それから
















初めての夜は、一足早い熱帯夜だった。
オレの下で跳ねるあの人の躯の熱に触れて、オレは溶けた。

それは熱い、あつい夜だった。








もぞりと一つ身動きをして、リョーマはベッドから起き上がった。

まだ眠りから目覚めて浮遊感を覚える体を持て余しつつ、滲む視界をごしごしと擦った。
その甲斐あってか、先ほどよりも視界がすっきりした気がする。

外は燃えるようなオレンジ、目の前の時計は4の数字。
朝焼け。
リョーマは初めはそう思った。

しかし、明らかにおかしい。
立ち並ぶ屋根屋根の向こうに見える太陽がゆっくりとではあるが下降している。

「…え、まさか…っ」

リョーマの記憶が確かならば、今日は日曜日で、部活が朝から午後4時までの一日練習だった筈だ。
昨日に部長である人物から直に聞いているのだ。情報は間違いない。
そして、部長である手塚はリョーマの大切に想う人なのだからその人の言葉を忘れようとも忘れられる筈などないのだ。

まずい。

時計の針を何度確認しても4時は過ぎている。
遅刻の範疇ではない。無断欠席だ。

非常にまずい。

咄嗟にリョーマは布団を捲り、ベッドを下りようとした。
しかし、

「…っう、わっ!!」

立ち上がったリョーマはベッドに『あった』何かに蹴躓いて宙を飛び、そして派手に床に背中を打ち付けた。

突然の痛みに呻きつつ、リョーマはむっくりと起き上がった時にリョーマは気が付いた。
自分が全裸で居ることに。

そして、それに呼応する様に昨夜の記憶が蘇る。
思わず、にやり、と卑らしい笑みが口許を彩った。

昨晩は、恋人である手塚との、俗に云う初夜、であった。
初めての事にまだ些かの不安を残す手塚を言葉巧みに安心させて、何とか持ち込んだのだ。

未だ網膜にぼんやりと残る昨晩のあられもない、きっと誰も見たことのないであろう手塚の痴態を思い出せば自然と笑みが零れる。
どうにも、止まりそうになかった。

しかし、そんなリョーマの愉しい回顧を止めるものがあった。

「…ん」

微かな布擦れの音と重なって、声が漏れる。
丁度、リョーマが蹴躓いたところから。

そういえば、何に蹴躓いたのだろうか、と今更にリョーマは思い、こっそりとベッドに近付いて布団を捲りあげて中を覗き込んだ。

「……!」

正体をしっかりと認めて、思わずリョーマは後ずさった。
後ずさって、身動きを取らぬままその場でしばらく硬直し、思い出した様にベッドの足下に転がっている下着と学生服のズボンを急いで履いた。

その間に、ベッドの中のモノはもう一度ごろりと寝返りを打った。
それだけの動作なのに、リョーマはびくりと肩を竦めた。何も驚くことなどないのに。
ベッドの中に手塚が居るのも昨晩ここに確かに居たのだから当然の事なのだから。

シャツは羽織る程度に纏って、一つ深く呼吸をしてから布団の端に手をかけて一気に布団を剥いだ。
それはもうがばりと音がしそうな程に潔く。

突然、布団を剥がれて温度が逃げたのか、ぴくりとシーツに横たわる手塚が動いた。
そしてもぞもぞと赤子が母親の胎内に居るかの様に長い手足を折り曲げて身を丸めた。

凄惨な程のその可愛らしい恋人の姿に再びリョーマは微笑みそうになる。 が、しかし。
リョーマは首を傾げた。

おかしいのだ。明らかに変だ。
リョーマが起き上がった時、確かに裸だった。一糸も纏わず。
なのに目の前の手塚は上下きっちりと学生服を着て、腰にはかっちりとベルトが留まっている。

「……」

規則的なリズムで寝息を立てる手塚の顔をまじまじと見詰めながらリョーマは視線でだけ天井を見上げた。
決して天井にリョーマの謎に対して解答が書かれているわけではないのだけれど、人というものは往々にして何かを思い出す時、考える時、自然と上を向く習性がある。
リョーマが上を見ているのはただその習性に倣っていただけだ。

昨晩、何があったか。
事後、何があったか。

思い出そうとすればするほど、リョーマの頭の中は昨夜の手塚の姿で埋め尽くされる。
にやにや、とどうしてもそういう笑いがでてきてしまう。
隠すこともなく、むしろ目の前の『本物』を見ながら笑いに加速をつけた。

