ジュエル
















落ちていた意識が浮上して、手塚は大様に目蓋を持ち上げた。
視界が次第に開けていくに従って他の五感も意識を醒ます。

視覚が捉えるのは夜に支配されて行こうとする茜空。
触覚は背に触れる堅いコンクリートを感じ、聴覚は風が通り抜けていく音を微かに感じ取った。

そこで手塚は漸く自分が屋外にいたことを思い出す。
自分が意識を手放すまでの記憶も。

身を起こすべく身じろぎした頬に何かが触れた。自分の左側から。

「おはよ」

越前リョーマ。
リョーマの左手が手塚の頬に触れていた。

元はと言えば、手塚が今こうしてこの場に居るのは目の前のこの後輩のせいだった。

寝起きで判然としない手塚の脳内で今までの記憶が駆け抜ける。





その日の部活を終えて、日課の部誌も書き終えて、手塚がさあ帰ろうかという時になって向かいで手塚の作業が終了するのを待ちながら椅子に腰掛けていたリョーマが唐突に口を開いた。

『忘れ物をしてきた』
と。
自分を待ってる間に取ってくれば良かったのに、と思いつつも手塚は部室から校舎へと向かうリョーマに追いていった。
リョーマに駄々をこねられて半強制的に。

しかし、校舎に辿り着いたリョーマが向かった先は自身のクラスでは無く、屋上だった。
生徒全員が帰宅して、校舎は無人だったせいでいいように手塚はリョーマに手を繋ぐ、という形で拘束され、結局共に屋上まで来てしまった。

初夏という季節柄、屋上から見える空はその時はまだ随分と明るかった。
今、手塚の目の前で消えて行こうとする橙色がまだ青色の空に忍び寄ってきた程度だった。

そして屋上に辿り着いたリョーマは給水塔の梯子を上り出した。
どこに何を忘れて来たのか、手塚が幾ら訪ねても口を開かないリョーマに首を傾げつつ梯子の手前でぼんやりと見上げていれば、ひょっこりとリョーマが顔を覗かせて手招いた。
こっちに来て、と。

愈々、手塚の中で謎は混迷の兆しを見せたが、大人しくリョーマの指示に従って手塚は梯子を上り出した。

手塚が頂上まで辿り着いた瞬間に、リョーマに腕を引かれた。
それは剰りに突然の事過ぎて、手塚は容易に給水タンクが建つコンクリートの床に仰向けに転んだ。

越前?
怪訝そうにリョーマにかけようとした唇はリョーマ自身によって塞がれた。
何が何だかわからないままに、手塚は波に呑まれた。

そうして一通り情交を終えて、若しくは終えさせられて、手塚は今此所で目を覚ました、という案配になる訳である。



手塚は自分の隣で頬杖を突きながら微笑むリョーマをじろりと睨んだ。

「何がどういう訳でこんな所で俺が犯されたのか理由を聞こうか、越前」
「あれ?怒ってる?部長ってば」

理由も説明もされずに突然そんなことをされれば怒るのも道理だろうに、リョーマは相変わらずにこにこと笑っている。

「忘れ物、したって言ったでしょ?コレ、のこと」

そう言ってリョーマは自身の学生服のズボンのポケットからプラスチックでできた小さな容器と中身が無く口の開けられた正方形のナイロンを取り出した。

リョーマが取り出したものがぼやけて見えて、そこで手塚は自分が眼鏡をかけていないことに気がついた。
そして、メガネだけではなく、自分が一糸纏わぬ姿のまま身を起こしている事にも気が付いた。
覚醒するまでの行為が行為だけに纏っていなくて当然なのだろうけれど。

慌てて手塚は膝を突き合わせ、辺りを見回した。
幸いにも眼鏡はすぐ傍に無事な形で見つかり、衣服も先刻まで自分が背を預けていた場所にあった。

手塚の慌てぶりが可笑しかったのか、リョーマは口許を押さえながらくすくすと笑っている。 そんなリョーマを視線の端で睨み付けながらも、眼鏡をかけ、とりあえずシャツを羽織って、手塚は漸くリョーマが突き付けてきた物に焦点を合わした。

