餞の有効性
手塚に夏祭りに行く約束を取り付けて、母に浴衣を着付けてもらって、祭用にお小遣いもきっちり貰ったりなんかして、リョーマは家を出た。
家は出た。
しかし、その出たところで何故だか南次郎と鉢合った。
多分、境内から帰ってきたのだろう。
夕飯の席にはいなかったし、手には例の如何わしい雑誌が数冊握られているし。
「お、なんだ、祭か?浴衣なんて着て」
「そうだけど」
「なんだなんだ、一丁前に彼女とか?お?」
南次郎はリョーマを揶揄かう様に肘で突いた。
途端にリョーマの顔色が不機嫌なそれに一変する。
「っさいな。ほっとけ」
「ムキになるなんて図星か?よしよし、そういう事なら話は別だ。リョーマ、ほら、手出せ」
南次郎は黒染めの懐に手を入れてごそごそと何かを探した。
一体何を出すつもりなんだろうか、と不審がりながらもリョーマは大人しく手を出す。
変に抵抗すると更にこの父親との諍いになって、結局は約束の時間に遅れる羽目になるだろうと思ったからだ。
「おお、あったあった、ほらよ」
そうして、リョーマの差し出した掌の上に一片の長方形の紙片が舞い降りた。
「……」
眼前に晒して見るまでもない。
こちらを向いた面にその紙の用途が容易に判る字面が並んでいる。
「…どういうつもり?」
「何って、彼女となんだろ?祭行くのはよ」
「だから?」
「まさかお前、ただのんびりと祭に行く気なのか?倫子にはあっちの家に泊まってくるって言っとくからよ」
「………」
寧ろ中学一年の少年がのんびりと祭に行く事に疑問を覚える事の方がどうかしていると思うのだが、しかし、それはそれとして、どうしてこれが――ラブホテルの無料券が――父親の衣服の中から出てくるのだろうか。
「ま、男ならキめてこい」
にやり、と肘で小突いた時と同じ様に卑しく笑ってみせて南次郎は玄関の戸に消えた。
その後ろ姿を未だ不可解な視線で見送った後、リョーマはまた掌の上に乗る薄いその紙片を見た。
無意識に、溜息が出たがこっそりと財布の中に仕舞った。
言い訳の様に、念の為念の為、と何度も内心で呟き乍ら。
どうやら父にはこの家で自分達が睦言を時折営んでいることはバレていないらしい事に一縷の安堵を抱きつつ。
その人が待ち合わせの場所に現れた瞬間に、どうやら父親からの餞別は有効に使わせてもらうかもしれないとリョーマは思った。
計らずも、手塚も浴衣でその場に現れた。
いつもよりも薄い生地、しかも一枚、の向こうに手塚の肌がある。
その皮膚と衣服との危うい距離は自身も浴衣を着ているリョーマも身を持って判っているから、それだけに心臓が高鳴った。
それ以上に、手塚は剰りにも浴衣が似合い過ぎた。
元より手塚は純日本と云った容貌であるせいか、普段の学生服よりも、レギュラーのジャージよりも、時折リョーマが目にした私服のどれよりも、浴衣は似合っていた。
きっと、浴衣だけでなく日本人に似合う様に作られている着物も誰よりも似合うだろう。
手塚のその艶姿に感動の剰り、そして香り立つ色香にリョーマは文字通りに言葉が出なかった。
手塚を見上げたまま、ぽかんと口をだらしなく開いたまま立ち呆けた。
「どうした?」
遠くから自分の姿を見つけた時は嬉しそうに笑っていたのに、全身を晒した瞬間にリョーマの顔色が凍り付いたものだから、手塚は不思議そうに首を傾げた。
「変か?」
直立不動のまま動けないぐらいに。
手塚が眉を顰めた瞬間にリョーマが首が引き千切れるのではないかと云うぐらいに猛烈に首を横に振った。
「ちっ違う違う!!そうじゃなくて…!!」
漸く動いたかと思えば耳まで朱色で染めて、手塚の頭の天辺から爪先までを何度もリョーマは見た。
それに訝しそうに手塚がリョーマの名を呼べば、リョーマはその身の横に垂らした両拳にぎゅうと握り締めて、目蓋まで深く瞑って、小さく身を震わせた。
「もう、どうしてアンタってそうなの…」
「そうってなんだ、そうって」
何かしただろうか、と考えてみても手塚には何も思い当たる節はない。
待ち合わせの時刻にもいつもの様に遅刻しなかったし、リョーマと落ち合ってから何をしたという訳でもない。
やっぱり、手塚にはリョーマの発言が何が何だか解らなかった。
「どうして…アンタってそんな…そんな…」
握ったリョーマの拳に力が籠る。紅潮する範囲がどんどん広がっていく。
挙げ句、何かに耐えられない、とばかりにリョーマは頭を垂れた。
「そんな?なんだ?」
手塚には本当に意味が判らない。
頭の上にも裡にも疑問符ばかりが飛び交う。
項垂れたまま、リョーマはぽつりと蚊の鳴くような声で漏らした。
「なんでオレをそんなに誘うのが巧いんだよ…」
「なに?なんだ?聞こえなかったんだが」
辺りは祭に集まった人々の喧騒。
呟き程度の小声はいとも簡単に飲み込まれてしまう。
「オレを殺す気かって言ってんの!」
言様、手塚に掴み掛かって荒々しく唇を攫った。
咄嗟の事に驚きつつも、他人の視線の最中だという認識の方が大きく、リョーマを引き剥がした。
引き剥がされたリョーマは非常に苛立たしそうに藻掻いた。
「落ち着け!一体今日のお前はなんなんだ…」
目の前のリョーマを抑える為に手にだけは力を入れつつも手塚は脱力の思いであった。
思わず困惑の溜息も零れた。
