コントロールドデリバリー
「橋本センパーイ、部長は?」
いつもならそこに座っている筈の人の姿が見えなくて、リョーマはその席の隣に席を置く男子生徒に声をかけた。
もう何週間も同じ時刻にここ、3−1の教室にやってきているせいで、隣席の人物の名前も覚えた。もっとも、3年1組にとっても、お昼時にやってくる小さな猫は既に名物の一つになっているのだけれど。
橋本、と名を呼ばれた生徒はくるりとリョーマを振り向いて、少し前までそこにいたクラスメートの姿を思い起こした。
「ああ、手塚ならちょっと前になんか出てったなあ…」
「…そうッスか」
明らかに不満そうにリョーマは口をヘの字に歪めた。
「ああ、そう言えば、女子が呼びに来てたっけなー…」
ぼんやりと口を突いて出てきた同級生の言葉に、リョーマの目つきは更に剣呑なものへと変わる。
機嫌はどんどん急降下。
「今頃、その女の子でも泣かせてんじゃねえの?」
卑しく、ヒヒヒ、と声を立てて笑う先輩に相槌を返すこともなく、リョーマはその教室を後にした。
彼にもし猫宜しく尾が生えていたのなら、苛立った様に揺らされていただろうと思う。
「廊下で待ってりゃ、そのうち帰ってくると思うぜー?」
不機嫌さを纏ったままのしのしと教室を出ていく後輩に、橋本はそう言葉を投げかけて、またクラスメートとの雑談に戻った。
「…どこ行ってんだよ、浮気者め………」
自分が昼休みに訪れることはほぼ日課であるというのに、どこへ行ったのか。しかも、どうやら女子と一緒に。
3年の教室が立ち並ぶ廊下に面した開かれた窓にくったりと身を寄せて、腹立たしいほど晴れ渡った初夏の空を見上げる。
今頃なら手塚を連れだして何処か涼しいところで昼餉、の筈だったのに。
ムカムカする気配を押さえきれない。
「早く帰ってこないかな…」
昼時、ということもあって、リョーマの胃も食物を急かす様に、時々グウと鳴る。
空腹と意中の人物の空虚と相俟って、苛立ちが悄気へと変わる。機嫌と比例する様に、視線が空から下りた。
と。
その視線の先、遙か前方にその尋ね人の姿が見えた。
そことこことの距離が遠いせいで、シルエットは豆粒も甚だしいが、手塚だけは見間違えない自信だけはリョーマの中にあった。
聞き及んだ通り、女子に連れ出されたようで、手塚の向かいにはどこの誰かは知らない女生徒が立っていた。
「…にゃろう」
どうせ告白するなら、自分の見えないところでしていて欲しい。見えていなくても今の様に腹は立つのだけれど。
もう少し場所を考えるということを、手塚も、相手の女も考えて欲しいと切に思う。
自分を揶揄う為の悪戯なのではないかとすら思う。
視界の中では女生徒が何か二言三言手塚に告げた。それに対して手塚は驚くでも無く、一言何かを告げる様が辛うじて見える。
事の成り行きを見守るつもりは無かったが、結局、女生徒が手塚の元を離れて行くまでの始終をリョーマは目撃した。
女生徒が完全に視界の外まで出ていった頃、漸く手塚もその場所から離れだした。
「部長っっ」
自分が居る校舎側へと歩いてくる手塚目掛けて、リョーマは身を乗り出した。
不意に上から降ってきた声に、進行方向へと向いていた顔を振り仰いだ。そこにリョーマの顔を見留めて、バツが悪そうに少しだけ顔を顰めた。
どうやら、手塚なりに背徳感があるらしい。
手塚の視線が上を向いたのとほぼ同時に、リョーマは左手に弁当の包みを提げたまま、ひょい、と何とも身軽に
窓枠を飛び越した。
突然、窓枠の向こうに姿を消した人間に、廊下に居た生徒達は静まりかえった。一瞬の沈黙のうちに、悲鳴に似た声が上がる。
驚いたのは、何も上階に位置する3年の棟に居た人間だけではなかった。
リョーマの着地点に居た人物、則ち手塚もリョーマの突然の行為に目を見張る。
この時、飄々としたままだったのは、事態に気づいていない教室内部の者と、当事者であるリョーマだけだった。
どすん、と鈍い音にも近い音がして、3年棟の廊下側の窓には直ぐに人集りができる。
その幾多もの視線の先には、辛うじてリョーマを受け止めている手塚の姿があった。
誰とも無く、観衆から安堵の嘆息が零れる。手塚もそんな嘆息を漏らした内の一人だった。
「…お前は、一体何をしてるんだ…」
「心臓止まるかと思った?」
「思った」
眉根が険しく顰められるのとは対極的にリョーマは朗らかに笑った。
「ちゃんとアンタが受け止めてくれると思ったし?」
「一歩間違えればとんでも無い事になったんだぞ…?」
暢気に微笑い続けるリョーマを腕に抱えたまま、ほとほと呆れた様子で手塚は溜息をひとつ。
「もう二度とこういうことして欲しくなかったら、告白の誘いに来られた時点ですぱっと断って。じゃないとまたやってやるからね」
「…ちゃんと断ったんだがな…」
「オレとの昼飯の時間裂いてまで行くなっつってんの」
「ああ、はい、そうですか…」
最早投げやり気味に返事をしつつ、漸く手塚はリョーマを大地に下ろした。
受け止められていた腕から解放されると、直ぐ目の前まで迫った昇降口へと駆けていった。手塚も、のんびりとした歩調でその後へと続く。
「部長っ!飯喰う時間なくなる!!」
急かされても、気疲れを起こした足はゆっくりとしか進んではくれなかった。
コントロールドデリバリー
泳がせ捜査。現物の引き渡しを待って逮捕。
ホシは当然、手塚ハニーです。
14041hitゲッタの真嶋いこさんに多謝。遅くなってすいませんでした
リョーマが手塚の告白され場面を見て、ということでリクを頂戴しました。
ありがとございましたありがとございましたっv
50kgが降ってきてもがっしり受け止められるぐらいに手塚は鍛えているでしょう…たぶん。日頃の鍛錬の成果が報われた感じで。
橋本君は捏造。
14041hit、ありがとうございましたv
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