しかし、その直後にきちんと見たりなど、しなければ良かった、と手塚は後悔の念に襲われることとなる。

リョーマの突き付ける物体の正体を知った手塚が顔全体を赤くするのにまたリョーマは笑い乍らも、またそれらをポケットにしまった。

「ローション、とゴム。必要でしょ?」
「…それを、どうして此所に忘れるんだ…!」

『忘れた』ということは一度この場所にそれを持って訪れた、ということだ。
手塚の脳裏を一つの疑惑が通り過ぎる。

「まさか、お前、別の人間とここで…?」

考えたくもないことを恐る恐る口に出した手塚にリョーマはまだ笑みの引かない顔を横に振った。

「違う違う。ゴムもローションも未開封だったってば。第一、オレ部長にしか興味ないから」

他の人間とするなんて考えられない。
そのリョーマの言葉に手塚は内心胸を撫で下ろした。

しかしその内心での感情ですら、リョーマにはお見通しなのか、それとも気付かぬうちに顔に出ていたのか、先ほどまでの笑みとは違う揶揄するような笑みでリョーマは口端を吊り上げた。

「ひょっとして、ヤキモチ妬いてくれた?」
「…誰がするか、馬鹿者」

ぷいと視線を逸らせた手塚の顔の色がリョーマの言葉を暗に肯定していた。
火照った様に赤い、紅い顔。

「かわいい、そういう顔」
「…どういう顔だ…何にしても、一度此所に来たのだろう?わざわざそれを置きに」

わざわざ。
そうとしか考えられない。
使用用途は一つしか無いものなのだ。
何にも使っていない、封すら開けていない、というならばそれを置き忘れたというのは剰りにも無理がある。

手塚が問えば、リョーマはあっさりと頷いた。

「昼にね、寝に来たのココに。その時に置いて行ったの」
「ほらみろ、どこが『忘れた』だ。嘘吐きめ」
「嘘も方便、て言うでしょ。そうしないとアンタ着いて来てくれそうになかったし」

強制的に連れて来た癖によく言う。
手塚はまたリョーマを睨んだ。

「今日はよくアンタに睨まれる日だね。その顔も好きなんだけど」

そう言ってにっこりと満面の笑みで笑うから、手塚はもうどういう顔をしたらいいのか正直困惑した。

「でも、これを置いてったのはただの時間つぶしの為だよ。時間は有効に使わないとね」
「え?」
「本当の目的はね、」

そう言ってリョーマは手塚の向こう側を指差した。
手塚の視線もリョーマの指先を追って、自分の後方へと向かう。

その先には暮れて来た宵闇に浮かぶ様に家やビルの灯りが点々と散らばっていた。
オレンジ色の光。
赤や青の光。
真っ直ぐにプラチナに光る色もある。

「これをね、アンタに見せたくて」

目の前の光景に手塚が気を取られているうちにリョーマは手塚を背後から抱き込んだ。
触れて来た体温を背中に感じながらも、手塚は振り返りはしなかった。
ただ只管に目の前の光の粒達に目を奪われていた。

「宝石みたいでしょ、一個一個が。昼にここから見て、夜になったら綺麗だろうなって思ってさ」

リョーマは静かに手塚に回した腕に力を込めて、耳元へと囁いた。

「都会の夜はこういうとこが好きかな、綺麗で。ね、どう?気に入ってもらえた?」
「…ああ、綺麗だな。本当に…」

この都会で生まれて住み続けてきた手塚にとってはそれはある種新鮮なものであった。
普段、あの宝石達の中に埋没しながら見慣れているだけに、こうした違う視点から改めて見るとその思いもまた一潮だ。

一陣の風が不意に吹く。
羽織っているだけの手塚のシャツがそれにたなびいた。

「寒くない?」
「大丈夫だ。お前が、居るからな」

首だけを翻して手塚がリョーマを振り返る。
その顔はどこか満足そうに笑っていた。
リョーマも呼応するように微笑む。

そのリョーマの頬に手塚はキスを一つ落とした。
リョーマが突然のその行為にぱちくりと目を丸めていると手塚は苦笑した。

「少し、方法は強引だったが…越前、ありがとう」

ふわり、と笑う手塚にリョーマの心臓は高鳴った。
こんな顔を見せてくれるならまた違う場所でこの宝石を見せてあげるのもいいかもしれない。

リョーマは赤くなった顔を手塚の肩に伏せ乍ら、そんな事を思った。






















ジュエル。
夜景。君の瞳は百万ボルト。(意味解りませんが?)
というか、越前さん、何も言わずにみつこをアンアン言わせるのは強姦に近いので自粛してください…。
結局手塚が事後承諾つうか、事中承諾?してるのでいいんですけど…ごにょごにょ。
取り敢えず、早く服着ないと2回戦行かされるぞ、みつこ。
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