zero-two-one-four
















二月十四日。
巷はバレンタインデイ一色に染まり、街もどこか浮き足立っている。
今年は土曜日、ということも相まり、肩を寄せあう恋人達が繁華街を埋め尽くしていた。

そんな恋人達の間を擦り抜けて、リョーマは駆けた。
丁度駅一つ向こうの恋人の家に向けて。





家の呼び鈴が鳴らされて、母が表に出ていくのを横目で見ながら、手塚は土曜であることと恋人達の祭典であることを思い出した。
ああ、もしかして、と一縷の思案が脳裏を掠める。
そしてそれはやはり正解であったようで、すぐに母から名を呼ばれた。
母曰く。

「越前君よ」

手塚はゆっくりとその場から腰を上げた。



「お前が珍しく休みの前日に約束を取り付けにこないと思ったら、当日にいきなり来るか?」

暗に在宅でなければどうするんだ、と詰問するかの様に。
腕組みをして門柱に凭れ掛かりながらさも不機嫌そうにリョーマを見下ろせば、彼は自分の態度とは裏腹ににっこりと笑った。

「バレンタインデイに約束取り付けるなんてなんか『いかにも』で嫌じゃん」

オレはもっとさり気なくやりたいの。
リョーマは笑んだままでそう言うけれど、結局は自分から来ているのだから『いかにも』なんじゃないだろうか、と手塚がこっそりと思ったことは手塚だけの秘密だ。

「で?言っておくがチョコはないぞ」
「わかってるって。アンタは頼んでもそういうことしてくれないタイプってことぐらい重々承知ですー」

ぷい、と拗ねる様にリョーマがつんと上を向けば、手塚がくすりと笑う。

「今日はアレでしょ?日本じゃチョコ渡して告白する日なんでしょ?」
「まあ、少々極論ではあるが恒例になっているな」
「だから、」

アンタから告白を貰いに来たの、とやっぱり満面の笑みで笑う。
にっこりと笑う彼に、手塚は2、3度瞼を瞬かせた。

「チョコはいらないの。もうしばらくチョコは食べたくないぐらいにチョコは貰ったし」
「ああ、そうか」
「妬く?」
「別に」

手塚としては至って普通の態度で返すが、本人の気付かぬところで眸は微かに嫉妬の色で点る。
そして、それをリョーマが気付かぬ筈がなくて、その様が可笑しくついつい短く吹き出した。

「アンタってホント判りやすくできてるよね」
「知るか」

見透かされている事をリョーマの態度から知り、薄らと手塚の目許が色付く。

「オレは妬いてるよ。昨日、アンタもチョコ貰ったんでしょ?」

週休二日制を用いられているせいで、バレンタイン当日が今年は休みとなり、しかも部活を引退した3年生である手塚には昨日、二月十三日に怒濤の量のチョコが靴箱から引き出し、机の上から椅子の上までを埋め尽くした。
当然、勇猛果敢にも直接チョコを持ってくる女生徒もいた。
それら全てを、リョーマという公然の秘密である恋人を持ちながらも気持ちを込めて作ったり、買ってきてくれたものを無下にする訳にはいかないだろう、と手塚は全てを持ち帰った。
チョコの入った包みに塗れる様にしながら帰宅した息子に母親は、あら、今年もすごいわね、と苦笑した。

「お前は貰ったくせに俺には断れと?」
「オレは最初何がなんだかわかんなかったんだもん。貰えるもんは貰っとくし」

リョーマもなんだかんだで手塚達3年宜しく、昨日にどっさりとチョコを与えられた。
靴箱を開ければ何やらきらびやかな包みは幾つか降ってくるし、教室に行けばこんもりと机に同じような包みが盛られていて、日本流のバレンタインデイを知らないリョーマは何事だろうかと首を捻ったものだった。
リョーマに今日はバレンタインだから好きな人にチョコを渡して告白をする日なのだと吹き込んだのは堀尾だ。

「で。話題がそれたんだけど、頂戴。告白」
「…板チョコで手を打たないか?」
「だから、チョコはいらないって言ってんじゃん。人の話聞いてた?」

不機嫌になるのは今度はリョーマの番だ。
手塚がするように腕を組んで睨み上げるその視線にリョーマと軒先で対峙する手塚は困った様に組んでいた腕を解いて何度か髪を掻き上げた。

「アンタもさあ、いい加減慣れたら?ちっとも言ってくれないからオレがこうやってせがみに来るんじゃん」

リョーマがそう指摘するように、もう2か月もすれば二人が付き合い出して1年が経つというのに手塚は「好き」のその一言を未だにさらりと言うことなど出来ない。
翻ってリョーマは、と言えば、必要以上に手塚にくっ付いていくし、「好き」の一言くらいは簡単に言ってのける。