リョーマの頭の中の手塚が薄らと潤んだ瞳を開いた。

「…お前、何考えてるんだ、その顔は」
「へ?」

しかし、目を開いたのは頭の中の手塚ではなく、目の前にいる実物の手塚だった。
目が潤んでいるのは寝起きのせいだろう。

本物の手塚が起きた、というただそれだけの事にわたわたとリョーマは慌てた。
そんなリョーマを訝しがりながら、ゆっくりと手塚は体をシーツの上に起こした。

「服、そ、そうだ、服、なんで着てるのっ!」

そうだ、リョーマの妄想とも云える回顧の発端は手塚がなぜ服を着ているのか、ということだ。
膝立ちで詰め寄るリョーマに手塚は相変わらず訝しんだ顔のままで、小さく首を傾げた。

「何故も何も、起きたからに決まっているだろう」
「へ?」
「お前、今日の部活は朝からだと伝えた筈だが?」

それは知っている。勿論覚えている。
リョーマが聞きたいのはそういう事ではなく。

「でも、オレ、今起きたんだけど…」
「ああ、そうみたいだな。今日の部活はもう終わったぞ」
「え、待って、それって」

その口振りではまるで。

「部長は部活行った、の?」

手塚は部活に参加していたようではないか。
リョーマが不思議そうな顔で尋ねてくる理由が手塚には本気で解らないらしい。その柳眉が片方、歪に変形した。

「当たり前だ」
「オレ、行ってないんだけど…」
「今起きたんだろう?それも当然だろう」
「それって、つまり…」

一人で起きて、さっさと一人だけ部活に出かけて行った、という事実以外に他ならない。
そして、手塚はそれに対してこっくりと大きく頷いた。

「…なんで起こしてくれなかったの…」

初夜が明けた朝なんて、とても貴重なものなのに。
それを逸したことをリョーマは酷く悔やんだ。
とても、それはそれは愉しみにしていたのだ。

「…ヒドイ」

上目遣いで、涙目で、リョーマが手塚を睨むと手塚はふいと視線を逸らした。

「いつまでも寝ているお前が悪い」
「だからってさ、何も放っていくことないじゃん…。ん?あれ?オレちゃんと目覚ましかけてた筈…」

そう、たしかにきちんと起きられるようにとリョーマは目覚ましを欠かさず掛けている。
時々、その音が五月蝿くて寝ぼけ眼で枕の下に放り込んでやり過ごすこともあるのだけれど。

きちんと時間に起きよう、と思うのはその先に手塚が居るからだ。
起きて、学校に行けば手塚がいる。
朝練に参加すれば手塚がいる。
だからこそ、リョーマは目覚ましに頼っているわけで。

それは昨晩も変わらぬ筈だったのだ。
リョーマが惚けていなければ確実にかけたのだ。
しかし、リョーマが今確認した目覚ましは、そのアラームの機能はオフにされている。
リョーマに止めた記憶はない。音が鳴った記憶もない。

おかしい。
リョーマははてなと不思議に思ったが、その謎は容易に解けた。

「部長」

答えは一つしかないのだ。
この部屋にはリョーマともう一人しかいなかった。
しかもそのもう一人はリョーマよりも時間に几帳面で、きっと目覚まし時計よりも早く起きられる。いや、実際起きたのだろう。

「オレの目覚まし、止めたね?」

ぎくり。

リョーマの推理はやはり真相だったらしい。
手塚が肩を竦めた。

「なんで止めたの?」

未だベッドの上の手塚に近付いて、その肩に腕を伸ばした。手塚は視線を逸らしたままだ。

「ねえ、な、ん、で?」

リョーマは問いつめた。
明らかに手塚の行動は変なのだ。

『部長』たる者が部員の遅刻を唆すなぞ、遅刻に手を貸すなど、変、としか言い様がない。

リョーマは更に手塚との距離を詰めた。
半身ももうベッドの上に乗り上げている。

「…」

しかし、手塚の口は開かぬまま。

リョーマは焦れた。
口を開かないのならば、開かせるまで。

伸び上がって手塚の耳朶を輪郭に沿って舌で舐め上げた。
手塚が感じるように、緩慢に、しつこいくらいに、ねっとりと。
思わず、手塚の肌が粟立った。ぴくり、と反応まで見せる。

