星月夜
手塚はリョーマと知り合って、恋仲になって、知らないことを幾つも覚えた。
今、こうして夜中に家を抜け出す事も覚えた。
抜け出す、というのは語弊があるかもしれない。飽く迄も手塚は家に断りを入れてから出てきている。
但し、母からは外出は1時間だけ、と言われているけれど。
星が輝き過ぎる今夜も、残り10分を迎えながら、手塚はリョーマの隣に腰掛けていた。
会話は、ない。一言だとて。
どちらも寡黙なイメージがあるが話し出せば意外と話は弾む二人だ。
しかし、裏を返せば、どちらかが話し出さない限り話は弾まない。
リョーマは何も言わずに空を見上げている。
そんなリョーマを感じつつ、手塚は瞼を落としていた。
辺りは満月の晩の様に明るい。けれど空には満月は無い。
新月なのか、雲に隠れているだけなのかは判らない。
天空から今、この場を照らしているのは星の光のみなのだ。
そうとは思えない程に明るい。
こんな言葉がある。
星月夜。
星の光で、月夜のように明るいと感じられる夜の事。
今夜は正しく、星月夜だった。
いつもは夜中でも明るい都心の華々しいネオンのせいで星なんてまるで見えないけれど、今日に限って何故か星の光は人工の光を凌駕していた。
そんな星の光が降る夜に、リョーマは手塚を呼び出した。
手塚が家を抜け出すのは決まってリョーマが呼び出しがかかってからだ。
子供なりの精いっぱいの夜の逢瀬。
不意に、手塚の腕時計が短く機械音を立てた。
さながらシンデレラの帰りを告げる鐘の音。あまりに無機質でムードの欠片も無い音だけれど。
「1時間、だ」
手塚は眸を開いた。リョーマも空から視線を腰を上げた手塚へと移す。
「もう帰るの?」
「母との約束だからな」
「そう…」
どこか寂しそうにリョーマは俯く。
その動きと同調して髪がさらりと耳の傍を通った。
くしゃり、と髪をいきなり、だけど優しく掴まれた。
リョーマが顔を上げれば、そこには困った様に笑う手塚。きっとその口許からはいつもの様に呆れに染まった溜息が零れてくる。
そして手塚はやはり溜息を吐いた。
予想はしていたのだけれど、剰りに想像通り過ぎてリョーマはくすりと笑った。
「なんだ」
リョーマが笑ったのを見咎める様に手塚の眦が心持ち吊り上がる。
否、星の光で明るいと言っても昼間程の明るさはないから判然とはしないのだけれど、ひょっとするとその頬は淡く色付いているのかもしれない。
自分の髪に絡まる指のその先にある手塚の手首をリョーマは掴んだ。
「セックスしたい。アンタと」
突然の発言に手塚が二の句を告げずに硬直しているうちに、リョーマは手首を引き寄せて降って来た手塚の唇を攫った。
深く追う事はせず、1秒もせぬ一瞬の間に手塚を手首ごと解放する。
解放されても放心しているのか、腰を折り曲げたままの姿勢で手塚は止まっていた。
「星が明る過ぎるからだよ」
にっこりと笑ってみせてから、勢いを付けてリョーマも腰を上げた。
ざわりと大気が揺れた瞬間に、手塚も意識を取り戻す。
「…お前、それは理由にならんぞ」
「へえ。じゃあどういう理由ならいいの?ちゃんとした理由があれば、いいんだ?」
「いや、そういう事ではなくてだな…もっと、なんて言うんだ、こう…」
ごにょごにょごにょ。
結局手塚の語尾は言葉になる前に濁った。
「帰ろ?ちゃんと時間通り帰らないと、次、家出して貰えなくなっちゃうデショ?」
一足早くリョーマは踵を返していて、後方でまだ何やら呟いている手塚に振り返って掌を差し伸ばした。
釈然としないまま、手塚はその手を取る。
隣に並んだ瞬間、リョーマが見上げてきた。
「オレ、部長が好きだよ」
笑うその顔は星に照らし出されて眸も膚も星の色に染まっていた。
星月夜。
どこにいるんだ、お前たち。
そして何が書きたいのかわたし。短いよわたし。
星が明る過ぎるからだよ、とだけ言わせたかったんです…
書き始めではお初体験の誘い文句にするつもりだったんです…
まだ清い関係の設定で書き始めた筈なんです…めそめそ。
星月夜は秋の季語。
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