好きな季節
















まだ宵というには浅い時間、一年の終わりという季節柄、玄くなった空からふわりと粉雪が舞った。
強さなど微塵も持たない粉雪は手塚のコートの肩先で消えるようにして溶けた。

「どうしたの?」

繋がれた左手がクンと少しの力で引っ張られる。
その指先の向こうには急に足を止めた手塚を不思議そうに振仰ぐリョーマの瞳が二つ。

「いやに寒いと思ったら雪が…」
「ああ、今日の晩から降るってテレビが言ってた。そういえば」

じゃあこれからもっと雪が降り注ぐのだろうか。
肩に触れただけで溶けた粉雪から大雪へと姿を変えるのだろうか。

無意識に、手塚の頬は満足そうに綻んだ。
そんな手塚にリョーマの瞳は先刻色付き始めた怪訝の色が深くなる。

「早く帰ろ?寒くなって来るよ」

すでに随分と辺りは冷えてきているのだろう。リョーマの言葉は白い息になってふわりと浮かんだ。
それに手塚の頬を擦り抜けていく弱い風も切れそうな程に冷たい。

手塚は何とは無しに桔梗よりもぐっと深い濃紺の空を見上げた。
残る青みは幽か過ぎて、漆黒と表現しても異論を唱える者はいないだろう。
そんな夜空の奥から白い点が疎らに降りてくる。

クン、ともう一度眼下で手を引かれた。
余程寒いらしい。リョーマはマフラーを口元まで覆い直して、帰りを促すべく手塚の手を忙しなく引いた。

そんなリョーマの手を手塚は逆に柔らかく握り返した。
リョーマの瞳が2、3度瞬かれた。

「部長?」
「もう少し…いいか?此処に居ても」
「…もう少し、っていつまで?」

熱を求める様にリョーマも手塚の手を握る。

「そうだな…雪がもう少し勢いを増すまで」
「このまま止んじゃったらどうするの?」
「では、止むまで待とうか」
「…。…雪の勢い強くなるのが日付けが変わるぐらいだったらどうするの?」
「夜の終わりまでお前と居られるからいいだろう?」

今、目の前に居る悪戯気味に笑う手塚をリョーマはこの1年間で何度も見た。
一瞬だけ年相応に子供っぽくなるその瞬間もリョーマの好きな手塚の顔の一つだった。
そんな顔を可愛いね、としか言葉で表せない自分の幼さに歯痒く思う瞬間でもある。

けれど、その一言で十分だとも思っているのも事実で、今のところそれ以外に告げる気も、告げられるボキャブラリーもリョーマの中には無い。

「二人して風邪引くのもいいかもね」
「俺はごめんだな。迂闊に風邪を引くような体の作り方はしていないつもりだ」
「オレの方こそ」

ニッとリョーマは口角を擡げ、それに釣られる様に手塚も微笑んだ。

「それなら、暫く此処に居てもいいだろう?少しだけだ」

そうして手塚の視線はまた夜空が奪った。
若干量を増したパウダースノーとミッドナイトブルーの夜空。

その人の眸の先を奪い返したくて、リョーマは手塚の手を引いた。
思惑通りに、攫われた視線はこちらに帰ってきた。

「アンタは冬が好きなの?」
「…好き、なんだろうな」
「なんで?」
「そうだな…。…寒いから、だろうか」

妙に手塚にしては歯切れの悪い回答だ。
リョーマは小さく首を傾げた。

不思議な事があるとこうするのは元は手塚の癖だ。出会ったこのほぼ1年という月日でリョーマにもその癖がすっかり伝染ってしまったらしい。
リョーマも今では無意識でそれをしている。

「寒い方が嫌じゃない?」
「そうか?寒くてもテニスはできるしな。雪中の釣りや登山は少し辛いが別に嫌ではないぞ?」
「まあ、冬はこうして……」

リョーマは繋いだ手を軸にくるりと内側に回って、手塚にぎゅうと抱きついた。

「くっついてられるから絶対に嫌だとはオレも言わないけどね」
「冬だからと言って必要以上にくっついてくるんじゃない…」

猫が飼い主にじゃれるように手塚の胸に頬を寄せるリョーマの額を手塚は薄紅にすっかり染まった顔で小突いた。
「お前は…」
「ん?」
「どの季節が好きだ?」

手塚に問われて、リョーマの頭の裡で四季が巡る。
けれど、それはこの1年に足らない間の記憶。決してひとつひとつ明瞭ではない。
寧ろ四季よりもその季節を共に過ごした手塚の方が記憶としては色濃い。

日本という小さな島国は四季が世界の中でもコントラストが強い。
それに比べ、リョーマが13という短いながらもこれまでの人生を過ごしたのは季節の差がフラットなロサンゼルス。

「…わかんない」
「え?」
「ほら、オレってロスで暮らしてたからどれが一番いいかって決められるぐらいに春夏秋冬過ごしてないから」
「ああ、そうか…」

そうだったな、と思い出した様に手塚は一人ごちた。

「まだこれから何回も春も夏も秋も冬も過ごすんだから、これからどれが一番好きか決めるよ。とりあえず、あんまり梅雨は好きになれないかも。湿っぽくて」
「あれは慣れていても参る時があるな」

けれど、そんな梅雨も手塚はきっと好きなのだろう。そういう顔をしている様にリョーマには見えた。
早くこの人と同じくらいに季節というものを感じられるようになりたいと不意に感じた。

「アンタと一緒にこれからも過ごして、それから決める。きっと、オレが気に入るのはアンタが特別な顔してる季節だよ」

手塚の些細な表情も読める様になったリョーマでさえもまだ気付いていない手塚の特別な顔。
そんな顔をしている手塚がいる季節がきっと好きになる。
妙な確信がある。

そして、今以上に特別な顔が見られるまで、見た後からもずっと傍に居たいとリョーマは思った。
それを今、言葉にしないのは寒さのせいで唇が動きにくいせいではないだろう。きっともっと別の理由で言葉にはしない。

まだ。

リョーマにもその理由が解らないけれど、いつか解れば今は別に解らなくても構わなかった。


雪は二人が気付かない程度に降り注ぐスピードを上げた。




















好きな季節。
手塚が好きな季節は冬に一票。
寧ろ、手塚には冬が似合うよね、と同意を求めたい所存です。
古来から日本の冬のイメージカラーは玄、つまり黒なのだそうですよ。
黒の似合う男、手塚国光。
えちは何色纏ってても最強にモエっす。(盲目)
蛇足ですがわたしも冬が好きです。夏は汗が気持ち悪くて耐えられないデス。
新陳代謝が良過ぎだろ、この体はよう…。めそめそ。泣きたいぐらいに発汗しやすいです。

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