7days
















ここ最近のリョーマの口癖はこれだ。

「愛が足りない!」

その口癖は決まって手塚に向かって飛ばされる。
きりりと眦を吊り上げて憤った顔で。

手塚としては、手塚なりにリョーマに対して愛情を注いでいるつもりだし、はっきり言って難癖を付けられているような気分だ。

リョーマのあの台詞を思い出して、無意識に溜め息が零れた。

「おや?手塚、悩み事かい?」

いつの間にそこに居たのか。手塚が視線を上げるとノート片手の乾が立っていた。

「悩み事…?……。そうか、これは悩み事なのか」
「自覚が無いっていうのは厄介だね。俺でいいなら相談にのるけど?」
「いや、いい」

思わず手塚は友からの折角の申し出を即答で断った。
悩み事の内容が内容だけに、安易に人には相談はできなかったからだ。

恋人から「愛が足りない」と言われるんだがどうしたらいいか。
そんなもの、第三者からすればただのノロケにしか聞こえないだろう。

目の前の人物ならば悩みを打ち明けた瞬間にその手に持ったノートをぱたぱたと扇いでみせながらきっとこう言う。

「お熱いことで。結構じゃないか。何か不満が?」

所詮この悩みは自分でしか解決できないのだ。
特にこの目の前の人物と、いつも温厚そうに微笑んでいる友人には打ち明けられそうにもない。

手塚からきっぱりと拒否を受けたにも関わらず、乾は揶揄するように唇を笑いの形に歪め、片眉を上げてみせた。

「即答とは。悩み事が越前に関する確率、97%」
「…残りの3%は?」
「否定しなかったね。どうやらデータ通りだったと見た」
「おい、残りの3%は…」
「手塚もね、偶には俺に倣ってデータでも取ってみたら?意外とそれで真実が見えてくるかもしれないよ」
「だから、残りの3%は…」
「それじゃあね、手塚」

残りの3%は何なんだ。
その手塚の疑問には触れることなく、乾は踵を返した。

去っていく乾の背中を見送り乍ら、手塚の頭は乾の言葉を反芻した。

『データでも取ってみたら?』
『真実が見えてくるかもしれないよ』

乾の予測通りのこの悩みの真実も、よもや…?

その瞬間、妙案が頭を擡げた。







「アンタってば愛が足りない!」

乾から教授されたことを実践し出して7日目、リョーマはまた手塚にそう言った。
やはり怒った表情で。
眉尻まで今日はピンと吊り上げて。

いつもならここで手塚は呆れて溜息のひとつでもついてみせる。
しかし、今日は違った。

徐に学生服のポケットを探り、一枚の紙片を取り出してリョーマに突き付けた。

突然のその行動に、一瞬リョーマは何事だろうかと怒った顔色を残しつつも不審そうにその紙を受け取った。
紙面には手塚らしい几帳面で丁寧な文字で今日までの1週間の日付けが書いてある。

「なに?これ」
「お前がしょっちゅう俺はお前に対して愛が足りない、と主張するからな、その主張を退ける為のデータだ」
「ふうん、どっかの電柱の人みたいな事するね、部長も。どれどれ…」

その電柱と自分とは5センチしか身長は違わない。そうすると自分も電柱の範疇に入っているのだろうか。
ちょっと切ない。

しかし、気を取り直して。きちんと気丈な素振りで。

手塚は紙を手に神妙な顔で文字を追うリョーマを見下ろした。

「いいか、お前は俺に愛が足りない、と言うが、この1週間、きちんとお前に応えてやっているだろうが」

一日目はリョーマの駄々を受け入れて、普段バスで帰るところを徒歩で分岐点まで共に下校。
二日目は朝練の終わりで他に人がいなくなった部室でいきなりキスを仕掛けられて、それに従ってやった。
三日目は昼休みに昼寝がしたいとリョーマが言うから生徒会室を貸してやって、しかもねだられた膝枕までしてやった。
四日目は土曜ということもあって、部活終わりの夕方からデートをしてそのまま越前家に宿泊。勿論、夜は甘い一時を過ごした。
五日目は昨夜のツケがたたって昼まで手塚は起き上がれず、その間リョーマに良い様にさせてやった。決して2回戦、という訳ではなくて。猫がじゃれる程度のものだ。
六日目は突然手が繋ぎたいというから繋いでやった。
そして七日目、昼食を共に摂っている最中に食べさせろというから、若干の文句を零し乍らも結局はリョーマの口に飯を運んでやった。

「これでも尚、お前は愛が足りないっていうのか?」

否、足りている筈だ。
その証拠を眼前に晒されて、ぐうの音も出ないだろう。

手塚が微かばかりの優越感に浸っていると、予想に反してリョーマはにやりと笑い乍ら手のひらの中の字面から顔を上げた。

「ねえ、これその日に書いてたの?」
「ああ、そうだが?」
「ふうん」

リョーマの笑みが濃くなる。
質の宜しくない、満悦しているような、そんな笑顔。

一筋、手塚の背を冷や汗が流れた。

「それってつまり、一日の終わりにオレの事思い出しててくれたってことだよね?」
「…え?」
「オレと一緒に帰ったこととか、手を繋いだこととか、一個一個、その瞬間を思い出し乍らその時のオレを思い出してたんだよね?」

更ににやりとリョーマ。
自分の墓穴に気付いてまた冷や汗が背を伝う手塚。

「いや、それは…」
「オレとキスした時どう感じたとか、思い出してたんだよね?」
「いや、だから…」
「ねえ、オレとのキスどうだった?今、実地で思い出す?」

腕が伸びて手塚の胸倉を緩く掴んだ。リョーマの指から派生するように幾多もの柔らかい皺ができる。

「ちょっと待……っん」

抑制の言葉は最後まで告げられることなく、リョーマに奪われた。
それは一度だけ角度を変えて触れてから、離れていった。

「愛、ちょっと足りてるかもしれないね。ちゃんと愛してるんだぞ、ってアンタから主張してくれるなんてね」

手塚から受け取ったままだった七日分の文字の書かれた紙をリョーマはポケットにしまった。
途端にポケットがずっしりと重みを増した気がした。




















7days。
手塚初体験。(註:データ集め)
リョマのぽっけは手塚からの愛の重みで今にも破れんばかりです。
そしてそのまま手塚の愛も手塚自身もポケットに詰め込んで、越前さんたらお持ち帰りの予感。(笑)(笑っとこう)
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