未来を分ち合うもの。
















元々手塚は辛抱強い性分だった。
加えて、物欲もまるで無いに等しい。


しかし。
もはや恒例となってしまったあの日から半年が経とうとしていた。

越前リョーマ、グランドスラム達成。

普通ならばこんなもの恒例にはならない。世の中で偉業と謳われるその行為は一度するだけでも大変に困難な事なのだ。
けれど、もうかれこれ片手以上もの年数の間リョーマがその栄誉をかっ攫っており、近年はもはや慣例行事となっていた。

そう、もう何年も何年もリョーマはグランドスラムを達成してきている。
そして、その瞬間を手塚は毎年リョ―マのマネ―ジャーやらコーチやらと肩を並べて眺めている。


数年前にリョーマから貰った、燦然と輝く右手の薬指を一瞥して手塚は落胆気味に溜息を吐いた。

右手の指輪はリョーマが初のグランドスラムを達成した時に与えられたものだ。
お金の心配はもういらないから、と。
たしか、手塚が大学も後半に差し掛かった頃だったと記憶している。
まさかあんな幼い頃の戯れの様な言葉をリョーマが覚えていたとは思わなくて、手塚は当時かなり驚いた。

今は試合のスケジュールが無く、少し長目の休暇ということで二人は日本に帰国していた。

この、中学生当時に未来の事を沢山語り合った日本という地に居ると、手塚は思い出す。
リョーマが自分の分の生涯を背負う覚悟ができる様になったら特級の白金を渡す、と告げたあの日のことを。
それもこれも右手にこれがあるからで。
その右手の白金を渡されてからも、もう随分経つ。

未だか。

日本に帰ってきてから、手塚はそればかり考える。
本来は物欲なんて無い筈なのに。
辛抱強い筈なのに。

まさか、右手は覚えていて左手の事は忘れた、などと言うのだろうか。あの男は。
それとも、まだ覚悟とやらができないのか。

何が、一体足りないというのか。

そう思いはするものの、手塚からは決して切り出せはしないのだ。
正直、女々しいと自分自身で思う。
左手に環をつけて、リョーマのものだと認識させて欲しいのだと思うのは。
そう感じてかれこれ待ち続けて何年になるのか。
てっきり右手の後の2、3年もすれば寄越してくるのかと思いきや、ちっとも渡して来る気配はない。
それらしい会話もない。

一体、いつになったら切り出してくるのか。

目の前でトレーニングに打ち込むリョーマを頬杖を突いて眺めながら手塚はぼんやりと思った。
こんな夢想ももう今日一体何度目になるだろうか。





少し遅い昼食。

「何物欲しそうな顔してたの」

席に着き乍らリョーマがそう切り出した。
ぎくり、としてしまった。

「何の話だ?」

そう切り返しつつ箸を口に運ぶ手塚の前でリョーマが楽しそうに笑った。

「やっと、かな?」
「だから、何がだ」
「アンタが指輪欲しがるの」

つい、手塚は箸を取り落としそうになった。
一度、溜息に似せて大きく息を吐き出し、静かに箸を机上に置いた。

「どういう事だ、って感じ?顔がそういう顔してますけど?」
「…していない」
「してます。アンタ以上にオレはアンタのこと判ってるんだから」

今度はリョーマが箸を口に運ぶ。

「…いや、お前は判ってなどいない」

それを求め始めたのはここ数日という間ではないのだ。
意識し始めたのはもう1年か2年は経つ。
それに気が付かずに今日になって気が付いたのだ。判っている、と言われてもピンとこない。
寧ろ、ちっとも判っていないじゃないか、と思う。

「判ってるよ。判ってたけど、本当なのかな、って思って踏み出せなかっただけ」
「何?」
「本当に欲しがってくれてるのかな、って決定的に自信をオレが自分に持てなかっただけ。気付いてたよ」

瞠目してリョーマを見るが、彼は目線を合わせてこない。
いつも揺るぎない程に意志の強い眼で見てくるのに。
只管リョーマは昼食を口に放り込んでいる。

その動作に手塚は見覚えがあった。

「お前、照れてるのか?」
「て、照れてるっていうか…!!その、なんていうの。緊張してるんだって…」

チラリ、と手塚を一瞬見て箸を動かす動作が止まるが、またそれはすぐに開始された。
リョーマの目許が判じ難い程度で朱に染まっているのを見つけて、手塚はついつい噴き出した。
そして、それを咎めるような目つきで見るリョーマ。

