涼しいのがお好き
















うだる、という言葉を漢字に直せば、茹だる。その変換ぶりがふと頭を過って、成る程、と部屋の天井を見詰めていた手塚は得心がいった。

その躯はしとどに汗に塗れ、腹部は自身の白濁の液が爛れる様に飛散していた。
息が、荒い。

手塚の大腿部を担いだまま、足下に膝立ちで居るリョーマもその様は同じ。
ただ、彼の腹部に飛沫したものは腹の下の人物に依るモノだけれど。

「…暑い。越前」
「アンタって、自分が満足したらムードが欠片も無くなるよね」
「まだ、したりないか?」

冗談めいて告げたのに、至って真面目な顔でそう返されて、お手上げ、とばかりにリョーマは小さく舌を覗かせた。

「アンタとなら何回でもやりたいけどね」
「言ってろ。…それにしても………暑い」
「まあ、一運動した後みたいなもんだし」

ゆっくりと、リョーマは手塚の腿を下ろし、自身の身を後退させる。手塚の中からソレが抜けきる前、手塚の口は薄く開いて短く嬌声を上げた。
その声は辛そうにも聞き取れるが、目許は恍惚とする様に喜色がじんわりと浮かんでいるのが見えて、消沈させようとしていたリョーマの中の火を再び燻らせた。
けれど、手塚は素っ気無くごろりと寝返りをうつように躯を横に向けるものだから、リョーマも大人しく手塚の向かいに身を投げ打った。

未だ歳若いとは云え、確実に体力には限界があった。

「暑い……」

瞼を下ろしたまま、多種多様な液ですっかり湿り気を帯びているシーツの上で手塚は何度目かのその言葉をまた呟いた。

弱音を吐く彼の姿など、リョーマは初めて見た気がした。
いつも凛としていて弱音など沸き上がる隙もないくらいにしゃんと構えている人なのに。

珍しいね、と間近なその頬に指を這わせて尋ねれば、流石にもう限界だと答えが帰ってきた。
話を聞くに、随分前、リョーマとの肉体関係が始まってからずっと思っていたらしい。二人の出会いと初めての性交渉とが夏が忍び寄ってきた頃合いだったせいもあるらしい。
初めての夜から今まで、ずっとその思いを抱きつつも只管に耐えて来たらしい。尤も、最初のうちは気温体温に関しては気になどできなかったようだけれど。

「夏は暑いのが風流なんだ、って言ってなかったっけ?」

部活の最中、帰り道、休日のオフの日に二人で会う時、リョーマが少しずつ夏が近付くにつれ暑いと愚痴を零した時には、手塚はそうリョーマを言い窘めていた。
夏は暑く、冬は寒い。それが四季の粋なのだ、と。それを楽しむぐらいの心の寛大さを持ってみろ、と挑戦的な眼差しで告げたものだった筈だった。

「あれは季節的な熱の話であってだな…」
「ふぅん。言い訳するアンタも珍しいね。初めてじゃない?」
「うるさい」

ぺしり、と頬に添わされていた掌をはたいて、リョーマに背を向けた。図星なのだろう。

「ちぇ」

手を払われて、残念そうに漏らすが、その内心は自分以外には見せはしないいじらしさで顔は喜色に溢れていた。

長躯な割に酷く重みの無い躯の背中はくっきりと縦に筋が入っていて、華奢で有り乍ら面積のある膚には薄らと肋の影が見える。
薄暗がりの夜に浮かぶそれらは、目に痛いくらいに綺麗で、思わずリョーマはその背なを抱いた。

多少は敷布に吸い込まれたのだろうけれど、また浅く汗で濡れていて薫る芳しい匂いがぴたりと寄せた鼻孔を通り抜ける。
普段ならば触れただけで過敏とも云える反応を起こすというのに、情事の後の手塚は決まって大人しい。体内にリョーマの残骸が在るせいなのか、ただ甘えられたいだけなのか。

「海」

それは唐突に、本当に唐突に告げられた。手塚の口から。
意味は判る。地球の四分の三を占める海水を湛えた広大なモノ。水だけしかない領域。
もしもそれ以外を手塚が指しているのならば、リョーマには判り兼ねるが。