「ねえ、なんで?言わないと、続けるよ?」

ふっと耳に息を吹きかければ手塚の体はまた小さく跳ねる。
それを加速の油に用いて、リョーマは手塚の首筋を撫でた。そのまま下降して、入るだけの指を襟刳りから忍ばせて辿り着いた鎖骨をなぞる。

「わ、わかった、言う、言うからやめろ!」

リョーマの行動に手塚は慌てて腕で押しやった。
これはこれで楽しんでいたリョーマは小さく、ちえ、と呟きつつも手塚に纏わりつかせていた手を引っ込める。

手塚は襟元を整え、それから一つ大きく溜息を吐いた。
その頬はどこか朱い。

「お前と…顔を合わせたくなくて…」
「え?」

手塚から飛び出した言葉に思わずリョーマは詰め寄った。
なんだろう、初夜を終えた恋人と顔を合わせたくないだなんて、もしや嫌われでもしたのだろうか、とついつい胸に不安を覚える。

「ふ、普通、恥ずかしいだろう…!そ、その、性交渉を持った相手と次の日顔を合わせるなど…」

ごもごも、と語尾を濁す手塚の言葉を脳内で復唱する。

「性交渉…セックスのこと?」
「そ、そうやって明から様に言うな、馬鹿者っ!」

真っ赤になった顔で手塚が投げた枕は見事にリョーマの顔にヒットした。
顔で枕を受けながらも、リョーマの顔はいよいよだらしなく緩んだ。

「っわ!」

そしていきなり手塚に飛びかかってぎゅうと抱きついた。

「アンタ、考えることが最強にかわいすぎ…!」
「っな!か、かわいい言うな!」
「かわいいかわいいっ。耐えられない…っっ」

必死にリョーマを剥がそうとするが、背に回る腕が外れる気配は一向にない。どれだけ押しやっても押しやっても、リョーマは剥がれない。
むしろ、押しやる力に比例して腕の力も増す。

一通り、剥がしてみようと試みるがどうにも無駄らしい、ということを流石に手塚も悟り力を抜いた。抜きざるを得なかった。
こちらは部活後で体力を消耗しているのに対して相手は寝起きで体力はまだまだ余裕なのだ。

暴れるだけ、更に体力を消耗してしまう。

手塚の力が抜けたのをこれ幸いに、とばかりにリョーマは更に強く手塚に抱きつく。

「あれ、そういえばなんでアンタここにいんの?」

部活に行ったのならば、そのまま自分の家に帰るのが普通だろう。
それを何故にどうしてリョーマの家に、しかもリョーマのベッドの中で眠っていたのか。

「…」
「黙ってるならさっきの続きやるまでだよ?」

『さっきの』を思い出させるように手塚の背に回した掌をそのまま下降させて、臀部を撫でた。
卑らしいその手付きに手塚は一瞬跳ね、慌てた様子でリョーマの手を取り上げた。

「言う、言うから…するな」
「そのまま黙っててもオレは一向に構わないのに」

残念。
明らかにリョーマの顔にはそう書いてある。

思わず手塚は苛立たしげに溜息を吐いた。
そしてその溜息の流れにのせて、告白した。

「顔を合わせたくなかった筈なんだが…なんだ、その…」
「なに?」
「顔が…見たくなって」

もうこれ以上ないくらいに手塚の顔は赤い。
トマトとどっちが赤いかな、と手塚の顔を見ながらリョーマはぼんやりと思った。
きっと今隣にトマトを持ってきても手塚の顔の方が赤い。

「それで、部活が終わった後にここへ来て、お前の顔を見てたら気持ちよさそうに寝ているものだから…」
「部長もつられて寝ちゃった、て?」
「ああ」

こくりと赤味の引かない顔のまま手塚は頷いた。

「…じゃあ、もう一回寝ようよ。『二人』で」

にやり、とリョーマの口端が擡げられる。
その顔に、手塚の背中には嫌な汗が流れた。

「ちょ、ちょっと待て、二人、ってどういう…」
「そ、の、ま、ま!」
「ぅわーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっっっ」

がばり、と布団と一緒に覆い被さって来たリョーマの下で手塚の断末魔が谺した。























それから。
リョ塚初夜のそれから。
手塚が乙女でどうしよう。えちがむっつりでどうしよう。
ち、違うんですっこう、こう、えちも塚もかっこよく、かっこよくさ、書きたいんですけど…っっ
次回を待てっ!てこと、で!(脱兎)(次回って、いつだろな…わたしな…)
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