「アンタからの想いは疑ってないけど、オレに本気で一生預けてくれる気でいるのかなって思ったの。だから未だ渡してないだけで…」
「買っては、あるんだな」

くすくすと楽しそうに手塚が笑う。
リョーマが幾ら睨んでみても、まるで意に介することなく笑っている。

「買ったのはいつなんだ?俺の気持ちに気付いてからじゃないだろう?」
「なに、お見通しな訳?そうだよ、アンタが欲しがり始めた頃にはもう買ってた。オレ自身の覚悟はとうの昔についてたから。後はアンタ次第だと思ったから。」
「俺次第?」
「そ。ただ単に渡すっていうよりは、ちゃんと相手が意識してから渡したいじゃん」
「そういうものなのか?」
「そういうもんなのっ。  はい、ごちそうさまっ!」

ガタリとリョーマが席を立ち、そのまま自分が食べ終わった皿をシンクに沈めに行く。
その後ろ姿を見乍ら、手塚はリョーマがいつもするようににやりと口角を上げた。

「おい、越前」
「なに?」

くるりとリョーマが振り返ると頬杖を付き乍ら何やら愉しそうにこちらを見て来る手塚。

「寄越せ」
「は?」
「指輪のことだ。今すぐ寄越せ」

確か今日の朝までは、こうやって自分からねだるのを躊躇していた筈なのに。
不思議にさらりと手塚の口元から言葉が零れた。
リョーマが目を見張る程に自然に。

「そういうねだり方ってある?もっとしおらしく言って欲しいかも」

中空を見上げて溜息を一つ。
しかし、それは呆れている、困っている、というよりは嬉しい、という想いを詰め込んで二人きりのリビングに漂った。

「俺らしいだろう。惚れるなよ」
「もう、手遅れだよ」

天井を見上げたまま、くつくつとリョーマが笑った。
それにつられる様に手塚も表情でだけ笑う。

「判った、あげるあげる。完敗だよ、アンタには。だけど、一個条件を提示します」

ぴしりと音がしそうな程に人指し指を直線に伸ばしてリョーマは手塚を指した。
指差されて、手塚が頬杖を付いたまま不思議そうに小首を傾げた。

「無理難題は言うなよ」
「四十八手がやりたいとか?」

くつりと笑うリョーマの眸は深夜のベッドでよく見掛ける眸で、手塚は取り敢えず手元にある碗でも投げてやろうかと瞬間、思ったりもした。
しかし、手塚が投げるよりも早く、リョーマがもう一度静かに笑った。

「うそ。やりたいけど」
「そんなに血が見たいか?越前?」

にっこりと満面の笑みで返されて、それまで笑っていたリョーマの顔が凍り付いた。
こういう手塚は本気でやりかねない。
ので、取り敢えず、謝っておいて、リョーマは仕切り直し、とばかりに一つ咳をついた。

「ある意味、もっと厄介なことだよ」
「俺にできることか?」
「うん、アンタならできるとオレは思ってるよ」






「オレを幸せにして下さい」





「アンタを幸せにさせて下さい」





「約束してもらえるなら、今すぐにでもお望みの物を」

シンクから手塚へ近付く。一歩、二歩。
そして、手塚の左手を取って、その到底男とは思えない細いしなやかな左手薬指に口付けを一つ。
伺い立てるように。

「Yes以外は受け取らないからね」

しかし態度とは裏腹に、続く言葉は訊ねるでもなく、確認でもなく。それはただの確信。
その傲慢過ぎる態度に些か手塚は目を見張るがすぐに柔らかく笑んで、見詰めてくるリョーマ目がけてキスを一つ与える。
触れるだけ。
まだ辿々しいながらも、ふわりと触れるだけの口付けを一つ。
Yesの答えの代わりに。


















未来を分ち合うもの。
それは、まあ、リョマからのプロポーズの言葉の結末だったり、
白金の環だったり。
リョ塚プロポーズ編。
11111ヒットゲットで桐沢こだちさんからリク頂けました!
ちょっと、手塚に指輪嵌めるシーンも入れようかな、とは思いましたが…。
このまま言葉だけで終わらせておいた方が纏まりが良いかな、ということで。
兎にも角にも。リョ塚ちゃんが未来永劫幸せでありますように!

11111hitありがとうございました。
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