そんな手塚の内心を知ってか知らずか、リョーマは眸を険しくして手塚を睨み上げてからその身にきつく腕を回して丁度自分の顔の位置に手塚の胸が来るものだからそこに突っ伏した。
数ミリの距離もなく抱きついてくるリョーマの対処に完全にお手上げと云った様子の手塚の脇を通行人が不思議なものでも見るような目つきで一瞥して通り過ぎた。
「越前…」
矢張りと云うか何と云うか、男二人で抱き合ってる図というのは多くの意味で目立つ。
突き刺さってくる視線の痛みに耐えきれずに手塚が困った声を洩らしかければ手塚の胸の中でリョーマが口を開いた。
「もう、だめ。オレだめ。今すぐしたい」
「は?」
顔を胸に埋めている為、リョーマの声はくぐもって手塚の耳に届いた。
何と言ったか、否、どういう意味を込めて言ったのか、判じ兼ねて手塚が小さく顎を引いて見下ろせば何かの強い意志で満ち溢れたリョーマの大きな目とかち合った。
「アンタとエッチしたい!」
「ば…っ!」
馬鹿者、と続けようとした手塚の言葉は二文字目以降は再び噛み付いてきたリョーマの口腔内に奪われた。
「…んっ…こら、えちぜ…っ」
引き剥がす事を試みてみても、リョーマは諦めずに何度も口付けてくる。
強引に唇も裂かれた。
「っふ…や…んん…っ」
手塚の抵抗を気に留めることもなく、リョーマは手塚の口内を蹂躙し始める。
滲み出て来たリョーマの唾液が手塚の内にも侵入し始める。
その様は当然、脇を擦り抜けていく通行人の視線にも晒されている。
そして手塚はそれに気が付いている。
気が付いてはいるが、リョーマを撥ね除けようとする手には力が入らない。入らないどころか、縋るように指先がリョーマの肩に幾つもの微小の皺を作り出している。
手塚が薄皮一枚になりかけようとする理性を懸命に保とうと一人戦う間にもリョーマは尚も攻め立てる。
普段から人目を気にしない性分ではあるが、今に至っては完全に手塚しか見えていない。
脇を擦り抜けていく通行人の存在など完全に無いものにされている。
手塚はそれはそれは盛大にリョーマに貪られた。
貪られながら、衆人環視という現状と押し寄せてくる快楽とに綯い交ぜにされて手塚は正直混乱を来していた。
力の限りを尽くして深く口付けてくるリョーマを剥がすべきなのだろう。
けれど、力は籠らないどころか今にも崩れ落ちそうな程に蕩けさせられて寧ろ更に求めたい。
時折思い出したかの様に指先にはリョーマを押し返そうとする力が籠る。
けれど直ぐに何かの支えに掴まるような指使いに切り替わる。
もう、手塚本人にはどうしようもなかった。
手塚が混乱の極みまで上り詰めていたその時、襟刳りを掴んでいたリョーマの両手のうち左手がそっと離れた。
引き寄せていたその反動かすっかり手塚の胸元は膚蹴ていて、容易にリョーマは左手を侵入させた。
リョーマの指が肌を這ってくる感触に、反射的に手塚は身を引いた。
繋がり絡まっていた互いの唇もそれに伴って距離が出来た。
けれど、その間には銀糸の糸。
「なに」
明らかに不服そうなリョーマの眼差し。
「なに、じゃない」
「ここまで来て、しないなんて言わせないよ?」
オレももう限界なんだから。
そう言ってリョーマは手塚に身を寄せた。
手塚の腿に頭を擡げようとしている何かが当たる。
同時にリョーマの下腹にも似た様な感触が触れる。
リョーマはにやりと口角を持ち上げた。
「アンタも限界なんじゃん」
「そ、それは…」
意地悪い笑みを隠そうとする事も無く、リョーマは手塚の帯の下、丁度腿の付け根が裏に潜む褄に指を忍ばせた。
「このまま放っておいていいの?」
「こら、どこを…!」
リョーマの指が這う感触に前を両手で隠す様に押さえるが、リョーマの指は更に奥へと進む。
「アンタが望むならオレは答えるし、アンタが嫌だって言うなら止めてもいいよ?」
挑発する様に中心の際を指でなぞる。
思わず手塚は目蓋を瞑った。
迫ってくる快楽を呼び起こされるのを堪える手塚の耳元へ、リョーマはそっと顔を近付ける。
「オレもさっき限界だって言ったよね?オレを辛いままにさせてていいの?」
誘う。
この人が否と答えられないのを知っているから。
「……いい訳ないだろう…」
「だよね。じゃあ、」
シようよ。
際まで触れていた彼の中心、その根元へ指を伸ばす。
頭が更に擡がった。
「だが…」
「なに?あ…ああ、うん、それね。そこんとこは大丈夫、来る前にオヤジに餞別もらったから」
「餞別?」
下肢の褄を未だ押さえつつ、手塚は薄らと目蓋を持ち上げた。
「うん。だから、大丈夫。All right honey?」
手塚の視線が混迷するように動くが、暫間の後にリョーマからは視線を外してこっくりと一つ頷いた。
餞の有効性。
手塚は野外が嫌だという訳ではなくて。
どっちかと言えば室内の方が好きだというだけです。
野外はこの間やったから、というのはこっち側の都合です。
いいように色々仕出かしてすいません。13331hitで真嶋いこさんからリク頂戴しました。
「浴衣エッチ・リョ塚」と。
ソフトでもディープでもいいとの事でしたので、ソフトソフトに…。
実はディープご希望でしたらすいませ…っ。ディープはわたしにはまだ無理かと…。めそり。
13331hitありがとうございましたー!!
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