一口ファンタを啜った。
「ねえー、手塚もさ、高校上がったらピアス開けようよー!っていうか、みんなで開けよー!?」
一人ワイワイキャアキャアと盛り上がる菊丸を大石がまた宥める。
そんなゴールデンペアを隣に置いて、不二がいつもの様に軽やかに笑う。
「まあ、でもいいんじゃない?ピアス。麻酔さえすれば痛くないんでしょ?ピアッサーだってそんなに高いものでもないしさ。それに…」
不二の笑いが一瞬深くなる。
それは、どこか陰のある笑みで。
「いざとなったら、布団針でも火で焙って、一思いにぶすってやっちゃえば穴なんて簡単に開くしね。
あ、でも一思いになんて勿体ないかな。どうせなら、少しずつ針を耳たぶに突き刺して行って、皮膚が裂けるのとか耳たぶの中を針が貫通する気持ちを楽しんだ方がいいかな?
自分でやるのが怖かったら、僕がやってあげるから」
ニコリと微笑んで言う不二にほぼ向かいに座っていた海堂が少し顔を青ざめさせる。
海堂は、こういった生々しい話は実に苦手だった。
海堂の様子を聡く察した大石が慌てて不二に言葉で抑制をかけた。
「ま、まあ、ピアッサーなら確か姉ちゃんが持ってたから、俺がみんなの開けたげるにゃ!」
菊丸も先程の不二に気圧されていたが、いつもの元気を取り戻しつつあった。
そして、ピアスを開けることがほぼ、決定事項の様に語られる事に不思議と異を唱える者がいなかった。
否。
一名だけが、菊丸のその発言を聞いて隣に座っていた手塚の腕を掴んだ。
今迄飲んでいたファンタも放り出して。
「絶対ダメ!部長キズモノにするなんて、オレが許さないからね!!
どうしても開けるってんなら、オレが開ける!」
発言者の菊丸を噛み付かんばかりに睨み乍ら、手塚の学ランが皺になるぐらいにしがみついた。
そんな様子に、輪の一同は約4名を覗いて、唖然とした。
周りが唖然とする中、乾は一人、自分のノートに何かを書き込み、不二はいつもの笑顔だったがその背からはどす黒いオーラが立ちこめている。
そして、当人の手塚は、リョーマに学ランが皺になるから離せ、となんともズレた言葉をかけていた。
「オチビ、い、いいじゃん、ピアスの穴ぐらい」
漸く、菊丸が自分を取り戻した。
他はまだ意識を飛ばしている。
「ぜーったい、ダメ!部長は綺麗な躯のままでうちに嫁に来るの!」
「誰が嫁に行くと言った」
「えー!?部長、オレのこと嫌いになったの!?」
「そうじゃなくてだな、お前が嫁に来るのが定石だろう」
「なんで!部長の方が嫁向きだって!」
矢継ぎ早に飛ぶ言葉の応酬と、突っ込むべき箇所の多さに、先程と同じ4名を覗いた全員が視線を宙に彷徨わせて、一人、また一人と緩慢に腰を上げた。
「越前、なんで君のところに手塚がお嫁に行くって本決まりみたいな口調でいうの?」
「不二先輩は黙ってて!」
「何言ってんのさ、手塚は僕のところにお嫁に来るんだよ。ああ、純白の手塚、綺麗だろうなぁ」
「勝手に人の嫁で妄想するのやめてくれない?」
「誰がお前の嫁だ」
「そうだよ、手塚は不二家の嫁だよ」
「いや、お前のとこにも嫁になぞ行くか」
「えーっひどいっ手塚!僕達あんなに愛し合ったのに…」
「ちょっと、勝手に部長で事実を捏造しないでよ」
「なんで、捏造ってわかるの?越前」
「不二先輩もまだまだだね。だって、部長のお初はオレが全部頂いちゃっ…」
「越前!」
「……部長は真っ直ぐにオレだけ愛してくれてるもんね!」
青学テニス部は、賑やかに今日の部活を終えた。
ピアス
お疲れ様でございました。
ちょっとギャグちっくに行ってみました。
いや、まあ、いつもギャグみたいなもんなんですが。
今回の努力箇所!
それは、乾が語る耳たぶの構造です。
これだけ探すのにネットの海を彷徨いました。はぁはぁ
しかし、『耳たぶ 痛覚』で検索すると面白いぐらいにヤオイテキストにぶち当たりました。
…みなさん、耳たぶ結構好きなんですね…
ありがとうございました!!