ひなたぼっこ
春麗らかな、越前家の縁側。
家長である南次郎はのんびりと紫煙を燻らせた。
すっかり暖かくなってきた陽気に包まれた日向でぼんやりするのはちょっと楽しい。
こういう日はテニスだな。
南次郎がそう思った時、タイミング良くリョーマが南次郎の後ろを通った。
格好な獲物であり対戦相手だ。
通り過ぎようとしたリョーマの足首を掴んで止めた。
突然足首を掴まれて、リョーマはバランスを崩しかけるが持ち前の力で何とかそれを踏み止まった。
自身の身の安全に思わずほっと息をつく息子に南次郎はにかっと小気味良く笑った。
「おい、息子、今からテニスしようぜ」
「はあ?」
突拍子も無い父親からの申し出にリョーマは訝しげに眉を顰めた。
「折角、いい天気なんだしよ」
天気のおかげで南次郎の機嫌も良いのか、リョーマが眉を顰めても笑った顔を崩さなかった。
そんな父親を見下ろし、一拍置いてからリョーマは掴まれた足を蹴りあげて南次郎の手を振払って足を進めた。
「っちょ!おい、こら、待ちやがれ!」
南次郎の静止しようとする声など、どこ吹く風とばかりにずんずんとリョーマは廊下を突き進む。
その場に取り残された南次郎の耳にも少ししてから、リョーマが玄関を出ていく音が聞こえた。
ぴしゃん。
「…」
リョーマの足を掴んだ時の腹這いの姿勢のまま、半ば呆然とそれをやり過ごした。
「…アイツも遂に親離れかねえ…」
「リョーマさんももう中学生ですからね」
独り言に背後から降ってきた言葉に南次郎は身を起こせば、そこには菜々子が盆に湯飲みを二つ乗せて佇んでいた。
振り返った南次郎と目が合うとにこりと笑って彼女は隣に腰を下ろした。
「すっかり春ですね、おじ様」
「…お、おう、そうだな」
「リョーマさんにも春が来たんですよ、おじ様」
ずず、と菜々子が持参した湯飲みを啜る。南次郎も盆に置かれたもう一つの方を手に取った。
「そ、そうなのか?」
「ええ」
齎された知らなかった実の息子の近況に目を丸くして姪を振り返れば、彼女はにこりとこちらに微笑んで寄越した。
「相手の方も一、二度お見かけしましたけれど綺麗な方でしたよ」
「綺麗…って、年上か?リョーマの相手は」
「わたしよりは年下の方ですけど。そうは感じさせないぐらいにきちんとした方でしたねえ。きっとお家の方が躾をきちんとなさってるんでしょうね」
饒舌に自分の知らない息子の恋の相手に南次郎はただただ嘆息が漏れるばかりだ。
しかし、南次郎は気が付いた。
菜々子が相手を見たことがある、ということは家に連れてきた事があるのだろう、ということ。
リョーマが家に連れてきた人物。
その面々はテニス部の部員と名乗る者ばかりだ。
まさか、あのツンツン頭のごつい奴か…?それともあの眼鏡で細い奴か…?
いやいやいやいや。
リョーマは男だ。そしてそのどちらも男だ。
けれど、他に連れてきたことのある人間、しかも女なんて一人も居ない。
合わない符号に南次郎は首を傾げた。
「おじ様、物事は至ってシンプルですわ」
隣で湯飲みを傾けながら菜々子は言う。
「今日もリョーマさんはその方とお出かけです」
それで自分をあんなに冷たくあしらって出かけて行ったのか、と少し納得がいく。
大事な恋人との逢瀬と父親とのコミュニケーションならばどうやら我が息子は前者を選ぶらしい。
一介の父親として、ちょっと切ない。
しゅん、と悄気た南次郎に菜々子は少し困った様に笑った。
「でもおじ様、気付いてらっしゃいます?」
「?」
「最近のリョーマさん、とてもいいお顔をしてらっしゃいますよね」
ここ最近のリョーマの様子を思い返してみるが、南次郎には心当たりがない。
常に不機嫌そうに唇を真一文字に結んでいる彼の姿しか思い浮かばない。
「あら、意外とおじ様ってば色恋には鈍くていらっしゃるのかしら。あんなに花の様に微笑んでらっしゃるのに、リョーマさん」
「花!?」
思わず取り落としそうになった湯飲みを握り直した。
「ええ、恋の力は凄いですね」
何やら感慨深くほうという嘆息と共に頷かれて南次郎は言葉もなく、湯飲みを傾けた。
「リョーマさんが楽しんでらっしゃるなら、それに越した事はないと思いません?」
「…。まあ、な」
南次郎は苦笑う。
父親として愛着もある息子を見知らぬ誰かにかっ攫われるというのは気分の良いものではないが、その人物によって息子が幸せならば、いいかもしれない。
しかし、まだもう少し手元に置いておきたい気持ちは充分にあるけれど。
「子離れって、案外難しいものなんだな…」
親離れを先にしてしまった息子はどうやって気持ちに決着を期したのか。
「わっからねえなあ」
南次郎は新しい煙草に火を着けた。
紫煙が春の陽の元にふわりと揺れた。
ひなたぼっこ。
リョーマ父が。
絶対南次郎パパはリョーマ溺愛してますよねえ…えち愛されまくってますよねえ…
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