coincidence vortex
















リョーマが日本にやってきて、初めて知ったものは多い。
日が明けても明けても雨が降り続けるこの季節を知ったのも日本に来てからだ。

そんな連日降り続く雨をぼんやりと眺めていたら、本日最後の授業のベルが鳴った。
これで部活が無い日も何日目だろうか。帰りには止んでいるかもしれない、と微かな期待も詰め込めれたテニスバッグに机の中のものを幾つか放り込んで教室を出た。

部活が無いことがリョーマを苛立たせる。今のリョーマにとっては、テニスができる手段、という以外にも手塚と約束をしないでも会える唯一の場所という意味の方が随分と面積を増した。

「あっ!おっちびー!」
「お、越前」

外界を埋める雨のカーテンのせいで憂鬱気味に廊下をとぼとぼと歩くリョーマの上から声が降る。
視線を上げれば、階上から菊丸と桃城が下りてきている最中だった。

会いたいのはこの二人組ではなくて手塚一人でいいと言うのに。どういう因果でこうもタイミングが良くないのか。
折角、声をかけてくれた二人には失礼だが、返事はせず、軽く会釈をして通り過ぎようとするも、残り数段を飛び下りた菊丸に首元へと絡み付かれた。

「こらこらー!先輩にこんにちわはどうしたー!?んー?」
「コンニチワ」
「…?なに、どったの。元気ないんでない?おちびったら」

自分が絡む度に決して同じテンションで騒いでくれる様なリョーマでは無いが、どこかしゅんと悄気た気配を目敏く、菊丸は感じ取った。
優れた動体視力宛らに、優れた観察眼を持ち合わせていたせいかもしれない。気配り気遣いは無意識下での菊丸の特技だ。

「別に…普通ですよ」
「んなことないって。絶対元気ない。なんかこう、しゅーんってしてるもん」

リョーマの首に絡み付いたまま、菊丸はうーん、と唸る。
その間に桃城も漸く階段を下りきって、菊丸の隣に並んだ。

「どうしたんスか?」
「んー。なんかさー、おちびが元気ないんだよねー」
「雨のせいじゃないッスか?部活もずっと休みですし」
「んー。それだけじゃ無い気がすんだよね。なんとなくだけど」
「雨の日ってテンションも上がりにくいッスからねー。いっちょ、パーッと気晴らしにゲーセンでも行きません?つか行きましょ。行くしかねーッスよ」
「ま、そだね。パーッとぉ!いっちゃおっか」
「じゃ、俺チャリ出して来ますんで、下駄箱前で集合ってことで!」
「オッケー!」

結局、リョーマの意志は尊重されることなく、強引に寄り道が決定されてしまった。
愈々、げんなりとリョーマの顔色が変わった。







もそもそとやる気なく、靴に履き替えて、1年の昇降口を出る。
まだまだ雨は止むことを覚えず、寧ろ教室を出た時よりも酷くなっている気がした。

知らず、出てしまう溜め息。

「また似合わん真似をしているものだな」

真っ黒の空をぼんやりと見上げていれば、不意に頭をポン、と手を乗せられた。
切望していたその声に勢い良くリョーマが振り返れば、案の定、手塚が立っていた。可笑しそうに口元を僅かに緩めて。

「今帰りか?」
「部長も?」
「ああ。タイミングがいいな、お互い」

先刻まではずれていた様に思えたタイミングが思わぬところでピタリと符号した。

「途中まで、一緒に帰るか?」
「え?」

手塚からの誘いは珍しい。ひょっとすると、ここ数日、想いを馳せていたのは自分だけではなかったのかもしれない。

「ん。一緒にかえ……」

手塚の誘いに乗ろうと頷きかけたところで、そういえば菊丸と桃城と約束していた事を思い出す。
だが、天秤に乗せるにはあまりに重量の差がありすぎた。
言葉につまりかけたのも一瞬のこと。すぐにリョーマはこくりと頷いた。

「ね、部長。オレ、相合傘したい」
「まさか傘を持っていない訳じゃないだろう?朝から降っていたんだぞ?」
「持ってるよ。でもしたいの。恋人としてやれることは全部したい。………それに、折角の雨なんだから」

いいでしょ?
にっこりと微笑んで見上げられて、手塚はやれやれ、と云った様子を見せた。勿論、内心は180度逆。

黒い空に、弾んだ音をさせて手塚の傘が開く。
歌う様に雨が踊るビニール製のアーチの下には、寄せ合わさった二人の少年と、二人で握る傘の柄。









一方その頃。

「英二」
「ん?あーっ!大石っ!大石も今帰りー?」

下履きを引っ掛けたまま、現れた大石目掛けてぴょんぴょんと跳ねていく。
そんな菊丸を笑顔で迎えつつ、大石も下駄箱から自分の靴を履き替える。

「ああ。そうなんだ。折角ばったり会ったし、一緒に帰ろうか」
「うんうん。帰ろ帰ろっ!」

桃城達との約束は一瞬も無く菊丸の脳内ではデリートされ、少しも躊躇うこともせずの二つ返事。

そして次の瞬間には、仲良く傘を並べて帰路につく黄金ペアの姿があった。





計2組、4人全員が正門を潜り終わった頃合い、事態に欠片も気付いていない桃城が自転車を押しつつ昇降口前に到着した。




















coincidence vortex
奇遇の渦。
18781hitを踏んでくださった町田あきこさんへ。
相合傘なリョ塚ちゃんで桃が可哀相な目に。うちのサイトの桃のポジションをよく心得てくださってますv
梅雨はわたしは好きです。雨降ると駆け出したくなります。そわそわいたします。
専門学校時代も雨の日に嬉々として道路に転がりながら写真を撮ったものです…なつかし………。
それはさておいて。

18781hitありがとうございました…っ!!
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