桜咲く春。
桜散る春。

桜、愛でる春。

恋、芽生える春。




















ジャンプリープスラブ



















頭上でぽっかりと咲いた桜を見上げながら、リョーマは周りには聞こえないようにこっそりと溜め息を吐き出した。

13になる年のこの春。中学に入学し迷う間も無くテニス部に入り数日が立った今日。
今、ここにこうして花見の宴の席に座らされていた。

周りにはまだ名前も顔もうろ覚えの先輩達。
何の因果で自分はこの席に呼ばれたのだろうか、とリョーマはまた小さく溜め息を吐いた。


この場に居る1年生はリョーマ一人だ。
そして、他の参加者は合計して8人。レギュラー陣だけが水色のビニールシートの上に集まっていた。

リョーマをこの場に呼んだのは桃城だった。
土曜の部活は昼で終わり、リョーマがそのまま帰宅をしようとしたところへ声をかけられた。
『ちょっと残れ』と。

新手の新入生いじめだろうか、と始めは思った。
リョーマがそう思ったのにはそれまでに、他の2年がリョーマ達1年に何かとちょっかいを出してきていたというせいもあった。
この人もか、と思いつつ、やられる前に伸してやればいいと気楽に考えてリョーマは無言で桃城の後に付いた。

そしてそのまま青学からは少し離れた小高い丘のある公園へ連れて来られた。
ここで一体何をするのだろうか、とリョーマが辺りを見渡した瞬間、それは視界に飛び込んできた。

並木道に沿って生える、無限とも思える桜の木々。
早くも散った花弁が剥き出しの土の上を薄紅色の斑点で彩っていた。

そして、その道の小脇にやや不粋にも見える水色のビニールシート。有機物の中に冷たい無機物は剰りにもリョーマの気を削いだ。

「お、来た来た!桃ー!こっちー!!」

ビニールシートに気を取られていたが、その上には見覚えのある顔がいくつもあった。
その中の一人が立ち上がってこちらに大きく手を振っている。
名を呼ばれた桃城も彼に向かって手を振り返しながら、小走りで駆け寄った。
リョーマは歩速を変えずにゆっくりと桃城の後を追う。
一見すれば生意気な態度にも見えただろう。けれど、シートの上の人物達はそれを気に留める様子は無い。

「お、帽子の1年じゃん!ええと…なんつったっけ…」
「越前君、だよ。英二」

シートまでようやく辿り着いたリョーマの頭を髪が外に跳ねさせた少年がぐりぐりと撫でながら微笑を絶やさない少年に尋ねればあっさりと答えが返ってくる。
自分の名前が知られていた事に内心驚きつつも、ぺこりと会釈を返した。

「さ、座った座った」

シートの縁に立ったままのリョーマを坊主頭からちょろりと微妙に前髪を生やした少年がシート上へと促した。
彼の事はかろうじて覚えている。副部長の大石、だ。下の名前まではさすがにリョーマは覚えていないけれど。

そしてその彼の隣に鎮座している少年の名も、リョーマは覚えている。

テニス部部長、手塚国光。

手塚と大石は入部の折に1年の前で軽く説明会をした。だからだろう。
何とも無しにリョーマは手塚の隣に腰を下ろした。




一体何の祭りなのだろうか、とリョーマは思う。
アメリカ帰りのリョーマに花見の習慣は無い。
シートの中心に置かれたお茶を啜ってみるも、やはり謎は謎のままでは居心地が悪い。

