薄片リゾチーム
















手塚との性行為は好きだ。
本能のひとつである性欲を解放する瞬間なのだから、同じ本能である食欲が満たされる感じにも似ている。
けれど、リョーマが好きだという由縁は何も欲望のままに振舞えるだとか、単に気持ちがいいだとか、そういう類のものの他にもあった。

それは、涙。

男という生き物は本来、下肢に何かを受け入れる為の場所も入り口もない。ただ排出を繰り返す機能のみ。
そこへ男女の性行為宜しく、性器を突き立てるのだから、当然、痛覚が反応する。痛覚が反応すれば生理的に涙が出る。これも定石。

中へと侵入する度に零れる手塚の涙が好きだった。






けれど、疑念もある。

「ねえ、ひょっとしてオレって下手?」

ぷちぷちと手塚のシャツのボタンを外しつつ問う目の前のリョーマに手塚は緩く首を傾げた。

「なにがだ?」
「セックス」

端的に一言で返せば一瞬手塚の表情は凍り付いた。ストレートな言葉にはどうしても手塚は慣れきれないでいた。
そんな手塚を敢えて揶揄うこともせず、リョーマは続けた。

「アンタいつも泣くじゃん。痛いんでしょ?それって下手ってことじゃない?」

中腹までボタンホールに潜らせれば当然、胸元の肌が覗く。
長身でありながら必要最低限の筋肉しかつけていない手塚の鎖骨は電気を落とした暗い閨でもくっきりと浮かび上がる。
その中心にあるはっきりとした窪みに口付けを落として甘く噛めば今宵一つ目の淡い朱色の花が咲った。

「痛いことは痛いが…」
「オレ、そこそこ上手いって思ってたのにな…」

ふう、と自分が点けた小さな赤い痕を見詰め、息を吐き出す。
年端もいかない弱冠の少年の台詞とは到底思えない。

「もっと頑張んないといけないのかな?」
「…と、いうか、そんなもの技術を磨きあげたところでどうにかなる問題か?」
「なんとかなるんじゃない?」
「そうなのか?」
「テニスと一緒でしょ。場数」

ほぼ全てボタンの外れたシャツの襟元をぐいと片方引いて、覗いた肩口にまた軽く歯を立てて、強弱をつけて何度か吸う。再度の開花。
ぞわぞわとした言い様のないものが手塚の背筋をじわりと這い上がり始めた。

「場数の為だとか言って浮気したら絞めるぞ」
「しないよ。全部アンタでこなすから」

迫りくるものをリョーマには気付かれまいと気丈に振舞おうとする手塚に付けた肩の一点から首筋への稜線を楽しげにリョーマは舐め伝う。
側面へと辿り着いたら、首の円周に添って項へと。そこを覆い隠す様に掛かる後ろ髪も共に食んで。
そしてまたキスマークをそこに付ける。
耳に程近い箇所で吸い上げる音が淫らに響いて、手塚の背を駈け上ってくるものも加速度を増した。熱が灯ってくる事に耐える様に手塚はきつく両目を瞑った。

じわり、と目の縁が濡れ出す。

項からまた首を横方向に舌を移し、顔の輪郭を上昇。耳朶まで行き着いた辺りで、漸く手塚の口から悩ましげに吐息が漏れた。

出発点とは逆の肩が掴まれ、袖を抜かれると共に後方へと力が掛かり、静かに手塚の身はシーツへと沈んでいった。

「ね、気持ち良くなってきてる?」

耳朶に添わせていた舌を一度離し、鼓膜が音の波だけでなく、剰りの至近距離にその甘美な息遣いさえも感じさせる。
触れるリョーマにも明らかな程に、ぞくぞくと手塚が小さく身震いをさせた。

「言わずもがな、ってやつ、かな…?カラダは正直だね、部長」
「お前、うるさいぞ…!」

薄い涙の膜が覆い始めた双眸で横目に睨まれて、リョーマはくつりと笑った。

不意に、手塚の眼鏡を取り、そう遠くない場所へと置いた。

「また泣き始めてる」

眼鏡を奪って、露呈した睫に小さな滴としてちらつくものに気付き、不可解そうにリョーマは少しだけ眉を顰めた。

「オレ、そんなにきつく噛んでる?たしかにちょっとは歯立ててるけど」
「…越前。なにも痛覚だけで涙が出るわけじゃないだろう。寧ろ、痛覚よりも感情のせいで涙が出ることの方が世の中には多いと思わないか?」
「たとえば?」
「悲しくて泣くだとか、色々あるだろう」
「なに、悲しいとか言いたいの?」

こんなに愛してあげてるのに。
む、と不機嫌そうにリョーマ。

間近に迫るそんなリョーマの顔に手塚は苦笑を堪えきれなくて、少しばかり漂わせる。

「そうじゃない」

ふわり、とこちらに垂れ下がってくる軟質の髪に指を埋める。
リョーマの臍を曲げた様な顔色も失せた。

「感極まっても泣くだろう?多分、今の俺はそれだ」

そのまま首を擡げて、リョーマの頬にキスをひとつ。
あちらも普段より肌が熱い。触れた唇はそう感知した。きっと、リョーマも触れた唇の温度を同じ様に思っているのだろう。

お互い、込み上げてくる熱の上限は知らない。
いつも、限界以上に体温を上昇させて薄い布の上で融点迄達して混ざりあう。
どちらがどちらの熱か判らなくなるまで。

「ふうん?それじゃ、今日も場数をこなさせてもらおうかな」
「精々、努力して、俺を楽しませてみろ」
髪に触れていた指が滑る様に落ちて、首の後ろで絡まる。対にリョーマの指は手塚の顎へとかかって少し押し上げる。
そして上を向いた睫に疎らについた涙を、舌で掬った。




















薄片リゾチーム
まずは、18888hitありがとうございました。ゲッタの小倉さんへ捧げさせて頂きます。ご申告にリク、ありがとうございましたv
(涙な)ぽろりみつこでコトの前な感じで。
ペティーンのシーンは書きつつ想像したら夢に出てきて欲しくなりました。
自分の書いたものに欲情してはいけません。叱咤叱咤。
リョ塚ペッティン本とかどこかにうっかり売ってませんかね?大枚叩いてでも買いますよ。(目が本気)

ちなみにリゾチームとは。
涙の中の成分だそうですよ。涙以外にも白血球とか唾の中にもあるそうな。

18888hitありがとうございましたーっv

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