世界を変える方法
















何かいいことないかなあ。こう、世界が一変するみたいなこと。

発端は何気なく口にした菊丸の話題だった。
部活前の入念な柔軟をリョーマに手伝って貰いながら。

前屈する菊丸の背を押しながらリョーマは考える。

英二先輩、鬱憤でも溜まってんのかな。と。

でもなければ常に前向き明朗快活が服着て歩いているみたいな菊丸がこんな愚痴を零す筈もないだろう。
元気がトレードマーク、というのはひょっとしたら外面用だけで内面は意外とナイーブなのかもしれないがその内面を外にまで出すのだからリョーマの思う通りに何か面白くないことでもあったのかもしれない。

腹まで開脚した間にぺったりとくっつけて菊丸には不似合いに見える溜息を小さく吐いた。

「オチビは何か経験ない?世界を変えたこと」
「オレ、っすか?」

よくもその姿勢で口が聞けるものだと内心思いつつもリョーマは考えを巡らす。
自分の世界が変わった出来事と云えば―――

「越前の世界が変わった時って云えば、手塚とのアレなんじゃない?」

考えあぐねているリョーマの隣で海堂の柔軟を手伝いつつ不二が口を開く。

「手塚とのアレ?」
「ああ、そうか。一応非公式なんだっけ」

不二が言っているのはきっと高架下の一戦のことだ。
手塚から仕掛けた、リョーマの今までの世界を壊すあの試合。

その場に居合わせなかったのに、何故か不二はそのことを知っている。どこまで心得ているのかは見当がつかないけれど。

アレって何だよ、とその事実を知らない菊丸が不満気な声をあげれば、不二は苦笑しながら秘密、とだけ返した。
仲間外れにされた気がして、前屈の身を起こしながら菊丸はぷうと膨れた。

「…そうッスね、アレ、で世界は変わりましたね」

ぼそりとリョーマが呟く。

「でしょ。アレは強烈だったみたいだしね」
「でも、なんで不二先輩がアレの事知ってるんすか?オレだけしか知らないと思ってたのに」
「どうやってアレを知ったのかは企業秘密ってやつだよ、越前」
「企業…?」

アレ、アレ、と繰り返す二人に菊丸の苛立ちは増々募る。
隣の海堂は特に興味もないのか、黙々と柔軟に没頭している。

「もーっ!二人してなんなんだよー!!アレ、とか使わないで何をしたのかビシッと言ってよ!まだるっこしいっ!!」
「英二がキレちゃった…。どうする?言っちゃう?越前」
「いやあ、オレはいいんすけど部長は恥ずかしがるかも。あの人奥手だし」

飛び出したリョーマの言葉に不二は首を傾げる。
ただのテニスの試合に何を恥ずかしがることがあるのだろうか。

ひょっとして――

「越前と僕の考えてるアレって別の事?」
「え?オレの世界を変えた出来事でアレって云えばアレしかないっしょ?」
「だからアレアレ言われてもわかんないって言ってるじゃん!!男ならばしっと言えって!」

言葉通り、ばしっと、リョーマの背中を平手で叩いた。

「…痛いっすよ、英二先輩…アレ、ってアレですよ」
「だからそれがわからないって言ったのが聞こえてないの!!?」

頭から湯気の一つでも沸き立たせそうな程に苛立つ菊丸を前にリョーマは先ほど叩かれた背中を摩りながらあっさりと口を割った。

「だから、部長の咥えた時っすよ」
「あっそう!手塚の咥えた時ね!ふーんふーん!…………。え?」
「え?」

戸惑いの呟きは菊丸と不二の異口同音に。
思いもしなかった言葉だったのか、不二は驚きの反動で上半身を捻る柔軟をしていた海堂の肩を押していた手に力をかけてしまって海堂から悲鳴とも断末魔ともとれる声が響いた。

けれど、そんな海堂の様子など目に入っていないのか、不二は尚もぎゅうぎゅうと海堂の肩を押しやる。

「ふ、不二先輩…痛いっす…」
「て、手塚の咥えた…って…えええええ!?」
「触ってるだけでもなんかすごい艶っぽい顔されたもんで、思わず」
「ぱくりと!?」

こっくりとリョーマは大きく頷く。至って無表情で。
そのすぐ傍では尚も海堂は痛みに呻く。肩を振りかぶろうにも思いの外不二の力は強いらしい。

「不二せんぱ…い、いた…いたい…」

既に涙目。

そんな悲劇の2年生など眼中の外に三人は尚も雑談を交わす。

「アレは世界が変わりましたね」
「へ、へえ…」
「ね、手塚のってどんな味した?」

そんな事を興味津々な顔で訊ねないで欲しい。

「いや、そらちょっと苦かったですけど」
「既に先走り出てたんだろうね。あれって変な味するし」
「え!?不二、経験済み!?」
「ふ…じ…せんぱ…」

海堂の骨が軋み出す音が聞こえるのは幻聴ということにしておきたい。

「苦いんですけどね、ちょっと甘いような…」
「うわあ、恋の成せる業だねえ」
「部長のだと思うと…夢心地、っていうんですかね?」

絡み付かせた舌の動きも活発になったと淡々とリョーマは続ける。

「まとめて云えば、美味だった、ってコト、かにゃ?」
「美味、っていうか…旨い?」
「コクはあるんだけどしつこくなく、みたいな!?」
「ふ……じせ…」
「そんな安っぽい美食の番組のコメントみたいなのじゃ言い表せない味でしたよ」

へえ、と納得したのだか羨望なのだか、ちょっとよく判らない顔で不二の菊丸は嘆息を吐く。
全くといって良い程に留意されていない海堂は不二に押され続けてもう虫の息だ。

「そんなに美味しいなら今度ご相伴に預かりに行っちゃおうかな」

楽しそうに微笑む不二に初めてリョーマは表情を変えた。険しい表情に。

「アレはオレだけの愉しみなんで」

誰が貸してやるか、と暗に顔に書いてある。
判りやすいリョーマのその反応が可笑しいのか不二と菊丸は揃ってくすくすと笑った。
それに助長されて眉間に皺を寄せる。一緒に居るうちに手塚の癖でも伝染したのだろうか。

「やーだねえ、独占欲の強い男って」
「ま、でも手塚ぐらいぼんやりしてる奴ならオチビぐらいが丁度いいんじゃない?」
「…………」
「あれ?海堂どうしたの?なんかぐったりしてる?」







以後、手塚を見る3年6組の両人の目は変わったとか変わらなかったとか。





















世界を変える方法。
下ネタでごめんなさい。手塚のは旨いと思います。(真顔で言わないでください)
お話のスパイスに薫が犠牲になりました…か、薫も大好きなんですよ!!
20題トップへ
別館topへ