ゴミ箱
















「捨てた瞬間に完全に消滅させてくれるゴミ箱があったら、越前は何を捨てる?」
「は?」

ひとゲーム終え、タオルで汗を拭っているリョーマの上から突如として声が降ってくる。
然程、上空ではない箇所。見上げれば日に透ける栗毛の微笑みがあった。

「…突飛にも程があるんじゃないスか?不二先輩」
「暇なんだよ。手塚も宮崎に行っちゃったし」

心の底からの困り顔でふう、と溜息。
溜息を吐きたいのは意味も判らない質問を突然にされたこちらの方だ。楽しかったゲームを終えて、乾いたタオルで一心地ついている至極の一時だと云うのに。

「暇ならグラウンドでも一走りしてきたらどうですか?」
「やだよ。後輩にちょっかい出す方が楽しいじゃない」

だからそのちょっかいを出される後輩の現状を少しでいいから汲んで欲しいとリョーマは思う。

「さっきの質問の答えは?何でも捨てたら完全に消えるゴミ箱」
「…何でもって?」
「何でも、物理的なものでも精神的なものでも。つまりは、今の君にとって一番邪魔なものって何って聞いてるんだよ」

思わず、それじゃあ今自分の憩いの時を邪魔をしている茶髪の先輩、と答えてしまいそうだが、そんな答えをすればどういう仕打ちが待っているか。リョーマも身を以て知っている。

取り敢えず、この先輩の質問に答えれば自分の時間が帰ってくるだろうと一縷の希望を胸にリョーマは考え始める。

邪魔なもの、と云われて一番に思い浮かぶのは矢張り、目の上の瘤を地で行くあの男…

「お父さん?」

不二は可愛らしく首を傾げてみせる。
元の顔立ちが良いだけに決して似合わない所作ではないけれど。

「…どうして不二先輩がオレの親父のこと知ってるんですか」

それと自分が父親を邪魔だと思っていることもどうして知っているのだろうか。
そんな事まで話しただろうか、とか、そんなにこの人と自分は懇意にしていただろうかと考え巡らせてみるが、それは所詮徒労に終わる。

「まあ、色々とね」
「色々…」

なにがどうあって色々で、その言葉には何が含まれているか。
リョーマのその疑問は、「そう色々」と、深くした不二の笑みの前に掻き消えた。
つられて笑ってみせようと頬を緩めたリョーマの笑いもどこかぎこちない。

「お父さんで決定?」
「…。いや、親父に消えられると色々困るんで」

突如として消えられては、自分が彼に一勝もできぬまま勝ち逃げされることになる。
それはリョーマが一番腹が立つことだし、何より、手塚と並んでアレはいつか倒すべき壁なのだ。

「ふうん…じゃあ、僕みたいな恋敵?」
「自覚あったんスか…」
「まぁね」
「恋敵は確かに居られると嫌な時もありますけど、それも打ちのめしてこその存在でしょ?それに、不二先輩にもテニスでまだ勝たせてもらってませんし?」

にやりと笑ってみせるリョーマを前に、不二は逆の角度で首を傾げた。

「物理的には何も捨てたいものはないってこと?」
「精神的にも何にもないですよ。今のままのオレで十分満足してますから」

弱い部分も、強い部分も。自分の好きなところも嫌いなところも。
何もかもひっくるめて、今の自分という存在があるのだから、捨てていいものなんて何もない。

「それじゃあ…」

不二は傾げていた首を正面に戻した。
考えるように自分の人差し指を整った唇に押し当てて、うーんと唸る。

「何も捨てないの?」
「そんな珍しいものがあるんだったら誰かに売り付けて部長との結婚資金にさせてもらいますよ」

リョーマなりの最終的な答え。
勝手な押し問答の末にすっかり体の汗も引いてしまった。
タオルでさっぱり気持ち良く、はできなかったけれど、これで不二が去るならば水飲み場で水でも被ってくればいいかと思う。

「ふぅん。つまんないの」
「…なっ!?ゆ、言うに事欠いてつまんないって何っスか!?」
「つまんないもんはつまんないんだもん。あーあ、次は英二でもからかって来ようっと」

それじゃあね、と軽く手を挙げて不二は去っていく。
その跳ねながら進む様な後ろ姿を呆然とリョーマは見送る。

「部長が帰ってくるまでこういう嫌がらせ受けるのかな…」

旅立ったばかりだけれど、さっさと帰って来ないだろうかと、遠い手塚の居る地にも続いている空を見上げれば一足早い夏の太陽。

「…暑い」























ゴミ箱。
ヤマがねえ…!話にヤマがねえ…!!(驚愕 えちにいらないものって何だろうか、って考えたんですけど、全部乗り越えて自分の地肉とするのに利用するだろうな、このジャリガキ(愛)は…と思ったのでこんな感じです。
そんなガキんちょにフォーリンラブですいませんねえ…
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