世間一般のデートとやらを体験してみたい。
















黙々と食事をしていた手を、彩菜はいきなり止めて箸置きに静かに一膳揃えて置いた。そして、深く溜息。
父も祖父も用事で出かけたとある休日のある日。母と息子は昼食を摂っている最中だった。
何か悩んでいるような母親の様子に息子は小首を傾げて食事の手を止めた。

「ねえ、国光」
「なんですか?母さん」
「あのね、お母さんね、」

ずい、と机越しに身を乗り出してくる彩菜に何事だろうかと手塚も真摯な顔付きになる。
何か今まで自分に隠していた秘密を告白しようとでも言うのだろうか。嫌な汗が手塚の背を伝った。

「お母さんね、ずっと思ってたの」
「…はい。何でしょうか」
「国光ももう今年で15歳じゃない?」
「え、ええ、そうですね…」

そこで、彩菜はくっと唇を噛み締め、若干俯いた。
日々、からりと朗らかに笑っている母が見せたことのない切羽詰まった様子に、手塚も握っていた箸を箸置きに下ろし、背筋を伸ばした。
母親が決死の覚悟で何かを打ち明けようとしているのだ。きちんと息子なりに受け止めたかった。

「あのね、お節介かな、とも思うの。思うんですけどね…」
「…」
「年頃なんですから、偶には遊園地とか、普通の子もするようなデートに行ったらどうかと思うの」
「…。…はい?」

かくり、と手塚の首が傾く。
沈痛な面持ちはそのままで。

「だって、いつも越前君が来ても部屋に閉じこもったままが多いじゃない?」
「は、はあ…」
「お外へ出かけたと思ったらただ歩いて来ただけだって言うし…!」
「…」

何か事態がおかしいらしい、と言うことに漸く手塚は気付いた。

「あの…母さん…?」
「遊園地で遊ぶお金ぐらいならお母さんだって渋ったりしません」
「いえ…そうではなくて…」
「越前君の分だって渋ったりしません」

ぷりぷりと頬を膨らます母は年相応とは少し言い難い。
自分も年相応ではないが、それはこの母から遺伝しているのだろうか。どうやら別方向に遺伝している様ではあるが。

「あの…越前は後輩で…」

とりあえずそこから突っ込もうとしどろもどろになりつつも口を開く。母親にリョーマとの関係をカミングアウトした覚えはない。確かに度々、来はするが只の仲の良い後輩と映っているものだとばかり思っていた。

息子の弁明に、彩菜はより一層頬を膨らませた。
擬音を付けるなら、ぷんすか、辺りが正しいだろうか。

「今度のお休みは遊園地に行ってらっしゃい。わかったわね?チケットその他諸々はお母さんが手配しておきます」
「あの…お願いですから、話を…」

聞いてくれ、と懇願したい言葉は満面の笑みで微笑んだ母親の顔の前に露と消えた。
有無など言いたくとも言えない雰囲気。
手塚はこっくと頷いた、基、項垂れた。

「…わかりました」
「良かった。さ、ご飯食べちゃいましょ。あ、ちゃんと越前君に連絡しておくのよ」

にっこりと笑ったいつもの顔で、昼食を再開した。
夫と舅が居ない時を見計らって息子に告げた母親なりの真心は息子には果たして通じただろうか。

母親に続いて、手塚も力の籠らない手で箸を握り直した。











「ふーん。それで初めてこういうデートになった訳だ。て言うか、彩菜さん気付いてたんだ…」

事のあらましを、派手に装飾されたゲートを潜りつつ聞いたリョーマが言う。
休日のアミューズメントパークだけあって、人込みが凄いことを大義名分にちゃっかりその手は手塚の掌を握っている。

「何か、巻き込む形になってすまん…」
「なんでそこで謝るの。確かに人込みはあんま好きじゃないけど、アンタと一緒なら大歓迎だよ」

柄にもなく悄気る手塚を振仰いで、リョーマは柔らかく笑った。

「ほら、折角彩菜さんのお膳立てなんだから、ちゃんと遊ぼうよ」

手塚の手を握ったまま、リョーマが駆け出す。
手を引かれつつ、手塚もそれに連なった。







「…すごい、びしょびしょ…」
「だから500円ぐらい気にせずに合羽を買えと言ったんだ」
「だってカッパに500円てさあ…」

ゲートからリョーマ達が駆けていってから1時間程度。
今し方、出て来たアトラクションは俗に言うスライダープール。
人が数人乗れる、天井の開いた箱が水の流れる滑り台を滑走する、という昔から人気のアトラクションの一つだ。

