水たまり
言い様の無い程の曇天の下で、ばしゃりと水たまりが撥ねた。
雨が通った足跡でもあるそれらは世間一般、巷の歩行者は普通、避ける。
それは簡単な理由で、靴が濡れては困るから、服が汚れては困るから、等、水たまりを踏んだ際の飛沫を厭うからだ。
普遍的な神経で云えば避けて通るものを、リョーマは目敏く見付けてはそれに飛び込まんばかりの勢いで踏み付けるのだ。
当然、彼の靴やら学生服の裾は砂も土も混ぜ合わせられた飛沫のせいでどうしようもなく汚れてしまっていた。
また視線の先に水たまりを見付けて、リョーマは駆ける。そしてばしゃりと音を鳴らして踏み締めた。
そんなリョーマから幾許か距離を置いて後ろを手塚は歩く。
一体、彼は何がしたいのだろうか?という疑問をその出来の良いオツムに抱え込んで。
雨はもう随分と前にあがった。
けれど、雨を多分に含んだコートでの練習はどうにもこうにもコンディションが宜しくない。
それ故に、今日の部活は中止となった。解散していく部員達を余所に、何人かはコンディションの悪い場合の試合を想定して練習に励む者が居た。
リョーマも、その一人だった。
じっとりと重いグラスコートに足を時々取られつつも、彼はコートの中で駆け回っていた。
一方の手塚はと云えば、早々に帰ろうと思っていたのにリョーマが残るというものだから渋々、残留組に加わった。
けれどコンディションの悪い中、もしも部長である自分が怪我をしたならば一大事だろう、と審判をかって出た。
そうして、とっぷりと暮れる夕闇の中を正門に向けてリョーマの後ろを歩くに至る。
ばしゃり。
またリョーマが新たな水たまりを見付けて駆け寄り飛沫を飛ばす。
「こいつ何がしたいんだろう、って思ってるでしょ?」
水たまりに片足を突っ込んだまま、リョーマが振り返る。
「ああ、思うな」
「やっぱりね。アンタの考えてることぐらいお見通し」
お見通しも何も、普通思うだろう。何も云わず黙々と、けれど嬉々とした顔で水たまりと戯れる人間というものを目の当たりにすれば。
「それで」
「ん?」
「何がしたいんだ?さっきから」
まさか無回答、ということはないだろうと手塚の思惑通り、リョーマはにっと片方の口端を擡げて笑ってから口を開いた。
「水たまりで汚してんの」
それは見れば判る。
「そのココロは?」
事情聴取には忍耐が必要である。
「汚れて帰れば一番に『お風呂に入りなさい!』って言われるでしょ?」
「それだけか?」
「うん、それだけ」
普段、部活が終わって疲労困憊で帰っても出迎える家族の一言目は『先にご飯食べちゃいなさい』なのだ。
部活で疲れてるから風呂がいいだとか、抗ってみても家事を司っている女達の二言目は『早く食べないと片付かない』なのだ。取りつく島も無い。
だから、これはリョーマなりの拙い策略。
汚れた服のまま、リビングでうろうろされては堪らない。
掃除は家に居る女達がしているのだ。仕事を増やされたくなどないのだ。
「それで汚して帰る、という訳か…」
嬉々としてイエスの返事を返すリョーマの後ろで手塚は呆れ顔。
「アンタもオレの嫁になった時は食事よりも風呂の支度からしといてね」
上機嫌にそう述べるリョーマの言葉に、手塚の脳裏には旦那の帰宅に間に合わせる様に食事の支度やら浴槽に湯を張る甲斐甲斐しい妻の姿が駆け抜ける。
いやいやいやいやいや。
過った自分の想像を打ち破るべく手塚は小刻みに頭を振った。
ここでそれをリアルに考えてはいけないのだ。それこそリョーマの思うツボなのである。
「一瞬、考えちゃった?」
リョーマの笑みは濃くなる。
先述した通り、手塚の考えてることなどお見通し、の様である。
「…」
そんなリョーマが小憎たらしくなって、手塚は背後からリョーマの背をばしんと叩いた。
水たまり。
青学のコートは多分、グラスコートだと思うんですけど…私学だし(偏見
どうなんだろ、クレイコートなのかな…でもテニスは実力があるって云ってたし、優遇されてる筈…
先代まではクレイでも生徒会長とお噂の国光さんのご威光でグラスになってるかと。ひひひ、そちも悪じゃのう。
どういうあとがきなんだろ、これ…
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