ヴェール
















越前リョーマという少年の本質は、手塚が思っていたよりもずっと、幼かった。

まだ、自分達が恋仲になる前、ただ視線で追っていただけのリョーマというのは、冷静な面が強く、何事にも動じない。そして、もしも逆境が訪れても微塵にも感じずに、寧ろ笑い飛ばして前進し続ける。
そういう、性質を持っているのだと、手塚は思っていた。

しかし、こうして自分達の間柄が友人を越えて恋人になった今、あの頃の自分の考えは誤っていた部分があったのだ、と思わずにはいられなかった。

そして、今もこの傍若無人な自分の恋人は隣で頬を膨らませ、唇を尖らせていた。
拗ねて、いるのだ。



近頃、手塚とリョーマは共に昼食を摂る。
今日も、だ。
手塚は今日の昼は視聴覚室で用事があるから、と今日は一緒に食べられない、とリョーマに朝練の後に言えば、それなら自分も其処―視聴覚室―に行くとリョーマは譲らなかった。
別に、リョーマが居ても邪魔にはならないだろう、と踏んで手塚は目下で駄々を捏ね通すリョーマに呆れつつも承諾の意味を込めて頷いてやった。

柔らかい日差しを受けた特有の穏やかな風が開け放されたままのカーテンと戯れる。
窓辺で子供が遊びさんざめく様にカーテンがハタハタと鳴る。

そして、据えられた机の上で手塚は黙々とリョーマには判らない書類に目を通したり書き込んだりしている。
それを何なのか、とリョーマが訊ねれば手塚は声音を変えることもなく淡々と授業で使うプリントだ、と返す。

一緒に居るのに、何も話さない、話しかけてくれない、剰え、眸さえこちらを向かない、というのはリョーマにとっては酷く退屈過ぎた。
終いには、部長はオレよりプリントが大切なんだー、と拗ね始めた。
そんな拗ね始めたリョーマを隣に感じながら、だから一緒に食べられない、と前置きしただろうに、と内心手塚は溜息を吐く。

「いーんだよー、どうせ、オレなんて部長にとってはプリントにすらかなわない存在なんだよねー。こんなに愛してるってのにさー」
「…越前」

只管、拗ね続けるリョーマに遂に耐えかねて、手塚が手にしていたプリントを机に置いた。

「拗ねるな」
「拗ねてない」

どこがだ。
そう言葉にしてみても良かったが、そんな事を言えば更にリョーマが食って掛かって来るのは目に見えている。
これ以上抉じれると自分の手に負えなくなる可能性も、無きにしも非ず。

先を見据える事に置いて、手塚はとても賢明であったと言えよう。

リョーマの言葉への返すべき言葉を探って、両者の間に一瞬沈黙が訪れる。
そして、それを打ち破るかの様に、リョーマが大きく息を吐き出して、机に身を預けた。

「もー、駄目。オレってばかなり末期。プリントに妬くなんてあり得ないよね」
「妬いて、るのか?」

てっきり構ってもらえなくて拗ねているだけなのだと思っていた手塚はやや面食らった。
そんな手塚を眸の端で捉えてリョーマはまたも大きく溜息を吐いた。

「妬いてる、の。アンタの視線も神経も虜にしてるそのプリントが憎い」
「…度量が狭いな、お前は」

揶揄かうつもりは手塚には毛頭ないのだけれど、リョーマにとっては揶揄われた、としか思えない様に手塚が小さく噴き出した。

「だって!オレはいつでもアンタが欲しい!」
「こら」

ぴしゃり、と音こそしないけれど手塚が緩くリョーマの頬を張る。
言外に、場所を考えろ、と。

窘められて、リョーマは更にムスリ、としてしまう。
そして、手塚がまたプリントに向かい直したのを見て、不機嫌そうなまま視線を窓に向けた。

そこにははためくカーテンしかなくて。

しかし、それの何かがリョーマの琴線に触れた。

「部長、部長」

クン、とリョーマが手塚の学生服を引っ張る。
先程の不機嫌さとは打って変わった、見事に上機嫌な声音。
そんなリョーマに今度はなんだ、とばかりに手塚が視線を手の中のプリントから外す。

