断固として、あなたの方が欲張りだと主張しよう。
それを証明しろって?
簡単だよ。
明日、あなたの欲をオレに全て言って。
一言も漏らさずに。
Greedestest
「…それで、今日越前は手塚の奴隷って訳なんだね」
「奴隷とは失礼だな。わがままを言えとアイツが言うから素直に言ってやってるだけだ」
互いに鋭い打球を返しつつも至って涼しげな顔で不二と手塚は会話を交わす。
「じゃあ、言う事を言うままに聞いてくれる人の事、他にどう表現したらいいのかな」
困った様な顔で笑うが、その手許はどこまでも正確にスイートスポットでボールを返す。
常人ならばそこで簡単にポイントを取られるだろう位置にボールは沈むが、難無い様子で手塚はさらりと返す。
「パシリ、でいいんじゃないのー?」
審判台に座って頬杖を付く菊丸が二人の会話に割って入る。
一点がなかなか決まらないこの試合に早くも退屈になってきているのだろう。
「良い様にこき使ってるんだしさ」
「だから…飽く迄もアイツが言えと言うからだな…!」
「それで?今は何のわがままを言ってるの?手塚は」
ボールを的確に捕らえた後に、ちらりと不二は横目でコートの向こうを見遣る。
そこには同じ学年の部員にラケット片手に指導を行う越前リョーマ、その人の姿が。
「部活中にテニスがしたいと。それだけだ」
「あー、いっつもこの時間って手塚が1年見てやってる時間だもんねー」
「まあ、そのわがままでこうして手塚とテニスできるから僕としては文句は無いけどね」
一際鋭い音がして、手塚が放ったボールが不二側のコートに弾んだ。
後一歩のところで追い付き損なったレモンイエローの後をゆっくりと歩いて不二は追う。
審判台からは菊丸がスコアを声高らかに宣う。
「相変わらず、意地の悪いところに打つね、君は…」
「いや、流石に部長職だ生徒会長職だで練習の回数が減っているだけあって、少し腕が鈍っている」
グリップの握りを確かめる様に手塚は左の拳を何度か開いたり握ったりした。
「手塚ー、不二と試合終わったら次俺とね!?」
小学生の教室宜しく、元気良く菊丸は挙手。流れ落ちてくる汗を拭いつつ、手塚はそんな声に視線を審判台に向けた。
「そういえば菊丸とも暫くゲームをしてないな」
「でしょ!?俺も強くなったかんね!一筋縄じゃいかないよん」
「それは…楽しみだな」
元来、馬鹿が付く程テニスが好きらしい男は笑ったのか笑っていないのか寸でのところで判らない程度で微笑んだ。
所変わって、こちらはそのテニス馬鹿に我侭を言われた一人の少年。
「だから、グリップの握りが甘いって言ってるでしょ、さっきから。その持ち方だと肩とか肘に余計な力が入るから、こう、持つ。わかった?」
「だから、こう、でしょ?リョーマ君」
「そうじゃなくて…」
ほとほと困り果てた様子でリョーマは溜息を吐き、肩を落として、ついでにキャップの鍔も引き下ろした。
目の前ではそんなリョーマの様子に困惑するカチロー。
その向こう側では日頃の練習メニュー通りに素振りをする一年生の少年達。
彼等も、普段ならば手塚が見にくるこの練習に今日に限ってリョーマがやって来たことに不思議そうな表情を隠せない。
未だにちらちらとリョーマの方を頻繁に横目で盗み見ている。
「…そこ、オレが見てないからって素振り甘いんじゃない?さっきから風切る音が弱いんだけど…」
「そ、そんなことないって…!ほら!!」
その視線に気付かない訳の無いリョーマから静か乍らにも檄が飛べば、こっそりと怠けていた素振りを熱心にやっている様に明から様に見せてみる。
リョーマはまた一つ溜息。
このままでは手塚の様に溜息が癖になるのではないだろうかと自分の身を案じる程、今日何回目になるか判らない溜息だった。
自分の遥か向こうのコートでそれはもう活き活きとテニスをする手塚がちょっと恨めしくなった。
同じ穴の狢で、大概にリョーマもテニス馬鹿なのだ。
そのまま、今日一日、手塚の普段の職務をほぼ押し付けられ、リョーマはレギュラーの必要最低限の練習しかできず、手塚はと云えば久々にテニス部員らしくテニスに没頭した。
校舎の向こうに夕日が沈み、辺りが少しずつ暗くなり、男子テニス部の部室もがらんと人影が無くなってくる。
仕舞いには、いつも通りの二人が残る。
