スパイス
















中学生という身分は、はっきり言って経済能力はゼロだ。
アルバイトは最低でも高校生から。
いくら中学生には見えない外見でもそれは同じ。
ましてや、明から様に中学生、もしくは小学生にすら見間違うような外見ならばそれは一潮。

だから、手塚とリョーマのデートというのは自然と金銭とは無縁のデートになる。
お互いの家、公園、大衆に解放されたテニスコート。
そして、今の様にウィンドウショッピング。

二人の両脇には小綺麗に飾られたショーウィンドウが立ち並ぶ。
此所は都内でも有数のショッピングモール。世間一般が休日の午後、ということもあってそこかしこに親子連れや恋人同士の姿がある。
その中に溶け込むようにしてリョーマと手塚は歩む。

リョーマとしては手塚と外を歩く事は楽しい。
それが晴天だろうが、曇天だろうが雨の日だろうが。要は隣に手塚が居ればいいのだろう。
楽しいのだけれど、こういう時、つまりは屋外に居る時、というのは手塚は微かも触れさせてくれない。手を繋ぐのも御法度だ。
それだけが、リョーマにとっては痛い。

一緒に歩いてるんだから、手ぐらい…

そう思って隣を歩む手塚を見上げるも、彼からは一睨みを食らう。

駄目だと言ったら駄目だ、とその視線が語る。
リョーマは唇を尖らせた。

「お堅いんだから」
「堅いとか堅くないとかじゃなくてだな…」
「あそこのカップルなんて腕組んでるだしさ、オレ達も手ぐらいいいじゃん?」
「人は人、俺は俺だ」

ほんっと堅いっていうか頑固っていうか…。ぶつぶつとリョーマは口内で呟いた。
もうショッピングモールも終点に近い。

「おい越前」

次はどこに行こうか、と拗ねる頭の隅で考えていたリョーマの足を手塚のその一言が止める。

「なに…ぅわっ」

振り向いた途端、何かを吹き付けられた。
目の前の手塚は悪戯が成功したのが楽しいのかくすりと小さく笑った。

「え…ちょ、なに?」

何を吹きかけられたのかとリョーマが自身の身をキョロキョロと確認する。
けれど身に付けている制服に特に染みなどはない。
はてな、とリョーマが不思議がっているところへ手塚はまだ少し笑いを噛み切れないまま、小瓶をリョーマの眼前に晒した。

「香水?」

見れば手塚の後ろにはデザインが凝られた瓶がショーケースに陳列されていた。
手塚が持っている瓶はそれのテスター用らしかった。

「ビックリするじゃん」
「すまんすまん。まさかそんなに驚くとは思わなかったな」

ああ楽しかった、とでも言わんばかりの御満悦の顔で手塚はテスターの瓶をショーケースに戻した。
その手塚の手をリョーマの腕が追う。

「ふーん、『ちょっと甘めのシトラススパイシー』、ね」

小瓶に添付されている香りの説明の部分にリョーマは目を落とす。

「『古典といわれる本物の良さが分かる正当派都会派の香り』…これなんかアンタにいいんじゃない?」
「俺は香水は付けないぞ」
「でもあのシューッてするやつはするじゃん」
「制汗剤と香水は違うだろう」
「どっちも匂いはするじゃん」

それとこれとは話が違うんじゃないのか、と手塚が思っている間にもリョーマはまた違う小瓶を取る。

「『大人の魅力と少女のかわいらしさが共存する香り』…ああ、これはダメ」
「おい…?」
「『セミオリエンタルフローラルのスパイスが効いた香り。』んー、これなんかどうかなあ…」
「越前…?」

至極真面目な顔をして取っ替え引っ替え香水の瓶を手に取るリョーマに手塚は困惑気味に声をかけた。

「なに?」

くるりとリョーマが振り向く。

「何を選んでるんだ?」
「何って、アンタに似合いそうなやつ?」
「…何を基準に…」
「スパイシーなやつ」

そしてリョーマはまた違う瓶を手に取る。今度は琥珀色のやや大振りな瓶。

「甘い香りよりもそっちの方が似合いそうか?」

手塚自身もそんな甘ったるい香りが自分に似合うなどとは思わないけれど。
小難しい顔をして能書きに目を通したリョーマは瓶をショーケースに戻す。

「え、だって、アンタってただでも甘いから」
「は?」
「これ以上甘くなられたらオレさすがに虫歯できちゃうかなーって」

にっこりと笑ってみせるリョーマの肩に、手塚は恐る恐る手をおいた。
脱力感がこの身に襲いかかるのはこれまでの経験からの反射だったと思われる。

こういう顔をした時のリョーマは大抵くだらない事を考えている。

「どういう、意味、だ?」
「どういうって…」

刹那、リョーマの肩に置いた手を素早く引かれて手塚は態勢を崩した。
倒れかかる手塚の隙を縫ってリョーマは一瞬だけその頬にキスを施した。

「アンタってどこもかしこも甘い味がするからね。そのまんまの意味だけど?」

崩れて来た手塚の体をその腕で受け止めながらリョーマはそう手塚に囁く。
その瞬間に半ば呆けていた手塚は勢い良く身を起こした。

怒りからなのか、照れからなのか、眉間に皺を大いに寄せて。

そんな手塚の様子にリョーマはくすりと笑って、また瓶を一つ取った。
















スパイス。
スパイシーパヒューム。
手塚さんはお砂糖でできてるみたいです。(越前さん談

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