恋文
















Love me tender,
love me sweet,
never let me go.
You have made my life complete,
and I love you so.

Love me tender,
love me true,
all my dreams fulfilled.
For my darlin' I love you,
and I always will.

Love me tender,
love me long,
take me to your heart.
For it's there that I belong,
and we'll never part.



ドアの向こうからハミングが聞こえてきて、手塚は笑いを噛殺しつつ、静かに部室のドアを開いた。 この声の主には大いに心当たりがある。むしろ確信がある。

「 Love me tender,
love me dear,
tell me you are mine.
I'll be yours through all the years,
till the end of time.

When at last my dreams come true
Darling this I know
Happiness will follow you
Everywhere you go」

相手はこちらに背を向けて、安易なパイプイスに腰掛け足は机の上に投げ出して、唄の続きを歌った。
ドアが開いたことになぞ、少しも気付いていないらしい。

相手が歌い終わるまでドアを開け放したままで手塚は待ち、終わったその瞬間にドアを閉めた。
パタン、とつい鳴ったその音で椅子の上の歌い手はこちらを振り返った。

柳が風に弄ばれる様にふわりと眸にかかるまでの彼の前髪が揺れた。

「いやにご機嫌だな、越前」
「アンタがなかなか帰ってこないから苛立ってたんだけど」
「そうは聞こえなかったがな。上機嫌に鼻歌なんて歌って」

くすり、と悪戯っぽく笑ってみせる手塚にリョーマはバツが悪そうに髪をくしゃくしゃと掻いた。
どうやら聞こえていたとは思っていなかったらしい。

「どっからどこまで聞いてたの」
「頭から最後まで、だな」
「……性悪…」

ぼそりとリョーマが呟く。
手塚はゆっくりと歩いてリョーマの隣に腰掛けた。

「しかし、お前選曲が渋くないか?たしか中1だっただろう、お前の年は」
「フッて沸いてきたんだからしょうがないでしょ。名曲に年は関係ないって」
「それにしてもプレスリーとはな…」
「鼻歌で曲名が判るアンタこそホントに中3?」

反撃、とばかりにリョーマが不敵に微笑めば、手塚は『名曲に年は関係ない』とリョーマの台詞をそのまま返した。



「ねえ、歌ってさ、誰かへのラブレターみたいだよね」

不意にリョーマがそう切り出す。
どうやら何か言いたいらしい、と気付いた手塚は大人しくリョーマの話の切り出しに鷹揚に頷いて先を促した。

本当はもう決められた下校時刻が迫っているせいでさっさと此処を後にしなければならないのだが。

「ラブソングにしろ何の歌にしろ、必ず相手がいること前提の歌が多いじゃない」
「そうだな」

あなただとか君だとか、表現の方法は様々ではあるにしろ歌というものはメッセージ性を多分に含んでいる。
最近の流行曲に疎い手塚でもそれぐらいの概念は判る。

リョーマは話の先を続けた。

「歌ってる人もさ、きっと伝えたい誰かがいると思うんだよね。オレがアンタに色々伝えたいみたいにさ」
「そこで俺が引き合いに出されるのか…」
「オレが気持ち伝えたいのはアンタだけだもん」

当然でしょ。
勿論、手塚に於いてもその辺りは同感だが、それを言えばリョーマが助長するのを知っているからこそ、敢えて黙った。

その沈黙が同意の現れだということをリョーマも承知しているのだけれど。

「でもさ、オレがアンタに伝える言葉も、もう使い古された言葉なんだよね、きっとね。今の歌もそう。もう世の中にある言葉は全部使い古しなんだよ」
「現在にはまったく新しい言葉はないと…?」

手塚の問いにリョーマは、そう。と一つ頷いた。

しかし、リョーマが言う様にリョーマが伝えてきた言葉は手塚にとっては常に新鮮な言葉であったし、使い古された、という気はしない。
けれど、自分にとっては新しい言葉のつもりでも、この広い世界のどこかでは既に誰かが言った言葉であったり、知らない歌では歌われているのかもしれない。
世界の全てを知らない手塚には自分の言葉の新古なんてさっぱり判らない。

自分からリョーマへの言葉達も使い古し、と言われたようで少し手塚は苛立った。
そんな手塚の胸中を肌で感じて、リョーマは宥める様に小さく笑って手塚の頬にキスを一つお見舞いした。

「いいんだよ、オレの言葉も、アンタの言葉も使い古しで」

触れられた頬に掌を当てる手塚の顔はすっかり朱で染まっていた。
まだまだ初心な恋人の反応はリョーマを満足させるには十分だった。思わずリョーマの笑いの度は高くなる。

「だからね、もう使い古された言葉なら、世界中の言葉をアンタに全部あげるよ。遥か昔からある言葉も最近できた言葉も」
「全て、か?」
「うん、全部。アンタ強欲だから、全部じゃないと気が済まないでしょ?」
「誰が強欲だ、誰が」

強欲というなら手塚の隣にいる人物の方がぴったりだと思う手塚である。
むしろ世界中の言葉を欲しがっているのはコイツじゃないだろうかとすら思う。

「オレに関しては強欲、でしょ?普段は慎ましい、みたいな顔してさ」
「お前に関して…? ……」
無言のままにまた紅潮する手塚を見ているだけでリョーマは愉しくなった。
判り易いなあ、なんてこの無表情で判り難いという定評の人物に対して思う。

「ま、何にしても、オレが世界中の言葉をアンタに伝えるまでは死なないでよ?」
「…。世界中の言葉を言い切るには永い時間がかかるだろうがな。承知の上か?」
「当たり前。それだけ永い時間一緒にいようね、って意味。オレが何も言えなくなったらオレもアンタもいい具合のジイさんになってるだろうし」
「どれだけ永くいるつもりなんだ、お前は」

ふう、と呆れたような溜息。
けれどその顔はどこか嬉しそうにふわりと微笑んでいて。

「オレの言葉は全部アンタへのラブレターだから。時々、返事も頂戴ね」





















恋文。
冒頭のはプレスリーのラブミーテンダー。
ラブソングというとこれが真っ先に出てくるあたり、わたしも年齢詐称の疑惑が…。

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