リョーマは隣に居た手塚の裾を引いた。手塚もお茶を手にしつつこちらを振り向く。
なんだ、とその顔に書いてあった。

「何事、ッスか?これ」
「越前…花見をした事は無いのか?」
「ハナミ?」
「知っていて来たのではないのか」
「知らないッスよ。やったこともないです」

そうか、とどこか思案顔で手塚は手の中の紙コップをシートの上に置いた。
一拍置かれて、手塚の口が開く。

「桜は美しいだろう」
「そうっすね」

手塚の問いにリョーマはこっくりと頷く。
綺麗だと素直に思う。

薄紅に色付き咲き乱れる桜。どこか狂気にも似ている。

「綺麗なものは愛でるに限る。それだけだ」
「はあ」
「元来はもっと深い意味があるんだろうが、生憎俺は知らん」
「そうッスか」

簡素すぎる説明ながらも、リョーマにはそれで充分だった。
綺麗だから愛でる。
愛でついでに食べ物と飲み物、そして賑わい。

こういうのもいいかもしれない、と、リョーマは桜を見上げた。
綺麗だった。

「さーあ、お重開けるよーん!」

折角、桜に見蕩れていたのに、とややがっかりしつつも、先刻の外跳ねの髪型の少年がシートの中心に置かれていた5段の重を開けた。
中には桜にも負けない彩りの料理達。
それが和食で大半を占められていたので、リョーマの興味を大いにそそった。思わず、誰よりも早く重に手を付けて料理を頬張った。

隣で、手塚が呆れた様な顔をしていた。

「…なんフか」

口に頬張ったまま睨みあげれば、一瞬くすりと笑われた気がした。

「もっと遠慮して食べろ、1年」

やはり、口調が笑っている気がした。
無表情な人だと思っていたのに。

その発見は新鮮だった。
刹那、確かにリョーマは手塚に見蕩れた。


手塚もリョーマに遅れながらも、重に手を付けた。

「美味いな」
「でしょ、やっぱ海堂のお母さんって料理上手いよね」
「恐縮ッス」
「お母さんに宜しく言っといてね」

皆、重を突きながら、美味い美味いと零す。
たしかに、リョーマも美味いと思ったが、それ以上にリョーマの気を引いたものがあった。

「部長」

くい、と手塚の服を引いて振り向かせる。

「うまいね」
「そうだな」

いきなり何だろうか、と思いつつも、皆が料理の話題なので当然手塚もリョーマは料理について言っているものだと思った。
しかし、リョーマが指しているものは違った。

「これも美味いぞ」

そう言って手塚は出汁巻きをリョーマの前に箸で摘んでやる。
けれどリョーマはかぶりを振った。

「料理のことじゃなくて」
「?」

てっきりそれだとばっかり思っていた手塚はつい、小首を傾げた。

リョーマは手塚の手元を人さし指で差した。

「箸の持ち方」

指摘されて手塚も自分の手元を見る。
手塚にとっては至って普通の持ち方。

「そうか?」
「うん、綺麗。しっかり日本人ッスね、部長は」
「そうか…」

褒められているのだろうか。

褒められているんだろうな。
手塚はそう結論付けた。

「ありがとう」

手塚の頬が色付いているように見えたのは、桜を透かした日の光が注いでいるからだろうか。
桜の屋根のせいだろうか。

思わず、どきりと鳴りそうになる心臓を落ち着けて、敢えて余裕ぶった笑みでリョーマは微笑んだ。

「そういう人、嫌いじゃないね。好きかも?」

どきり、と次に心臓を鳴らすのは手塚の番だった。
リョーマのその言葉に手塚は二の句を次がなかった。次げなかったのかどちらかかは判然としないが。

「おや、手塚と越前は何やらいい雰囲気だね」

すっかり中学生男子の集団の中の雰囲気ではないものを纏っている二人を乾が茶化した。
その指摘に、手塚もリョーマも頬がつい上気した。







春は、どこかで誰かの胸躍る季節。




ジャンプリープスラブ。
jump; leap; throb; 。全て、『躍る』の意です。
こちらは13500hitを踏んでくださった町田あきこさんへ。ありがとうございますv
『花見をするリョ塚』で。とのことでしたが…い、一応花見はしてますが…リク消化ぎりぎり、みたいな?(訊かない)
青学レギュラー陣で来ている筈なのに、ほとんど連中出てないです…あわあわ。二人の世界かよ
まだ、付き合ってないお二人さん設定です。

13500hit、ありがとうございました!
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