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与えられた練習用のメニューをこなし終わって、リョーマの体は一旦空いた。
若干の疲労を解き放つ様に、ふう、と小さく息を吐き出す。
どこか木陰ででも休憩を、と思ってコートを出ようとしたリョーマはコート内に立つあるモノに注意を惹かれて、足の向く先を変えた。
「部長」
一言呼べば、冷涼な視線がこちらに振り向く。
『部長』としての厳めしい顔のまま。
「メニュー消化ッス」
「そうか。海堂がメニュー終了次第越前は海堂とミニゲームだ。それまでは少し休んでていい」
「うぃーッス」
そうしてリョーマは手塚の隣であるその場でキャップ帽を脱いだ。
軽やかな風が髪を弄ぶ感触が心地良い。
己の隣からどこかへ向かおうとしないリョーマに手塚は不可解そうに小首を傾げた。
「休んできていいと言っているんだが?」
「うん、だからココで休んでんじゃん。それとも休む場所もアンタが指定すんの?」
それならそれで構わないけど。
愉しそうな色でリョーマの双眸が色付く。
「そこまでの権限は俺にはない。…好きにすればいい」
「あるよ。アンタの発言には絶対服従するからね。オレだけじゃなくて、ここにいる奴ら全員」
アンタは部のトップである前にヒーローでもあるから、とリョーマは続ける。
「ヒーロー?」
「うん。みんなにとってアンタって英雄なんだよね。なんていうの、支え、みたいな」
この感想はリョーマがテニス部に入って暫くもしないうちに感じたことだ。
手塚という男がその場にいるだけで、雰囲気が違う。士気の上がり方が違う。
手塚に向けて寄せられる、全幅の信頼。
この人が居るから、自分が居るとでも言うかのような。
『英雄』の名に相応しい。
「まるで、ゲームの勝利はアンタに捧げる、みたいな感じだったね」
「皆が勝つのは自分自身の為だろう」
「当事者がそれを実感してないんだから、まだ墜ち切ってないんだよね。ここは。
アンタがもしも試合前に俺の為に勝って来いとか言えばみんなワンゲームも相手に取らせないよ」
それだけの威力があると思っている。
この人の言葉、そして存在は。
部員全員にとって。そして、自分にとっても。
「そう易々と勝たせてくれる程、相手も甘くない」
「それ以上にみんなの闘争心にアンタなら火を点けられるって言ってんの」
何しろ、手塚に対して服従を己の中に抱いている者ばかりだ。
それを抱かせるだけの『何か』が手塚には在る。
ただの強さ、剛さだけではない。巧いだけではない。
何もかもを超越している彼に我知らずに一人、また一人と惹かれている。
そして、彼がこの国の制覇を望むから部員もそれを望み、邁進する。
我等が英雄が望むものをその手中に納めさせる為にも。
「そんなアンタだから、正直手に入れられるなんて思ってなかったけど…」
この場に居る全員の英雄であり、宝も同然である彼を。
リョーマも手塚に屈服の念を抱くのに時間はかからなかった。
彼の存在、そして何もかもを超越して鮮やかですらある彼自身にすぐに惹かれた。
『彼』を目の当たりにして。正しく、『身に沁みて』
そして、欲しい、と渇望した。
紆余曲折はあったものの、リョーマの望みは叶った。
この事実に驚いているのは、きっと当のリョーマ本人だ。
この崇高な英雄の傍らに居ることを許されたという事実。
「アンタの傍に居られて嬉しい」
「越前…部活中は控えろ」
手塚は些細な甘い言葉に脆い。
今も目許が朱に染まり出しているのがリョーマは可笑しい。
「大丈夫だって、みんな自分のメニューこなすのに今は集中してるから」
けれど、その注意の何割かは自然と手塚に向いているのだろうけれど。
こういう事に普段は鋭敏な手塚の神経も疎い。
自分の影響力、彼等にとっての手塚国光という意義をまるで自覚していないのだ。
今もメニューをこなし終わった菊丸が手塚の元に駆けて来ようとする真意をきっと判っていない。
粗方、部長だから、その報告の為に向かってきているとでも思っているに違いない。
「この先も、アンタの傍に居させてね」
もう既に今の自分の生涯はこの英雄の為に存在する。
自分の中に変革を齎したヒーローの為に。
Hero。
ネタ提供をこっそり頂きました。えへ。その節はありがとうございますー!!
皆さんと作り上げていくわたしの100題です。
ご意見頂けるって凄い嬉しいことだなあ…。うっとり。
『柱』は英雄、にも等しいのじゃないでしょうか。
ものすっっっっっごいカリスマ性、のような。
その辺りを大和元部長も心得て手塚に『柱になってもらいます』と言ったのならば良いなあ。
けれど、『柱』の定義がわたしはまだもうちょっとよくわかってません。
ぎょ、行間を読み足りてないからなあ…めそり。
ちなみに、手塚にとってのヒーローはえちだと思ってます。
なんというか、巧くは言えないんですけども、手塚がえちに革命を齎した様に、えちの存在は手塚にとっても革命だったと思うのです。
えちもただ強いだけ、テニスのセンスがずば抜けているだけ、ではない子だと思うのです。
なんと申しますか…日本語不自由で申し訳ないんですが、漫画のタイトル通りに『テニスの王子様』なんだと、こう、思う、わけです、よ…!(拳
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