cool
「部長っ!?その手どうしたのっ!!」
手塚が部活の始まりを告げて1分もしないうちにリョーマがこちらへ険しい表情で駆けて来た。
それほどリョーマが元いた地点と手塚が立つ地点では距離はないが、リョーマの肩は上がっていた。
だから、疲労から来るものではなく、憤りから来るものだと簡単に判った。
「目聡いな」
そんなリョーマに呆れる様に手塚は組んでいた腕を解いた。
その右手の指先には、ベージュの絆創膏が一つ。
「さっきから何か付いてるな、とは思ってたけど…手、切ったの?なんで?」
手塚の右手を取ってリョーマそれをまじまじと見詰めた。
心配そうな、けれどその心の裡でどこか怒った様な眼差しで。
「今日の調理実習での不注意だ」
「アンタが?不注意?信じらんない」
「俺にも偶にはそういう日もあるさ」
リョーマの手の内から右手を抜こうとするが、それを許さないとばかりにリョーマは手塚の右手を少しばかりの力を込めて握った。
「切ったのは、まあ、いいとするよ。気をつけて?でもさ…」
手塚の指先で何かが剥がれる感触。
「おい…」
「だからって何でバンソーコーなんて貼るの!」
言うが早いか動くのが早いか、何とも鮮やかなスピードでリョーマは絆創膏を剥がした指先を咥えた。
口内、という特有の温度と湿り気に突然指先を放り込まれて、当たり前に驚いた。
「おい…!」
指先の淵をなぞる様にリョーマの舌が動く。
傷口まで辿り着いて、あたかも治癒させようというかの様にそろりと其所に触れた。
「勝手に人の指を食うな。そして部活中は弁えろ」
吸い付いていたリョーマから強引に手塚は指を引き抜いた。
目許が微かに色付いているのは気のせいだろうか。
「だってアンタがバンソーコー貼るからじゃん!」
「絆創膏を貼って何が悪い。膿んだらどうするんだ」
元より、絆創膏とは傷口の防護の為の道具の筈だ。
本来の用途通りに使って怒られるなんて手塚には不本意以外の何物でもなかった。
手塚の眼下では相変わらずぷりぷりと頭から煙を出さんばかりに眦をきつく吊上げるリョーマの姿。
顎を少し引いていつもよりも更なる上目遣いで睨んでくるものだから、猫が威嚇する時の視線によく似ている。
「だって黒い跡着くじゃん、バンソーコーって」
粘着性のあるものなのだから、着けたままで一日活動していれば、小さな埃やら何やらがくっ付いて来て確かにその縁取りの形で跡が着くことはある。
けれど、一日の終わりに洗えば落ちるような代物だ。
第一、その跡が着くからと云ってつけるな、とはやはり手塚には貼らない謂れは無い様に思えた。
「跡が付くから、どうだと言うんだ…」
発言の真意が判らなければ本人に聞けばいい。
対リョーマに対してはこれは大いに有効な手立てだ。
不二相手ならば、「さあ、何でだろうね」いつもの笑みでとはぐらかされて効かないことがままあるのだけれど。
「オレ以外の跡がアンタに付くなんて許さないよ」
けれど、決まって発言の真意を問えばいつもこうして脱力したくなる様な答えが返ってくるのは最早お決まりなのだけれど。
今回も例に漏れず、手塚はリョーマの回答にがっくりと項垂れた。
やはりこの時も目許が朱に染まりだしていた、というのは気のせいなのだろうか。
「越前…」
「それにアンタの指って綺麗なんだから、黒いの付くなんて勿体ないと自分で思わないの?」
そして、再度リョーマは手塚の指をぱくりと食んだ。
自分の指先を口内で弄ぶリョーマの顔が矢鱈に楽しそうで、手塚は再度指を其所から引き抜く事を諦めた。
どうせ、引き抜いてもまた食われるだけなのだから。
飽きる迄待つ方が剰りに懸命な選択ではあった。
「…旨いのか?」
いつまで経っても口内から解いてなどくれないリョーマに不意に脳裏を過った感想をぶつけてみれば、きょとん、と言った風にリョーマの眸が大きく開いた。
そして、漸く手塚の指から口を離した。
「旨いかって言われればそりゃ旨いけど…」
「けど?なんだ、まだ何かあるのか」
語尾を濁すリョーマを質せば、にこりと快活に相手は笑んで見上げた。
「出会った頃のアンタの印象ってクール、って感じだったから血まで冷たいんじゃないかと思ってたな、て思い出して」
リョーマと手塚が出会った頃。まだそれほど月日は流れてはいないが、今年の春。
手塚国光という少年はあまりに無表情で。
部活の時間になるとフェンスの周りを囲む女生徒からも「手塚先輩はクールでカッコいい」なんて声も上がっていた。
クールで冷静沈着、時には冷酷無比な帝王。
それが手塚の周囲からの評され方だった。
手塚としてはちゃんと表情を作っているつもりであったのだけれど。
それに対して表情筋は上手く対応してくれなかっただけに過ぎない。
そう云った微かな自分の表情にリョーマは共に過ごす時間と共に気が付く様になった。
「今じゃちゃんとあったかいって事、わかってるからね?そういうアンタの血だから旨い、かな」
「吸血鬼かお前は…」
「アンタのおかげでオレは今日も生き長らえてるからね。ね、もっかいだけ食べていい?」
「部活中だ。ウォーミングアップに行ってこい」
「ちぇ。『部長』の時は冷たいんだから」
cool。
周囲からは冷たいと思われている手塚国光。
でも、ちゃんとえちは心得てますからっ
えちが判ってんならそれでいいやと思っておけ、国光っ☆
ただ、指に食い付くえちが書きたかっただけ、だなんて秘密です…。
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