部誌を書く手塚と、それを待つリョーマ。
けれど、今日はいつもとは違う日な訳で。
いつも通りならば備え付けの机に向かう手塚の姿は部室隅のベンチに横たわっていた。
そこからは穏やかな寝息が規則的なリズムで聞こえてくる。
それをリョーマが発見したのは、これまた手塚の我侭に従って顧問である竜崎の元へ言付けを預かっての諸事を終え、部室に戻って来てからだった。
きっちりと学生服に着替えて、完全に夢の世界へと旅立っている。
本来、彼が居るべき机には開かれて日付けまで書かれた部誌だけがぽつんと放置されている。
部室の隅々まで行き渡るぐらいに巨大な溜息を吐き終わって、リョーマは取り敢えず半日充分に汗を吸ったユニフォームから学生服へと着替える。
その間も二人しか居ない部室には手塚の寝息が谺する。
「…」
すぅすぅ。
「…」
すぅ。
「…部長」
ゆさゆさ。
「…ん」
うっすらと手塚の目が開く。
が。
次の瞬間にはまたその鳶色の瞳は瞼の奥に消える。
「…っちょ!アンタが部誌書かないとオレもアンタも帰れないんだけど!!」
再度、揺すってみるとまた瞼が持ち上がり、反応をみせるようにリョーマの方へと眼が動く。
一度瞼が深く閉じ、また眠りの世界に落ちたかとリョーマが思った瞬間にぱちりと開いた。
思わず、リョーマの口から安堵の嘆息が零れる。
「ほら、起きて」
「…お前が書け」
「はぁ!?」
「今日は俺は欲張りの役回りなんだろう?」
「そう、だけど…」
部誌を書いたことも、じっくりと読んだこともないリョーマに部誌が書ける筈も無い。
「そうだ、それから…」
戸惑うリョーマの目の前で手塚はむくりと身を起こし、先刻まで自分の頭部を横たわらせていた部分をぺしりと掌で叩いた。
「ベンチにそのまま寝ると痛くてかなわん。ここに座れ」
「?」
手塚が痛みを訴えるのと自分が座るのと何の因果関係を齎すのだろうかと訝しがりながらも手塚の隣へ腰を下ろそうとベンチに腰掛ける。
その直前に手塚は、リョーマにストップをかけた。
「机に置いてある部誌とペンも一緒に持ってこい」
愈々もって、リョーマには意味が判らないことだらけだ。その不明な点が多い中、取り敢えず判る事は、部誌を書く気はあるようだということ。
部誌を書き終わらないことには手塚は帰れない訳で、そして手塚と共に帰るのが日課となるリョーマも帰る事が不可能なのだから、リョーマは手塚の命令に順に従って部誌とペンを取りに一度踵を返す。
片手に部誌、もう片手にはペンを持って、漸くリョーマは手塚の隣に腰を下ろす。
と。
その刹那、ごろりと自分の大腿部に手塚が頭を乗せて倒れてきた。膝枕をさせられた状態、と云えば判り易いだろうか。
「ぶ…っ!部長…!?」
「どうした?」
「どうしたもこうしたも…」
自分の太腿の上にあろうことかこの人が寝そべる事があろうとは露とも思っていなかったリョーマの激しい狼狽とは真逆に手塚は至って淡々とした様子で寝返りを打った。
丁度、顔の真正面にリョーマの腹部がある。
「俺が寝ている間に部誌を書いておけよ。なに、項目を埋めるだけでいい」
「項目を埋めるだけって…」
「書き終わったら起こせ」
その言葉を最後に、手塚の瞼も口も閉じる。
後に残されたのは太腿の上に手塚の頭を乗せた、部誌とペンを握るリョーマただ一人。
「やっぱり、アンタって欲張りだよ…。…。…オレの膝枕は高価いよ?」
ふわりと眼下の手塚の髪にキスを落としてからリョーマはふと部室の壁に穿つ小窓を見た。
もう鴉の声も聞こえなくなった暗い小窓に微かに移るその自分の姿にこれで最後になればいいと思う溜息をリョーマは吐いて、部誌に挑み始めた。
Greedestest。
Greed(欲張り)に最上級のestをダブルでドーン。
17671hitの折に草薙まことさんから頂戴したリクで、20のお題の『欲張り』の続きで。
わがままな手塚さんで。
我侭を言え、ぐらい言われないと手塚は我侭言わなさそうです…手塚も譲らないところは譲らないでしょうけれども。
えちの膝枕はわたしの欲望でもあったり、しま、す…ごもごもごもごもごも
17671hit御礼!でございます!
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