それを手塚はリョーマがアメリカ帰りだからだ、と主張するが昨今の日本人のカップルもそのぐらいは容易にやってのける。
要は手塚は色事に不器用で免疫、耐性が無いだけでしかないのだ。

リョーマが今日、この日にこうして手塚にその言葉を強要しに訪れたのは何もそんな恋愛初心者の手塚を揶揄しに来た訳ではなく。
ただ、単にこういう日ぐらいは自分のことを好きだと言ってくれてもいいじゃないかと思っただけに過ぎない。

だから、嫌だと言われても、今日は言ってくれるまで退く気はない。

「言って」
「…嫌だ」
「なんで」
「なんで…って、お前…」

その場から一歩踏み出して、リョーマは手塚との僅かな距離を更に縮める。
手塚は反射的に身を引くが、手塚の背後は門柱。後退は何をどうしても無理であった。

「オレに好きって言いたくない?」
「…そうじゃなくて…だな」
「オレが嫌い?」
「だから…違うと…」
「だったら、」

言って。
好きだって今言って。

もう一歩、更にリョーマは手塚との距離を詰める。
二人の距離はもう10センチもないぐらいに近付いている。
それでも尚詰め寄ろうとするリョーマを手塚は彼の肩を掴んで止めた。

「落ち着け」
「落ち着いてます」
「どこがだ」

リョーマの眦はつり上がり、相対するかの様に手塚の眉尻は下がる。
暫し、そのままで無言の時が訪れる。

1分経ったか、5分経ったか、不意にリョーマが手塚の背に腕を回して抱きついた。

「言ってくれるまで絶対帰らないんだから」
「お前…わがままも大概に…」
「恋人に好きって言ってもらう事のどこがわがままなの」
「わがままだろう」
「ちーがーいーまーすー」

手塚の胸の腕でむう、とリョーマの頬が膨れる。
何をどうしても離れて行く気配はない。

観念したかの様に、手塚は大きく、ひとつ溜息を吐いてリョーマの耳元にその唇を寄せた。
近付いてきた手塚の気配にリョーマの口角がにんまりと満足気に上がった。

手塚が緩々とその口唇を開いた。

「Ich liebe Dich.」

それだけを告げて、手塚の気配が自分の耳元から離れていくのをリョーマは感じた。
告げられた事は聞こえた。
聞こえたけれど、はっきり言って意味がわからない。

「部長?」

もう彼はその役職ではないのだけれど、リョーマは未だに癖が抜けない。
手塚の幾度と無い矯正も空しく、リョーマは変わらず手塚の事を『部長』と呼ぶ。

そうしてリョーマが不思議そうな顔色で手塚を見上げれば、こちらに視線を寄越してくれていなくて。

「今の…何語?」
「ドイツ語だ。ドイツに行っていたんだから俺が話せても不思議じゃないだろう?」
「え、一応聞くけど、意味、は?」

不思議そうな色が抜けないその眸で見上げ続ければ、一拍の余裕を置いて手塚はリョーマを見下ろす。
どこか驚いた様なその表情の後、先刻手塚の胸の中でリョーマがしたように意地悪く口角を歪めた。

「判らんのか?」
「わかるわけないじゃん。ドイツ語は喋れなければ書けもしないよ」
「そうか…」

リョーマの答えに手塚は尚いっそう笑みを深くした。

「なんか…ヤな感じ」
「辞書ででも引くんだな。さあ、言ったぞ、離せ」
「え、言ったって、『そういう』意味なの?」
「だから意味は自分で辞書ででも引けと今言ったろう」

皮肉るような手塚の顔色に、リョーマは唇をへの字に曲げた。
そんなリョーマが未だ手塚の背に纏わりつかせていた腕を手塚は解いて、くるりと踵を返した。
そしてリョーマを振り返って、

「俺の部屋にドイツ語の辞書があるが、上がっていくか?」

手塚の発言に猫がぴくりと耳を立てるかの様にリョーマは反応した。

「勿論!」






















zero-two-one-four。
0214.バレンタイン。
13431hitを踏んでくださったねこまた和臣さんより「バレンタイン、もしくはホワイトデーのリョ塚」でリクを頂きました。
奇しくもバレンタイン当日に仕上がりました…。や、狙ってた訳じゃないんですけどね…?
お決まりに二人はチョコどっさり組で。
手塚は几帳面に全部貰って帰り、リョーマは日本のバレンタインがさっぱり。
べーはきっと全校の廊下を練り歩いて後ろを歩く樺地の持つ紙袋に女生徒が放り込んでます。
某ミッチー実話はべーぐらいがきっと丁度いい。
Ich liebe Dich.は、ふっつーに「I love you」です。あんま捻りがなくて申し訳ない…;

13431hitありがとうございましたー
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