「ちょっとでいいから、着いて来て」
「?  外に行くのか?」
「ううん、窓辺」

リョーマに文字通り引っ張られて、手塚は窓辺に辿り着く。
其処で上からフワリ、と何かが被って来る。
見れば、分厚い布の裏側にある遮光能力など皆無そうな薄手のレースでできたカーテン。
それを丁度、額にかかるぐらい迄リョーマに被せられた。

「ね、結婚式の真似事しよう?誓いの言葉のところだけ」

そう、リョーマは言うが手塚は訳が判らない、と言った様子だ。

「だって、せめてお互いの愛を誓い合う言葉ぐらいあれば、オレのこの何に対してでも巻き起こる不安が多少はマシになるかな…って」
「それで、俺が花嫁役か?」
「不満?」

不満というか。
不満と言うよりは、何か違わないか?という思いである。
自分だって男なんだから、頭からヴェール代わりにレースを被って誓いを立てる、というのは少々、おかしい様な気がしてくる。

「いいのいいの。よく似合ってる。綺麗だよ」
「いや、綺麗とか言われてもあんまり嬉しくないんだが」
「い、い、か、ら、!ホラ、胸の前で指組んで」

納得できない箇所は多々あるが、これでリョーマの不安が解消されるというのなら、と手塚は言われるままに胸の前で指を組んだ。
それは、祈りを捧げる姿勢。

手塚が組んだ手の上にリョーマは両掌を包み込む様に重ねる。

「目、閉じて」

リョーマに言われて、静かに目蓋を下ろす。
誰も居ない静かな空間に二人きり、しかもリョーマは酷く真剣な有り様で、手塚は少し緊張した。
結婚式の花嫁はこんな感じなんだろうか、と体験したことがない経験を夢想しつつ。

手塚が目蓋を下ろしたところで、リョーマもそっと瞳を閉じる。
目の前に見えていた世界がなくなって、感じるのは自分の掌の下の手塚の体温だけ。
とても心地が良い。

手塚は顎を引いて俯き、リョーマは逆に喉を反らせる。
そして、そっとリョーマの口から言葉が紡がれる。

「汝、健やかなる時も病める時も、この者を愛し、慰め、慈しみ、その節操を生涯を掛けて守ることを誓いますか?」

いつもと変わらない幼い声音の筈なのに、何故だかいつもより冴えて聞こえ手塚の鼓動が人知れず早くなる。
戸惑いながらも、手塚もそっと言葉を紡ぐ。

「…はい、誓います」
「アーメン」

丁寧に祈りの文句まで付け加えて、リョーマは俯いてこちらを向いている手塚へ精いっぱいに足裏を伸ばしてその口元に触れるだけのキスを落とす。

突如施されたキスに驚いて、手塚が閉じていた目蓋を弾かれた様に開いた。

「オレも、誓います。今、目の前にいる愛しいアンタと自分自身に。生涯をかけて手塚国光を愛し通すことを」

吃驚して開いた瞳の先には、真摯な面持ちでこちらを見詰めて来るリョーマと誓いの言葉。

「…アーメン」

先程、リョーマがした様に手塚も祈りの文句を呟いてやる。
そして軽く唇で額を掠めてやる。
手塚なりの、精いっぱいのウェディング・キス。















ヴェール。
ずっと暖めていた、リョ塚による誓いの言葉。
いや、ホントはもっと劇的にしようかと、あの、思ったんですけど!!
あまりに凝り過ぎておかしくなったので、ナチュラルなところで攻めてみました。
バイトがバイトなもんで、結婚式の時の牧師の台詞なんかは結構覚えてます。
ホントは誓約の前に牧師によるお説教(お話)があるんですよね。
大抵、コリント(ウロ覚え)への手紙第13章。
あれです、愛は寛容でありー、愛は情け深ーい、愛は妬まずー、高慢になりませ―ん、また、人の下悪を作らずーみたいな。あの常套文句が。

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