「海?」
「海」

リョーマは反芻させた。それを手塚は肯定するように復唱する。
どこか胡乱気な声音で。
少し、眠たくなって来ているのかもしれない。

「行きたいの?」
「あそこなら潮風で涼しそうだ」
「ああ…そゆこと?」

海でシたいんだ?
背に額を摺り寄せる様にしてリョーマは手塚が考えているであろう真意を嘯く。

「あんなとこでこんなこと?」
「室内で暑いよりは涼しくていいだろう」
「アンタがクーラー嫌がるからじゃん。暑いの」
「人工の風は好かん」
「それで暑い暑いって文句垂れるのって、すごいムジュンだと思わないわけ?」

眉を顰めるリョーマに、さらりと手塚は思わんなと告げた。
この暑さは正直堪えているのだけれど、気怠くなるあの風は好きではない。それに、耽っている最中に微かとは言え、モーター音は枷ぎに相当する。
中学生という身分では、どうしても週末になる逢瀬は貴重なものなのだ。

邪魔立てなど一片として排除したい。

「それに、どんだけ隠れたって人目があるじゃん。オレは構わないけどさ」

アンタはそういうの一番嫌なんじゃないの?
返事を催促するように、躯に回させた腕にきゅうと力を込める。二人の間に計れる寸法の距離は消えた。

「跡部」
「はあ!?」

また薮から棒に手塚が告げる。
単語でポツリと零すあたり、矢張り睡魔は忍び寄って来ているらしい。
肩にひょいと頭を乗せて顔を窺い見れば、瞼が落ちようとしたり上がろうとしたり、忙しい。

それにしても、依りによって二人きりの特別な時間の最中に他の男の名前を聞かされるとは思わなかった。
しかも、自分の恋人に対して嫌に馴れ馴れしい傲慢なあの男の名が。癪に障る。

第三者が聞けば、リョーマとあの跡部とではいい勝負だろうと語られるだろうに。

「アイツならプライベートビーチのひとつやふたつぐらい持ってるんじゃないのか?」
「あー…ありえるとは思うけど…貸してくれっかな?」
「明日に、でも、頼んでおけ」

それを最後に、あたかも糸が切れたかの様にぷつりと意識が飛んでいってしまったらしく、手塚は眠りの縁に足を滑らせた。
つい数分前までは急ぎ足だった息もすっかりすやすやと静かになっていた。

「本気なんだか冗談なんだか、わかりにくい……。ね、本気?」

寝息を立て始めた恋人の顔を覗き込んで尋ねれば、

「…ん」

頷く代わりとでもばかりにツンと唇を寄せて来た。
きっと、身動ぎしただけで、その動線の先にリョーマの口唇があっただけなのだろうけれど、困った様に嬉しそうに頬をぽりと掻いた。

「おねだりされちゃ、動くしかないよね?」














余談。

「あ、猿山の大将みっけ」
「あぁん?青学のチビじゃねえか。なんでウチの家知ってんだよ。しかも待ち伏せたあ、いい根性じゃねえの?アーン?」
「ねえ、プライベートビーチ持ってる?」
「んだよ。いきなりだなオイ」
「持ってんの?ねえ」
「持ってるけどよ。それがどうしたよ?」
「部長が海で青姦したいって言うからちょっと貸して。今度の土曜」
「帰れ。つか、追い返せ樺地」
「ウス」






















涼しいのがお好き。
16666hitありがとうございました。ゲッタの真嶋いこさんへ。一人の時はこっそりいこさんて呼んでます。勝手に。
いつもお世話になってます。恩を仇で返すようなわたしですいません。いつも…(遠い目
ええと、海のシチュエーションで、とのリクで。考えるだけでもオケと頂いたので、それを採用させて頂きました。
そして、手塚からリョーマにチューを、とのことで、事故めいてますが、手塚から。手、塚、か、ら、キスしてますヨー(なんだか白々しいなオイ)

そんなこんなですが、16666hit多謝でございます!
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