立ち代わり入れ替わり
ピ
ピ
ピ
ピ
バン!
目覚まし時計の彼は、約束の時間だよ、とけたたましく叫ぶ前に、頭を叩かれ、強制的に沈黙を余儀なくされた。
そんな彼の前で、ゆっくりと顔を上げる、手の主。
何か悪いことをしたどころか、この時間に起こしてくれと言われたからその通りにしただけなのに、親の仇でも見る様な険しい目で睨まれる。
人の親切を何だと思っているのか。
「………あと、5分」
ぽそりとそう呟いて、猫の目を持った少年はまた枕に顔を埋めた。
その隣では、まだすやすやと寝息を立てる、少年の恋人。
ふにゃりとひとつだらしなく鳴いて、寝返りをひとつ打った。
目蓋をふと持ち上げれば、ぼやける視界の中に、俯せて眠る少年。
暫く、その側頭部を何も考えずにぼんやりと眺める。さらさらと流れる猫毛が、向かいの窓から注がれる朝日で、照らされて綺麗に映える。
目を覚ます時間は、身体に染み付いた習慣の時刻なのだから、そのまま身を起こせば良いのだけれど、どうもシーツに溺れたままで隣を眺めてしまう。
まだ、起きないのだろうか。
確か今日は部活も休みの稀な休日で。偶にはどこかに出かけようかと二人で眠る前のベッドで話していた筈なのだけれど、目を覚ましているのは自分のみ。
先に起きて、支度をするのひとつの手だけれど、きっと視線の先の隣人はまだまだ起きないだろう。
その間、一人でぼうっとしているのも退屈の極地だし、相手を起こそうとする事は一筋縄ではいかないだろう事は今迄の経験で知っている。寝穢さでは、右に出る者はいない。
それならば、と、手塚は目蓋をそろりと下ろした。
もう一眠りした頃には相手も起きているだろう。
隣でリョーマが上げる寝息に、手塚のものが重なった。
目を開けば、先程よりもずっと部屋が明るくなっていて、首を捩って振り向いた窓ではカーテンが蜂蜜色で揺れている。
ふと視線を戻し、そのまま隣へと流せば、日々の遅刻を五月蝿く説教する恋人が未だ安眠の直中に居て、珍しいこともあるものだと、暫くリョーマはその横顔を眺めた。
隣で身を起こした気配は、夢の中でも感じているのか、もぞりもぞりと小さく蠢いた。その顔に掛かってしまっている髪をそっと掻き上げれば、擽ったそうに身を捩り、小さく微笑まれた。
確か、久々の完全なこの休日に、何処かへ出かけようと話をしていた昨夜だったけれど、見下ろした先の寝顔が剰りに安らかで、リョーマはまた身体を布団の中へと潜り込ませた。
シングルサイズで、二人で眠るには些か窮屈だけれど、この窮屈さが恋をし合っている二人には丁度良いサイズ。
ぴったりと手塚に寄り添って、小さな布団と体温とを分け合って、リョーマはまた瞳を下ろした。
もう、あと5分。
「…まだ、起きていないのか…?」
再び目蓋を持ち上げた先に、変わらぬ寝姿があって、思わず手塚は起き抜けというのも相俟った視力の低い目を屡叩かせた。
向かいの窓からは、もう随分と明るい空に昇った太陽の光。
囀る鳥の声も、彼方から聞こえてくる。振り返った先の部屋の主がセットしていた筈の目覚まし時計は昼に差し掛かる手前の時間。
自分としても、こんな時間に起床することも珍しい。
ほんのちょっとの惰眠のつもりが、思いの外、長く眠ってしまっていたらしい。
懐で未だ、寝息を立て続ける隣人の寝穢さに釣られてしまったに違いないだろう。
「越前。……越前」
「んー……」
無駄だろうということは大体想像しているけれど、一応、肩を揺さぶって、名を呼び、覚醒を促してみるけれど、相手は寝顔のままで生返事。
手塚はひとつ、溜息を零した。
少し離れた体温を探してなのか、寝相を変えて、手塚が身を起こしたせいで出来てしまった隙間を詰めてくる。
眠りの深そうなその顔は、果たして起きるつもりがあるのかないのか。
ふう、とまた溜息を零しつつ、手塚はリョーマの肩口に片頬を押し当てた。
「出かけるんじゃなかったのか…?折角、外もよく晴れているのに」
勿体無い。
そう零した言葉と共に、手塚はまた目蓋を下ろした。
眠り続けているせいか、ただでさえ高い子供体温が輪を掛けて暖かくなっている。上る太陽で温められた部屋の温度とその温もりとで、折角持ち上げた目蓋を、つい、下ろしてしまった。
折り重なるその態勢で、そのまま、手塚は夢の世界へと。
二人が揃って目を覚ますのは、カーテンがオレンジ色に染め上げられた頃。
立ち代わり入れ替わり
青学テニス部に休みってあるんでしょうかね…。
休みの日の二人を書く度にそう思うんですが………。
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