アミューズメントパークならば大体の場所にはあるだろうそれは、企業側の戦略か、斜面を滑走し終わった後、余勢で水上を走る際に上がる飛沫避けにビニール製のカッパが売られているのが常である。
普段の生活で買い求めるならば安価に手に入るだろうそれはこういった場所では概ね高価で売られている。

それをリョーマは乗車する前に購入を渋り、手塚は利便性を考えて購入した、という案配の結果だ。
派手に上がった飛沫を頭から被ったリョーマは見事に濡れ鼠。
カッパでそれを塞いだ手塚は無傷。

リョーマが歩く度に、水分を含んだ靴がぐしゅぐしゅと奇妙な音を立てる。
そんな奇怪な音をさせながら歩くリョーマの隣を歩く手塚も流石に迷惑そうな顔をする。繋ごうと手塚に寄せた手も濡れているから、という理由で敬遠された。

「どこか、土産屋でタオルでも買ってくるか。お前はここでちょっと待ってろ」

アトラクションを出て、何度目か、リョーマが水で濡れそぼった髪をぷるぷると振るうリョーマを見兼ねて手塚がそう切り出せば、

「えー」

嫌そうな顔でそう返ってきた。手塚も嫌な顔になる。

「なんだ。濡れたままがいいのか?お前は」
「そうじゃなくて。何。ここで待ってろって」
「そんなずぶ濡れのままで店内を迂路付く気か?店から閉め出されるぞ」
「そ、う、じゃ、な、く、てっ!!なんでデート中に彼氏放っていくの!」

ぎゃんぎゃんと手塚の眼下で吠え出したリョーマの口を慌てて掌で押さえ付け、黙らせる。
剰りにリョーマの声が大きすぎて、何人かの通行人は何事かとこちらを振り向いていた。
手で押さえ付けられたままも、リョーマはその手の下で尚も何かをくぐもった声で叫んでいる。

「どうしようもないだろう。全身ずぶ濡れのままの奴と歩くだなんてどれだけ目立つと思ってるんだ。濡れたままじゃ他の乗り物も乗車拒否されるだろう」

モガモガモガ。

手塚への反論は押さえられたままのその手の内へと消える。

「今、早急に何とかすべきなのは水分を取り除くことだ。やむを得ないだろう。納得しろ。納得したな?よし、俺は行ってくるからな。お前はここで大人しく待っていろ。わかったな?」

パッとリョーマの口を塞いでいた掌が離れ、手塚が身を翻す。
そのまま向かいに見える土産物が売られている建造物へと向かおうとした手塚の背目掛けて、リョーマは飛びついた。

リョーマの衣服をしとどに濡らしていた水気が、手塚のシャツの背なへと移っていく。
じんわりと広がっていく背後の冷温と重量とに、ゆっくりと手塚は首を捻って振り向いた。
途方もなく呆れた眸で。

「…越前」
「部長、オレ、いいこと考えちゃった」

手塚の遣る瀬無い顔とは裏腹に、リョーマは手塚の背に貼り付いたまま薄く笑った。

「部長に半分、水移せば乾く時間も半分になるよね。こんないい天気なんだもん」
「どうして、それを俺の了承なしに実行するんだ…?」
「だって、アンタ人の話聞かずにそのまま直進しようとするんだもん。それに、訊いてもYesって答えなさそうだし。それなら事後承諾のが簡単でいいじゃん?」

背中の小悪魔は燦々と上空から照る太陽と同じくらい輝々と笑った。























世間一般のデートとやらを体験してみたい。
時にはもの凄く安直にタイトルを考えたい時もあります。長い目で。
18081hitを踏んで下さったの櫂乎さんからリクを頂きました。
遊園地かスケートで、とのことでしたので、遊園地で。
私自身、遊園地て滅多に行かないんですが…人込みが…駄目なもので。ごにょり。
行っても園内にあるジェットコースターを延々乗ってる子です。みやげも碌に買わず。ジェットコースターは大好き。死にそうなぐらい怖いもの程好き。
ぎゃー、とか、あー、とか叫びつつ。
ああいうとこのカッパは高いですよね。おみやげも高いですよね。ありゃ儲かりますよね。

18081hitありがとうございました!
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